第16話 思いの内実

 それから数日後。俺は相変わらず一人で電車に揺られていた。


 しかし……その日もなんだか嫌な予感がする。もしかすると、誰かに会うのではないか……主に、それは里奈と留奈のことなのだが。


 二人のどちらかに会うのならばいいのだが、前回のように、里奈の友達と会ったりすると、気不味い。


 というか、夏樹に関しては気不味いと言うか、完全に威嚇されていたわけだが。

 俺はあまり考えないようにしながら、なるべく本を読むことだけに集中するようにしていた。


 そして、電車が停車する。俺はふと、顔を上げる。そこは、いつも留奈が乗車してくる駅だった。


 乗車してきたのは……前に留奈と話していた茶髪の女の子だった。俺は慌てて本に視線を戻す。視界の端で女の子を見てみるが、女の子は俺のことには気付いていないようである。


 気付いていないのならば幸いである。確か女の子は終点よりも前の駅で降りたはずである。後は気付かれないようにしていればいい。


 俺はそう思いながら、本を読み続ける。絶対に話しかけられたりしないだろう。そう確信していた。


 しかし、次の駅で電車が停車し、それまで俺の隣に座っていた人が立ち上がった。その瞬間、茶髪の女の子も同時に立ち上がった。


 ……おかしい。まだあの子が降りる駅ではなかったはずである。俺はなるべくそちらに注意を向けないようにしていたが……隣に誰かが腰をおろしたのは嫌でもわかってしまった。


「ねぇ」


 そして、話しかけられてしまった。無視するか一瞬迷ったが、明らかに俺に向かって話しかけられていることは理解できる。俺は本を閉じ、ゆっくりと顔をそちらに向ける。


「……はい?」


 俺がそう返事しても女の子はジッと俺のことを見ているだけだった。いきなりそんなに見つめられてしまうと、恥ずかしくなってきてしまう。


「……うん。確かに、よく見るとそこまで悪くないかも」


「え?」


 茶髪の女の子は急に満面の笑みで微笑む。その行動の意味が理解できず、俺は少し戸惑ってしまう。


「アンタ、留奈の知り合いでしょ?」


「え……ま、まぁ……」


「ふぅん……もしかして、彼氏?」


 いきなりそう言われて俺は口ごもってしまったが、ゆっくりと首を横にふる。茶髪の女の子は怪訝そうな顔をして俺のことを見る。


「マジで? 彼氏じゃないの?」


「え……まぁ、彼氏じゃないですけど」


「へぇ~……じゃあ、単純に留奈の趣味なんだ」


 女の子は勝手に一人で納得している。俺は意味がわからず、ただ一人取り残されるだけだった。


 すると、今一度茶髪の女の子は俺の方に顔を向ける。


「ウチのこと、覚えてる? 留奈と話してたんだけど」


「え……あ、あぁ。えっと……望海って呼ばれてた?」


「そうそう! アンタ、記憶力いいね。アンタの名前は?」


「手塚……手塚昭彦ですけど……」


「昭彦ね。あ、ウチのことは望海でいいから。ウチもアンタのこと、昭彦って呼ぶから」


 勝手にそう取り決めた後で、望海は急に真剣な表情になって俺のことを見る。


「昭彦はさ、留奈のこと、どう思ってんの?」


「え……どう、って?」


「いや、だから、可愛いとか、好みのタイプとか思わないわけ?」


 少し呆れ顔で望海はそう言う。一体望海が何を言いたいのかわからず、俺は困惑してしまう。


 と、俺が困惑していると望海はわざとらしく大きくため息をつく。それと同時に電車がゆっくりと停車していく。


「はぁ……やっぱり、留奈、趣味悪いんじゃないの?」


 そう言うと同時に、望海は立ち上がると、俺に対していきなり指を指す。


「あのね、一応、これでもウチは、望海のこと大切に思ってるから。アンタも望海のこと、よく考えたほうがいいと思うよ」


 そう言い残し、望海はそのまま電車から出ていってしまった。


 再び一人になった俺は動き出した電車の中で呆然としてしまう。


 どう思うって……どう思っているのだろう。そう訊ねられて俺は何も答えられなかったわけだし……


「……どう思っているんだろう?


 誰に向けたわけでもない問をつぶやきながら、俺は電車に揺られて終点へと向かっていったのだった。

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