第15話 頼み

 すでに初夏と言えるような気温になってきたある日。


 制服もすでに夏服仕様になってきた。もっとも、俺が電車ですることは相変わらず本を読むことなので、大して代わり映えのしない下校時間なのであったが。


 ただ、その日は違っていた。俺は……とても緊迫した状態に追い込まれていた。


 俺が座っている向かいの席には、先程からずっと俺のことをにらみ続けている女子がいる。それは……まぎれもなく、以前、里奈と一緒に乗車してきたポニーテールの女の子だった。


 確か、里奈は夏樹と呼んでいた……夏樹はまるで俺を敵視しているかのように、ずっと俺のことを睨んでいる。


 思わず視線だけを動かして里奈のことを探してしまうが、いない。どうやら、今日はそもそも里奈は電車に乗っていないらしい。


 俺は今一度本に目を戻すが、夏樹の視線が気になる。最初に会ったときに「変態」呼ばわりされているわけだし、敵視していないわけはないとは思うが……


 と、運の悪いことに、それまで俺の隣に座っていた人が、停車駅で降りてしまった。すると、それと同時に夏樹が立ち上がる。


 俺はなるべくそれを見ないようにしていたが、夏樹はそのまま俺の隣に座ったのだ。


「おい」


 そして間違いなく俺に聞こえる声で、ぶっきらぼうに呼びかけてきた。俺はゆっくりと視線だけを夏樹の方に動かしていく。


「……はい」


「お前、里奈と会っただろ?」


 完全に脅迫されているような調子で、夏樹はそう言う。顔つきは美人なのだが、視線が尖すぎる。


「あ、え……会いました。すいません」


「謝れとは言ってない。確認してるだけ」


 そう言ってから、なぜか夏樹はカバンを開けると何かを取り出す。それは……以前、里奈が俺に見せてくれたテストの解答用紙と同じものだった。


 ただ、点数だけが異なっていた。点数は――


「45点……」


 思わずそう口に出して言うと、夏樹は不機嫌そうに俺のことを見た。


「悪かったな。勉強できなくて」


「え……いや、そういう意味で言ったんじゃないんだけど……」


「里奈から話は聞いてる。お前が勉強を教えたから、今回、里奈は私より点数が高かったわけだ」


「あ……まぁ、そうかも……」


 すると、夏樹はなぜか顔をぐっと俺に近づけてくる。思わず俺は身体をひいてしまう。


「次は、私にも教えろ」


「え……」


 意外な申し出に、俺は完全に思考がストップする。しばらくの沈黙のあと、夏樹が怪訝そうな顔で俺を見る。


「なんだ? 駄目なのか」


「え……あ……別にいいですけど……」


「いいか? 里奈に勉強を教える時、私のことも忘れずに呼べ」


 夏樹が明らかに人にものを頼む態度ではない調子でそう言うと同時に、電車が停車した。以前、夏樹が降りていった駅だった。


 夏樹は立ち上がり、俺に冷たい視線を向けながらそのまま電車を降りていった。


 再び一人になった俺は、ようやく開放された感じがして、思わず安堵してしまう。


 それにしても――


「……里奈は、アイツとよく楽しそうに話せるなぁ」


 思わずそう言ってしまってから、半ば放心状態のままでそのまま終点へと向かったのであった。

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