第13話 ズルい彼女
テストが終わって数日、大分俺はリラックスした気分で電車に揺られていた。
ただ、中間テストが終わっても、すぐに期末テストがある……そう考えると少し憂鬱になってしまうが。
といっても、テストで思い出すのは、里奈のことである。
実際、俺が勉強を教えたとはいえ、どこまでできるようになったのだろうか。飲み込みは早かったけれど、テストで実際にできたかどうかはわからない。
それに……留奈のことも気になっていた。なぜ、留奈は俺が里奈に勉強を教えたことをあんなにも怒っていたのだろうか。そう考えるとやはり気になりだしてしまうのだった。
そして、そんな事を考えていると、いや、考えていたせいなのだろうか。
「あ! 昭彦!」
いつの間にか俺のことを呼び捨てしてくる短髪の女の子は……里奈だった。電車に乗ってくるなり、笑顔で俺に手を振ってくる。
「あ、あぁ……やぁ」
里奈はまるで当然の権利であるかのように、空いている俺の席に腰掛ける。爽やかな甘い香りが里奈の身体から漂ってきた。
「フフ~ン。いやぁ、今日は会えないかなぁって、期待してたんだよねぇ」
なぜか嬉しそうにそういう里奈。
「え……なんで?」
「フッフッフ……ほら、見てよ!」
そういって里奈は何かをカバンから取り出した。それは英語のテストの答案だった。点数は――
「……65点」
「そうだよ! すごいでしょ!?」
目を輝かせてそういう里奈。すごい……と聞かれるとすごいとは言いにくい。学校が違うのでなんとも言えないが、さすがに俺は65点よりは高い点数をとっているわけだし。
「……まぁ、そうだね」
「え~。なんか、微妙な反応だなぁ。あのね! 昭彦が教えてくれたから、こんなに良い点数がとれたんだよ? バレー部で一番高い点数だったんだから」
……なるほど。俺のことを「変態」といっていたあのポニーテールの女の子も、勉強の方はあまりできないようだ。
「それでさ! なんか、お礼がしたいんだよね。ねぇ、なにかしてほしいことある?」
無邪気にそういう里奈。そう言われると流石に俺もドキッとしてしまうが……なんとか冷静さを取り戻す。
「……その、なんで急に呼び捨てになったか、教えてほしいんだけど」
「え? 駄目? っていうか、そんなことでいいの?」
俺は小さく頷きながら、里奈のことを見る。里奈は拍子抜けという感じで妻ならそうな表情をする。
「だって、留奈ちゃんが呼び捨てにしてたから、私もいいのかな、って」
嬉しそうにそう言う里奈。どうやら、留奈が何らかの形で里奈の前で俺のことを呼び捨てにしたらしい。
「そっか……それが理由ね」
「……っていうか、留奈ちゃんは呼び捨てでいいのに、私は駄目なの?」
少し悲しそうな目で俺のことを見ながらそういう里奈。まるで小動物のようなその人懐っこそうな目で見られると、思わず俺は視線を反らしてしまう。
ズルい……留奈が言っていた里奈への評価の理由が少しわかった気がする。
「いや、駄目じゃないだけど……」
「じゃあ、OKでしょ? フフッ。だってさ、小学校のときから考えると長い付き合いだもんね、いつまでも君付けってのはおかしいと思うよ?」
上機嫌にそういう里奈。別に長い付き合いでも君付けしていてもおかしくはないと思うが……むしろ里奈まで俺のことを呼び捨てにしてくるとは思わなかったくらいである。
それからは里奈は一方的に今日あったことや、部活での練習のことを話していた。まるで子供が母親に話すように里奈は楽しそうに話していた。
その様子を見ていると俺は里奈が可愛らしいと思うと同時に、ますます別の世界の人間に思えて仕方なかったのだが。
そうこうしている間に電車が止まる。俺と里奈は同時にホームに降りた。
「じゃ、今日は一緒に帰るよね?」
目をキラキラさせてそういう里奈。俺は一瞬迷ったが、俺が迷った瞬間、里奈は少し寂しそうに目を伏せる。
「あ……ごめん。ちょっと、強引だったよね、あはは……」
恥ずかしそうに苦笑いしながらそういう里奈。ズルい……またしても、留奈が言った言葉が俺の脳裏に浮かんだ。
「……里奈が良いなら、一緒に帰るけど」
自分でも信じられなかったが、俺はそう言ってしまった。里奈は嬉しそうに微笑む。
「やった! じゃあ、まだまだお話できるね!」
そういって、すぐに里奈は再度、今日あった出来事を話し始める。正直、俺はただそれを聞いているだけだが、嬉しそうに話す里奈を見るのは不快ではなかった。
ただ、やはりそれと同時に……どこか、リナとの間の明確な距離を感じざるを得ないのであった。
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