第12話 負けられない彼女

 それから数日……段々と気温も暖かくなってきていた。


 俺は電車に揺られながら、既に中間テストも一段落したというのに、なんとなく身構えている。


 なんとなくだが……会う気がする。既に何度も会っているから会うのも当然といえば当然なのだが。


 実際、以前里奈には本当に近所の図書館に行き、勉強を教えてやった。里奈は想像以上に……勉強ができなかった。少し俺が驚いてしまうくらいに。


 それでも教えればきちんと学ぶと言った感じで飲み込みは早かったので、教えてた所はできるようになった。無論、それでテストがうまく言ったかどうかはわからないが。


 ただ、あれ以来、留奈と会っていない。留奈の方は勉強が出来るかどうか走らないが、それなりに会っていないのは確かである。


 と、そんなことを考えていた矢先だった。電車が止まり、扉が開く。


 見ると、相変わらず少し不機嫌そうな表情の金髪の子が電車の中に入ってきた。


 俺はとりあえず目を反らしてしまう。なんだ……なんで、不機嫌そうなんだ? この前、無視していた件に関しては解決したはずである。


 俺は今一度留奈のことを見る。どう見てもやはり不機嫌そうだ。


 留奈は周囲を見回し……程なくして俺のことを見つけた。俺のすぐ前までやってきたが、あいにく、俺の隣は他の人が座っていたので、留奈は仕方なさそうに人がいない前の席に座った。


 それから、留奈はずっと俺のことを睨んでいた。俺は本を読むことに集中したいのだが……まぁ、無理だった。


 そして、それから数十分後、段々と車内の人も減っていき、最終的に、俺の隣に座っていた人も降車してしまった。


 それとほぼ同時に留奈は立ち上がり、俺の隣にドカッと腰をおろした。


 俺は恐る恐る本越しに留奈の方を見る。思わず留奈のスカートから見える白い肢を見てしまうが……慌てて俺は本に目を戻した。


「何か言うこと、あるんじゃないの?」


 留奈はこの上なく不機嫌そうにそう話した。どう考えても俺に話しかけている。


「あー……その……何か、って?」


 俺は無論、なんで留奈が怒っているのかわからないのでそう言ってしまう。すると留奈はこちらに顔を向けて俺を睨みつける。


「……里奈ちゃんと、図書館、行ったでしょ」


 責めるような目つきで留奈は俺にそう言った。


「え……ま、まぁ……行ったけど……」


 俺がそう返答すると、留奈はますます不機嫌そうに眉間にシワを寄せて俺を見る。


 それから、留奈は俺から顔を背けて黙ってしまった。気まずい時間が、終点まで続いてしまう。


 電車は終点に着くと止まってしまう。それは当たり前である。だが、電車が止まっても留奈は、立ち上がろうとしなかった。


「え……る、留奈ちゃん……? 降りないの?」


 と、俺がそういうと留奈は顔を今一度俺の方に向ける。


「ちゃん付け禁止って、言ったはずだけど?」


「え……あ、あぁ……ごめん」


「ごめん? あのさぁ、そこは別にいいんだけど。もっと謝ることあると思うんですけど?」


 そう言われてもまるで俺は思い当たることがない。本当に俺がまったくわかっていないのを見て悟ったのか留奈は呆れ顔で肩をすくめる。


「昭彦、鈍感な少年になったね」


「え……鈍感?」


「……あのね。なんで里奈ちゃんとだけ、図書館に行ったの?」


 そう言われて俺はしばらく黙ってしまったが……「だけ」という部分で俺は理解する。


「あ……そ、それは……その……留奈には特に勉強のこととか言われなかったし……」


「はぁ!? なにそれ……あー! もう……里奈ちゃん、やっぱりそういう所、ズルいんだよなぁ……」


 そう言って何かブツブツと呟いている留奈。


「え……あの……留奈?」


 俺がそう話しかけようとすると、いきなり留奈は立ち上がり、俺のことを指差す。


「今後は! 里奈ちゃんには絶対に負けないから!」


 そう言って留奈はなぜか電車を降りていってしまった。車内に残された俺は呆然とその金色の髪が遠ざかっていくのを見ている。


「……負けないって……何に?」


 そんな俺の無意味な問いかけは、答えなどなく、消えていったのだった。

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