第11話 近くて遠い距離
その日は、季節外れに暑い日だった。そろそろ中間テストも近づいてきていて、俺も電車の中では小説ではなく教科書とか、配布されたプリントを読むようにしている。
こういった類のものは電車の中で読んでいると無心になれる。小説なんかは色々考える必要があるが、勉強というのは知識の注入だから、その分何も考えなくていいという側面もあるといえば、あるのだ。
ただ、問題は……それが一人の場合ならば問題なく集中できるということだ。電車の中がうるさかったりすると集中できない。
「へぇー……昭彦君の学校だとそういうプリントが配られるんだ。ウチの学校もそういうのほしいなぁ」
特に……隣からしきりに話しかけられるような状況では、まったくもって集中できないと言えるだろう。
俺は何も言わずに隣を見る。ショートカットの女の子……大村里奈は不満そうに俺のことを見ていた。
「……あの、里奈ちゃん。その……勉強しないの?」
「え? 無理だって言ったじゃん。私一人じゃ全然出来ないよ。だから、教えてって言ったのに」
「……いや、教えるのはいいんだけど、少しは一人で勉強くらいしないと」
里奈は納得していないようで、不満そうに頬を膨らませる。そんな態度をとられても勉強してもらわないとダメなものはダメだ。
「じゃあさ、今日教えてよ。前からお願いしているわけだしさ」
「え……今日?」
「うん。駄目?」
里奈は本気で俺にお願いしているようだった。駄目と言われると……断りにくいものがある。というか、むしろ、今日のほうがいいような気もする。テストの直前なんかにお願いされる方が大変だ。
「……いいよ。別に」
「ホント!? ありがとう!」
嬉しそうにそういう里奈。なんだか……少し悲しかった。きっと、里奈にとっては俺は頼みやすい人間なのだろう。学校ではきっとバレー部のエースという地位がある。だから、勉強ができないというのはきっと恥ずかしいのだ。
それに対して、昔からの付き合いもあるし。俺ならば学校の外の人間だからこそ、頼みやすいのだろう。
「いやぁ~、昭彦君じゃないと頼めないからさ~。なんていうか、バレー部の皆は私とどっこいどっこいだからね……あはは」
……やはり、俺は里奈にとって都合よく頼める人間だということだろう。さすがにちょっと腹がたった。
それから終点までは俺と里奈は喋らなかった。俺は勉強に集中できたが、なぜ、急に里奈が喋らなくなったのか気にはなったが。
そして、終点に付き、俺達は同時にホームに降りる。
「……あ、あのさ」
と、なぜか里奈は急に立ち止まった。俺は里奈の方に顔を向ける。
「え……どうしたの?」
なぜか里奈は少し緊張した面持ちで俺のことを見ている。そして、しばらくすると話し始める。
「こういうこと……昭彦くんにしか頼めないからさ、なんか、迷惑かもしれないけど……ごめんね」
申し訳なさそうに苦笑いする里奈。俺は思わず驚いてしまった。俺は何も言えなかったが、小さく頷いた。
「……うん。別にいいよ」
「うん! ありがと!」
笑顔でそういう里奈。俺はその笑顔を見ていて嬉しかったが、それと同時に……ちょっとずるいと思った。
里奈はあまりにも純粋すぎる。それこそ、かつて僕が失くした小説の正しさの女神のように。
俺にとってはあまりにも眩しすぎるのだ、と。
そして……決定的に俺と住む世界が異なるのだ、と。
「あ!」
と、いきなり里奈はまたしても大きな声をあげた。俺は思わず再び振り返ってしまう。
「……今度は何?」
「あのさ! 里奈ちゃん、って……ちょっと恥ずかしいんだよね……」
今度は本当に恥ずかしそうに里奈はそう言う。俺は奇妙なタイミングに思わず唖然としてしまった。
「あ……あぁ……そうだね。じゃあ、なんて呼べば?」
「え? ああ、そりゃあ、里奈、でいいよ。長い付き合いだしね」
そう言ってまた眩しい笑顔で笑う里奈。その時なぜか脳裏に浮かんだのは……留奈の顔なのだった。
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