第10話 反省と進展
それから数日後、また、俺は一人で電車で帰っていた。
今日はいつも里奈や留奈が乗ってくる駅で誰も乗ってこなかった。おそらく、二人に会わずに家に帰ることになるだろう。
あの二人に会うことが別に楽しみというわけではないが、なんとなく定期的なイベントのようなものとして俺の中では認識されていた。
だから、逆に二人に会わないとなると、どこか物足りないというか……どこか消化不良なような気分になるのだ。
といっても、別に彼女たちの連絡先を知っているわけでもないからコンタクトを取ることも出来ないのだが。
俺は適当にまた本を読みながら電車が終点に着くのを待つ。ふと、前に失くしてしまった小説のことを思い出す。
あの女神は……確か双子だった気がする。双子、女神……自分で思い出していてとても恥ずかしくなってきてしまった。
それからしばらくは何も考えずに、電車に揺られていた。そして、終点に電車が到着し、電車の扉がゆっくりと開く。
ホームに降り立ち、そのまま改札に向かう。と、前方のホーム上の待合の椅子に、女子高生が座っているのが見える。
終点であるこの駅の待合の椅子に座っているのだから、誰かを待っているであろうことは想像できるのだが……どこかで見たような容姿だったのだ。
俺はゆっくりとその女子高生に近づいていった。そして、すぐ近くまで行くと、それが……留奈だということを理解した。
「……大村さん?」
俺は十分に用心した上で、留奈に呼びかけた。それまで椅子の上で悲しそうに俯いていた留奈は、いきなり顔を上げて俺のことを見る。
「あ、昭彦君! その……ご、ごめん!」
いきなり立ち上がって留奈は俺に向かった頭を下げた。
「え……えっと……この前のこと? っていうか、ずっとここで座ってたの……? 俺を待っていたわけ?」
俺が立て続けにそう訊ねると、留奈は申し訳なさそうにしながら小さく頷いた。あまりのことに俺は驚いてしまった。
「……いや、別にいいよ。気にしてないし」
とりあえず落ち着きながらも、俺がそう言うと、留奈はなぜか逆に悲しそうに俯いてしまった。
「……ホントは、怒ってるんでしょ……」
「え? いや、別にホントに気にしてないって……」
そのまま留奈は黙ってしまった。さすがにこのまま黙っていられても困るので俺は話を続けることにする。
「あの時さ、なにか……機嫌が悪そうだったんだけど、何があったの?」
俺がそう言うと留奈は少し恥ずかしそうに俺のことを見た後で小さくため息をつく。
「……バカにされたから」
「え? バカにされたって……誰に?」
「……友達に」
小さい子供のように不満そうにそういう留奈。流石に予想外の答えだった。
「それで……何をバカにされたの?」
俺がそう言うと留奈は何故か言いづらそうに顔を歪ませる。バカにされた理由を言いたくないのは分かるのだが、そんなにバカにされて嫌なことだったのだろうか。
「とにかく……それで、すごく嫌な気分で……つい、その……昭彦君に八つ当たりしちゃって……」
「あぁ。そういうことなんだ。まぁ、別にホントに気にしてないからさ」
俺がそう言ってもやはり留奈は納得していないようだった。かといって、俺にはそう答える以外には選択肢がないのだが。
「……ホントにごめん」
「だから、気にしてないって。ね?」
「……代わりに、今度から……その……呼んでほしい」
急に蚊の鳴くような声で何かをいう留奈。さすがに俺にも何も聞き取れなかった。
「え……なんて?」
「だ、だから! 今度からは……留奈って呼んでほしいの!」
なぜかまた少しムキになってそういう留奈。俺はよくわからずただ留奈のことを見ているしかなかった。
「……まぁ、大村さんがそれでいいなら……」
「だから! 留奈!」
そう言われてしまったのでそう呼ぶしかないようである。俺としても今までの呼び方と違うので、少し恥ずかしい気もする。
「……じゃあ、留奈」
「……うん! それで、いいよ」
そう言うと留奈は立ち上がり、少し緊張した面持ちで俺の前を通り過ぎていく。そのまま帰るのかと思ったら、急に後ろを振り返って俺のことを見る。
「じゃ、じゃあね! 昭彦!」
そう言うと留奈はいきなり走り出してしまった。一人残された俺は呆然とその後姿と、風に揺れる金髪を見ている。
「……呼び捨てに、されたな」
今一度その事実を確認しながら俺はつぶやく。無論、それは嫌な気分というよりもむしろ、なんだか特別な気分で、少しむずかゆいような感覚なのであった。
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