第8話 不機嫌な彼女

 その日も俺は電車に揺られていた。今日は家に本を置いてきてしまったので、ただ、ぼんやりと窓の外の景色を見るだけしかやることがないので、非常に暇である。


 ただ、先程から少し離れた席に知り合いがいることを認識はしている。


 派手な金髪に、短めのスカート……双子姉妹の方でも留奈の方だ。


 なぜ今日は話しかけないのかといえば、話しかけにくいのである。


 先程から酷く落ち込んだ様子で、俯いている。時折、窓の外を見ては、小さくため息を付いているように見える。


 俺は見ていることにさとられないようにしながら、時折チラリと留奈のことを見る。


 あっちは完全に俺の方には気がついていないようである。それにしても、元気がない。


 それに、いつも一緒に帰っている友達は、留奈を見つけた最初からいなかった。俺の記憶が確かなら、あの友達が降りる駅はまだ先である。


 そうこうしているうちに、終点まであと2駅となった。既に人が少なく、残っている乗客は俺と留奈と2名だけである。


 留奈の方は完全に心ここにあらずと言った感じで俺に気づいていないようだ。正直、こちらから話しかけるのは遠慮したい……俺は、今日は話しかけないと決定し、それ以降は留奈の方へ視線を向けないようにした。


 そして、終点へ電車が到着する。俺は立ち上がり、電車から出ようとする……と、つい留奈の方を見てしまう。


 その瞬間、俺は立ち止まってしまった。留奈は……俺の方を見ていた。それこそ、責めるような目つきで……見ているというより、睨みつけているといった方が正しいのかもしれない。


 さすがにこのまま帰る訳にはいかない。俺は留奈の方へ近づいていく。


「や、やぁ……留奈ちゃん。えっと……その……」


「……昭彦君。気づいてたでしょ」


「え……」


 留奈はそう言うと、不機嫌そうに俺のことを見る。


「私がいること、気づいてたのに……無視してたんでしょ」


 そう言われて俺は……なんと返事して良いのか分からなかった。実際、留奈の言う通りなので、まったく否定できない。


「その……なんか、話しかけちゃ悪い感じだったから……」


 よって、正直に言うことにした。実際、そういう雰囲気を出していたのは留奈なのだから、俺にだって話しかけなかった正当な理由があるのだ。


 そう言うと、留奈はしばらく俺のことを睨んでいたが、小さくため息を付いた後で、ゆっくりと立ち上がった。


「……なんだ。変わっちゃったね、昭彦君も」


「え? 変わっちゃったって、俺が?」


 そのまま留奈は電車の外に出ていってしまう。俺もさすがに今、留奈が言ったことが気になって、思わずホームに出て、留奈のことを追いかけてしまう。


「え……ちょっと、留奈ちゃん……」


「……あのさぁ! ちゃん付けしないでよ! もうガキじゃないんだからさぁ!」


 と、留奈は駅に響く程の大きな声で怒鳴った。さすがにいきなりのことで俺は呆然とするしかなかった。


 しばらく俺と留奈は向かい合ったままで立ち尽くす。俺もこの後どうすればよいかわからなかった。


「あ……その……ごめん……つい、昔の癖で……」


 結局、少し経ってから俺の口から出たのは、そんな情けない言葉だった。留奈はただ、何も言わず、ただ、不満そうに俺のことを見ていた。


 その後、留奈は何も言わずに俺に背を向けて行ってしまった。さすがに怒涛の展開すぎて俺も理解が追いついていない。


 一体、なぜ留奈は怒っていたのか、そして、なぜ俺は怒られたのか……


「……いや、全然わからんな」


 思わずそう呟いてから、俺はついさっき終点から動きはじめた電車を見送る。


 変わった、か……俺が変わったかと言われればなんだか、非常に微妙だ。昔から人との付き合いをあまりせず、本ばかり読んでいた気がする。


 そう考えると、小さい頃によく遊んでいた双子姉妹は、俺にとっては貴重な存在なのかもしれない。記憶の中の二人は小さいままだし、俺に対して怒鳴ったりした記憶はない。


 だから、俺にとっては今の留奈の行動の方が、変わってしまったという感じなのであった。

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