第7話 不快、再び
段々と暖かさが、たまに暑さに変わってくるような気温の日。俺はいつも通りに一人で帰っていた。
すでに目の前には見知った顔が座っている。今日は双子姉妹の里奈の方だ。だが、今日は里奈の方も一人ではなかった。隣には鋭い目つきの女の子が座っている。
ポニーテールのその子は見た目はとても美人なのだが……かなり近寄りがたい感じを受ける。なんというか、鋭い刃物のような……それでいてとても無表情なのだ。
だが、その無表情のポニーテールの女の子に対して、里奈はとても楽しそうに話している。ポニテの女の子はただ、定期的に頷きを繰り返しているだけで聞いているのかいないのか正直、よくわからなかった。
おそらく、里奈の方の友達なんだろうが……双子でも雰囲気が違うと、友達も全然違うようだ。留奈の方はギャルっぽい友達だったが、おそらく里奈の方はバレー部の同じ部員なのだろう。どことなくスポーツもできそうな感じがするし。
……とそこまで観察してから僕は本に視線を戻す。
さすがにそのままずっと見ていると、里奈にも悪いし、隣の里奈の友達にも不審に思われてしまうだろう。
俺は本を読むことに集中することにした。しかし……どうにもチラチラと思わず里奈の事を見てしまう。
里奈は……とても楽しそうだった。いや、そりゃあ、友達と一緒にいるんだから楽しいに決まってはいるだろう。
だけど、その笑顔は俺にとって眩しすぎる。俺にはあんなふうに誰か一緒に楽しく電車で帰ったことはない。
羨ましいというか……やはり、里奈はなんというか、別の世界の人間のように思えてしまうのである。
そうこうしている間にも電車は進んでいく。終点までもあと5駅くらいだ。そして、電車がその次の駅で止まった……次のときだった。
なぜかふいに里奈の隣の友達が立ち上がった。俺は本を読みながらも端にその様子を見ていたから分かったのだ。
「どうしたの? 夏樹」
不思議そうにそういう里奈の言葉も聞こえる。と、なぜかその夏樹と呼ばれた少女は、俺の方に向かって歩いてくるのである。
「おい」
と、俺は本を読み続けていたが……明らかに俺の前にその子が立っていることは分かった。俺はゆっくりと本を閉じ、女の子の方に視線を向ける。
「え……な、何?」
「何、じゃない。この変態」
いきなりその子から浴びせかけられたのはそんな言葉だった。
というか、初めて会った女の子にこんなことを言われるというのは、珍しい体験だが、あまり経験したくない体験である。
「え……な、なんだって?」
「お前、見てただろ? 里奈のこと」
俺はそう言われて思わず向かいの席の里奈のことを見てしまう。俺と目が合った里奈は慌てて立ち上がり、俺の方に駆け寄ってくる。
「な、夏樹! 何してんの?」
里奈にそう言われると夏樹は不満そうに里奈のことを見る。
「里奈。気づいていなかったの? コイツ、里奈のことジロジロ見てたんだよ?」
「それは……だって、私の知り合いだし……」
そう言ってすまなそうに俺に頭を下げる里奈。夏樹はその様子を見て驚いている。
「え……里奈の知り合い?」
「うん。小学校の頃のだけどね。手塚昭彦君だよ」
里奈が紹介すると、夏樹は俺のことを見る。
「……どうも」
俺が挨拶しても夏樹は怪訝そうな顔で俺を見ている。なんだか、あまりフレンドリーな感じではないようである。
「……でも、知り合いだからって、ジロジロ見ていて良い理由にはならないと思うんだけど」
「え……あー……そ、そうかもね……」
そう言って、里奈は俺の方を見る。そう言われると、俺も反論できない。
と、そんな感じで困っていたその時に、ちょうど、電車が駅に着いた。
「あ……降りなきゃ」
夏樹はそう言って心配そうに里奈のことを見る。
「里奈……なんかあったら、携帯に電話してね」
「え……な、なんかって?」
「……そこの知り合いとやらに、なんか変なことされたら、って意味」
そして、電車から降りると時に、俺のことをまるでゴミを見るかのような目で一瞥すると、そのまま去っていった。
「あー……あはは……ごめんね」
里奈はそう言いながら俺の隣に腰を下ろす。
「……別に」
「え……もしかして、怒ってる? ホント、ごめんって……夏樹、ああ見えていい子だからさ……」
初対面の人にいきなり「変態」と言ってくる奴を「いい子」と思えというのはさすがに難しいとは思うのだが……
「……楽しそうだったね」
俺はふと、そんなことを言ってしまった。自分でもいうつもりはなかったのだが、自然とそんな言葉が口から出てしまったのである。
「え……私?」
「うん……だから、思わず見ちゃった、のかも……俺の方こそ、ごめん」
俺がそう謝ると里奈は少し恥ずかしそうに顔を赤らめたままで、照れくさそうに微笑んだ。
「まぁ……夏樹だけじゃなくて、部活のメンバー、皆良い子だからさ、話してると、楽しくなっちゃうんだよね」
楽しそうにそういう里奈。俺は何も言えなかった。ただ一つ言えるのは……里奈は間違いなく、俺とは違う世界の人間だいうことだけだった。
そうこうしているうちに電車が終点に着いた。
「あ……えっと、本屋、また寄る?」
里奈は立ち上がりながら、俺にそう訊ねる。
「え……あ、あぁ。まぁ……」
「そっか……じゃあ、またね」
里奈はそう言って電車から出ていってしまった。俺はそれから少し後れてホームに降りる。
走り去っていく里奈の背中。制服が新品で綺麗なだけかもしれないが、やはりそれだけではないくらいに眩しいのだった。
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