第5話 同様に

 それからまた数日後。段々と気温が高くなってきた。のんびりとした気候……というやつだろうか。


 俺は相変わらず日が暮れかかった帰りの電車で本を読んでいた。その日も少し図書館で本を読んでいて遅くなってしまった。俺は本から目を離して周りを見る。


 ……俺の前方にはいた。短髪の女の子だ。


 相変わらず女の子は眠っている。座席の端で壁にもたれかかって、完全に爆睡している。よほど疲れているようだ。


 この感じだと……また眠ったまま終点まで着いてしまうんではないだろうか。すでに電車は終点まであと何駅か……かといって、俺には眠っている彼女を起こすような度胸もなかった。


 仕方ないので俺は本を読むことを再開することにした。しばらく読んでから、終点を告げるアナウンスが車内に響く。


 女の子を見ると……まだ眠っている。というか、よく考えたらこの子、終点についた時、ひどく驚いていた。あれは完全に乗り過ごした時の反応だった。


 俺は周囲を見回してみる。俺と女の子以外に乗客はいない……変なことをするわけではないのだ。俺は自分にそう言い聞かせながら立ち上がり、女の子の方に近寄っていった。


 そして、女の子の前に立つと、ためらわずに肩を叩く。女の子は……起きなかった。


 仕方がないので俺は女の子の肩を強めに叩いた。女の子は少し眠たそうな目をしながらも、なんとか目を覚ました。


「あれ……君……」


 女の子は驚いた顔で俺を見る。


「あ……ごめん。その……次、終点なんだけど」


「……あ、あぁ。また寝ちゃったのかぁ……はぁ……」


 女の子はひどく落ち込んでいた。よほど睡眠不足のようである。


「えっと……疲れている?」


 俺がそう聞くと、女の子は、目を丸くしてから、苦笑いして俺を見る。


「あはは……部活が厳しくてね……」


「あー……だから前回も寝てて……何部?」


「女子バレー部だよ。君は?」


「あ……俺は部活は入ってないんだ」


 気まずそうにそう言っても女の子は特に何も言わなかった。まぁ、俺が帰宅部だろうがなんだろうが彼女にとってはどうでもいいことだ。


「そうなんだ。でも、帰り、遅くない?」


「あ、ああ……学校の図書館で本読んでたから……」


「へぇ。君の学校の図書館、結構遅くまでやっているんだね」


 そんな話をしていると、段々と電車がスピードを落としていき……最終的に停車した。


 俺と女の子は連れ立って電車の外に出た。生暖かい風が俺と女の子の間に吹いている。


「起こしてくれて、ありがとうね。また、私が寝てたらさ、全然起こしてくれていいからさ」


「あ、あぁ……じゃあ、そうするよ」


「……っていうかさ、さっきからずっと思ってたんだけど……君、昭彦君?」


 と、急に自分の名前を呼ばれたのは流石に俺としても予想外だった。思わず自分より背の高い女の子のことを見てしまう。


「なんで……俺の名前……」


「あはは! やっぱり! 私、里奈だよ!」


 嬉しそうにそういう少女……さすがに言われないとわからなかった。留奈は確かに昔の面影があったが、里奈に関しては……雰囲気自体が変わっている。


 最初に感じた印象の通り、顔つきはかなり精悍になっていて、どこか中性的な雰囲気を感じさせる。


「……かなり、変わったね」


「え? そ、そうかな……まぁ、ちょっと大きくなっちゃったしね……」


 恥ずかしそうにそういう里奈。


「いや……でも、里奈ちゃんがバレーボールとは……どっちかっていうと、運動音痴だった記憶があるんだけど……」


「あはは……小さい頃はね……あの頃は、留奈ちゃんの方が体動かすの、得意だったもんね……」


 と、なぜか里奈は少し悲しそうな顔をする。


「そういえば、今は、留奈ちゃんとは別の学校に行っているんだっけ?」


「え……あー、まぁ、そう、だね……」


 俺がそう言うとますます里奈は悲しそうな顔をして、そのまま黙ってしまった。なんだか、触れてはいけない話題のようである。


「あ……俺、本屋寄って帰るから……ここで」


「え? フフッ……昭彦くん。本、まだ好きなんだ」


「え……あ、あぁ……まぁ……」


 なぜか嬉しそうにそういう里奈。本が好きというか、本を読むことくらいしか俺にはできないから本を読み続けているだけなのだが。


「良かったよ。今日は会えて。じゃあ、またね」


 そういって、里奈は俺をおいて走っていってしまった。


 後ろから見ても短く切りそろえた髪の毛、そして、綺麗なうなじが精悍さを醸し出している。俺の知っている小さい頃の里奈とは大違いだ。


「……留奈の方は、すぐわかったんだけどな」


 見た目こそ派手になっていたが、留奈のほうがわかりやすかったな……そんなことを考えながら俺は家路を急いだのだった。

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