第4話 彼氏彼女の話

 それから数日は俺は電車の中では誰にも会わなかった。


 電車の中では相変わらず本や携帯を眺めるだけ……変化のない日々が続いていた。


 変わったことがあったのは、一週間程経過した頃だった。


「でさぁ~、ウチの彼氏がマジでうるさくてぇ~。困っちゃうよねぇ~」


 電車の中でそう言っていたのは、留奈と同じようにギャルっぽい女の子だった。違う点といえば、金髪の留奈と違い、茶髪なことだろうか……まぁ、色の違い程度ってことで、よく似た感じ子だった。


 どうにも声が大きいので、俺は思わずチラリとその子の方を見た。


 そして、その女の子の隣にいるのは……どう見ても留奈だった。


 留奈は女の子の話を聞いている。なんとなくだが、笑い方がぎこちなくて、ちょっと無理をしているように見えた。


「で、留奈は最近どうなのよ~? 彼氏とはさぁ~」


 女の子が留奈にそんな事を言ってきた。女の子の声がデカい……というか、女の子以外誰も喋っていないので、声が聞こえてくるのである。


「え……あ、アタシは……別にどうともないよ」


「またまた~。そう言っていつもちゃんと話してくれないし、写真も見せてくれないじゃん! ズルいぞぉ!」


 そう言って女の子は留奈の方を小突く。留奈は笑いながら対応していた。


 留奈の……彼氏。


 いや……別にショックとかそういうことではない。むしろ、会っていない期間が大分あったのだ。彼氏ができていてもおかしくない。


 それからも、留奈とその友達らしき女の子はとりとめのない話をしていたが、人の話を盗み聞きするのもどうかと思い、それ以上は聞かないでおいた。


 少しずつ乗客も降りていく。そして、留奈の友達も途中で立ち上がって降りていった。


 留奈は降車する友達に手を振って、それから一瞬だけ俺の方を見た……ようだった。どうやら、最初から俺の存在に気づいていたらしい。


 まぁ、俺の方も認識していたからおかしくもないのだが。


 そして、終点まであと一駅の時だった。俺が読んでいた本から顔を逸らして周囲を見回すと同時に、少し離れていた席から留奈が立ち上がった。


 留奈は俺の方に歩いてきて……俺の目の前で立ち止まった。


「あ、ああ……留奈ちゃん。また会ったね」


 俺はそれとなく挨拶しておいた。しかし、留奈はどこか恥ずかしそうだった。


「……昭彦君。さっきの話、聞いてた?」


「え……あ、ああ。友達と話していたのはわかったけど……それが?」


「……望海……ああ、一緒にいた子のことなんだけど……あの子、声大きいから……聞こえていたんじゃないかな、って」


 留奈は俺のことを見ている……俺は苦笑いしながら話を続ける。


「あー……彼氏がどうとか、って話?」


 俺がそう言うと留奈は小さく頷いた。終点まで後少し……周りを見ると乗客は遠くの席で眠っているお爺さんが一人だけだった。


「……アタシに彼氏がいるって思う?」


「……え?」


 意味がわからない質問に、俺は間抜けな声を漏らしてしまった。留奈は少し困ったような表情で俺を見ている。


 終点へのアナウンスが電車に響く。俺は窓から見える風景を見た後で、今一度留奈を見る。


「え……いるって、言ってなかった? いるんでしょ?」


 留奈は少しの間俺を見ていたが、電車がだんだんとスピードを落としてくると、ニコッと笑って出口の方へ向かっていく。


「……留奈ちゃん?」


 俺が声をかけると、留奈は俺の方に今一度振り返る。


「フフッ……いるわけないじゃん。アタシに、彼氏なんて」


 留奈は笑ってそう言うと同時に、電車が止まった。


 ドアが開くと、俺が呆然としている間に、留奈は電車を降りていってしまった。


 俺は終点に着いたのに座ったままだった。それに気付いたのは少し立ってからだった。


 俺は立ち上がり、電車から出る。


 既に留奈の姿はホーム上には見えなかった。


「……いないんだ」


 俺は間抜けにそう呟いてから、そのまま改札口の方へと向かっていったのだった。

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