第2話 それは偶然に

 それから数日後の放課後。電車での帰宅中、俺は本を読んでいなかった。


 あの本……実は紛失してしまったのだ。おそらく電車で帰ってくるときである。


 女の子に気を取られていたのだろう……恥ずかしい話である。


 だから、今日は携帯でブログやSNSをチェックしながら、約1時間半を過ごしていた。


 そして、気付くと俺以外に乗客は……いた。


 俺の斜め前方に金髪のギャルっぽい子が座っている。


 女の子はつまらなそうに携帯をイジっている。その子もウチの制服ではないので別の学校のようだ。


 俺は携帯に顔を戻す。そして、適当に操作しながら……今日の帰りに古本屋で適当な本を買おうと考えていた。


 携帯をいじるのを飽きたので、適当に窓の外を眺める……無為に景色が流れていく。俺は無感動にその光景を見ていた。


 そして……終点を告げるアナウンスが電車の中に響く。俺は今一度携帯を見てから、チラリと前方を見る。


 たまたまだったが……斜め前の女の子と目があってしまった。こういうときは慌てて目を逸らすのはよくない。俺はゆっくりと目を逸した。


「……昭彦君?」


 そのはずだったのだが……誰かが俺の名字を呼んだ。俺は今一度目線を前方に戻す。


 いつのまにか、ギャルっぽい女の子が俺の前に立って、俺の方を見ていた。


 その顔はよく見てみると……見覚えがあった。


「え……えっと……留奈ちゃん?」


 俺は思わずそう言ってしまった。そういうと女の子はニッコリと微笑む。


「久しぶり~! すごい偶然だね! っていうか、よく私ってわかったね! あはは、大分変わっちゃったからさぁ」


 その子は嬉しそうに笑いながら、立ち上がって俺の方に近寄ってきた。甘い香水のような香りがこちらに香ってくる。


「あ、ああ……そうだね……」


 俺はそう言いながら女の子を見る。


 大村留奈……幼稚園、小学校が同じだった近所の子だ。


 昔はよく遊んでいたが、小学校高学年の頃から遊ばなくなって、中学は別々の学校に行ったので、完全に疎遠になっていた。


 正直、そんな子に対してちゃん付けはどうかと思ったが……かといってそれ以外の呼び方をしたことがなかったし、あっちが小学校の頃の呼び方をしたので俺もそれに合わせたのだ。


「あはは~……お互い家が遠いと大変だね~」


 困り顔でそういう留奈……俺は適当に相槌をうっておいた。幸い、すぐに終電にたどり着き、そのまま電車が止まった。


 俺と留奈は一緒に電車の外に出て、改札口まで歩いた。


「家の方まで一緒に帰る?」


 特に他意はない感じでそう言われて俺は少し戸惑った。


 留奈はギャルっぽくなっていたが可愛いかったから帰るのはやぶさかではないが……一緒に帰るのは、なんだか、恥ずかしかった。


「あ……ごめん。ちょっと俺、本屋に用事あるから……」


「そっか~。相変わらず本、好きだねぇ~」


「あ、あはは……そ、そういえば、里奈ちゃんは?」


 俺がそう言うと、留奈はなぜか急に真顔になってしまった。


 里奈というのは、留奈の双子の姉である。いつも一緒に行動していたから、里奈の方ともよく遊んでいた。


 だが、考えてみれば今日は留奈だけしかいなかった。里奈の方はどうしてしまったのだろう。


「あー……うん。ちょっと、ね……っていうか、里奈ちゃんとは違う高校に行ってるんだよね……」


 そして、留奈はものすごく言いにくそうな表情で、小さな声でそう言った。


「あ……そうなんだ……」


 あれだけ仲が良さそうだった記憶があるのだが、高校は違う高校にしたのかという驚きが俺の中にあった。


 まぁ、そういうこともあるだろうし、何より、留奈がどこかあまり話をしたくなさそうな感じを出しているようだし、これ以上は聞かないほうが良いだろう。


「えっと……じゃあ、ここで」


「あ、うん……あ、昭彦君!」


「え……何?」


「あ……また、電車で会ったら……話しかけても良い?」


 留奈は少し不安そうな顔でそう言う。俺はその申し出に少し驚いたが、小さく頷いた。そんな俺を見て留奈は嬉しそうに微笑む。


「良かった……じゃあ、またね!」


 そういって留奈は帰っていった。俺はホッと胸を撫で下ろす。


 正直、帰りの電車で誰かと会うのはちょっと嫌だ……一人でいた気持ちもある。


今度からは帰る電車の時間をズラそうかな……そんなことを思いながら俺は家に帰っていったのだった。

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