第7話

「俺は友くんと似てるんだ、ホントは。前は、人と関わるのはあまり得意じゃなくて、今と違って見た目もずっと地味だった。だから友くんの知ってる今の俺は、自分で自分を変えた結果なんだ。」

友樹は驚く。シュンは見た目も性格も自分とは正反対で、少しお調子者の大学生というイメージしかない。

「中学の時さ、ずっと仲の良かった幼馴染がいて、唯一心を開ける相手だった。その人は、無口で、かっこよくて、ちょっと無愛想なところもあるけどほんとは友達思いで。中学に入ってなかなか友達のできない俺を心配して守ってくれてた。俺は彼に甘えて、これからもずっと一緒にいれるって、自分は彼のことなら何だって知ってるって、思ってた。」

「でも、そんなわけないじゃんか。今考えたら、普通にわかることなんだけどね。その時はそう信じてたんだ。休みの日に、彼が別の友達と遊んでいるのを見て…自分に見せたことのない顔で笑ってて…。それでわからなくなった。自分は本当に彼の一番なのか、彼は自分といて楽しかったのか。急に怖くなって彼とそれまでのように話せなくなった。彼はそれでも優しく接してくれてたんだけど。」

「しばらくして、二人で何度も通った通学路を、彼と女の子が二人きりで歩いているのを見て、やっと気づいたんだ。彼に抱いていた気持ちは友情じゃなかったんだって。そしたら急に汚い感情が溢れてきて、好きなのか憎んでるのかもわからなくなって、自分が心底嫌いになった。人と関わること、人を好きになること、生きてること、全てがもう嫌になって」

「…ってごめんね、やっぱり友くんみたいにちゃんとまとめて話せないね。俺、友くんと違って勉強はぜんぜんだめだったからさ。」

シュンはそう言って友樹に情けない笑顔を見せる。

「いえ…そんなことは…」

シュンの絶望が胸に染み込んでくるような感覚を覚え、友樹はどう返事をして良いかわからなくなる。お互いのことを話すということは、それぞれの過去や感情も受け止めるということなのだ、そう友樹は改めて思い知らされる。

「で、後はどんどんダメになってさ…でもそんな俺をリーダーが見つけてくれた。リーダーはそのままでいいんだって、俺の全てを認めて、受け入れてくれたんだ。」

「シュンさんは、ハシモトさんのこと、ほんとうに信頼してますよね」

「うん、あの人が俺の本当の親だったら良かったのにって、いつも思ってる。そしたらきっと、今とは違う生き方をしていたと思う。」

親…友樹の脳裏に両親の顔が浮かぶ。ここに来てからニュースは見ていないから、あれからどうなったのか全く知らない。きっと、行方不明届けが出されて、警察が自分を捜索したけど見つからずに、両親は今でも自分のことを待ち続けているのだろう。この3ヶ月、帰りたい気持ち、親を悲しませている罪悪感、けれど帰ればそれが結論になるという不安感が交互に襲ってきて、決心は付けられずにいた。


数日前にハシモトから告げられた事を思い出す。

「友樹君、僕らが時々町に出てる理由、もう気づいてるんじゃないのかい。」

2人で屋根裏部屋の整理をしていたとき、唐突にハシモトが口を開いた。

「でも、友樹君が聞きたくないというのなら、今はまだ話さないけど。」

なんとなく気づいていた。社会から排除されてしまう「好き」を持った人間同士が共に暮らし、お互いを認め合う仲間となる。十分に聞こえるのだが、それだけでは、その「好き」は満たされていないのだ。

「…いえ、聞かせてください。」

そう小さな声で、でもはっきりと友樹は答えた。しばらくの沈黙をおいてハシモトは話し始めた。

「町に出て、子供たちから幸せを受け取って帰ってくる。それを「幸せ集め」って呼んでる。」

「僕らの幸せは、多くの人のそれとは異なる。普通の人の幸せは、好きな人とデートに行って、結婚して、子供が生まれて…自分が幸せになって、一緒にいる周りの人も幸せになる。僕らも同じで、まず好きっていう気持ちがあるんだけど、それは決して許されない好きだから、それが満たされた瞬間、好きな子と、その家族は不幸になる。そんな好きを持ってしまった僕らは、人から幸せを奪うことでしか幸せになれないし、奪った幸せは一生返せないんだ。でも、それだけの犠牲を払って手に入れた幸せでも、すぐにみんなが奪いにくるから、僕らはみんなの手が届かないところに逃げなきゃならない。」

「幸せ集めのとき、僕らは必ず二人一組で行動する。一人が幸せをもらって、もう一人は子供の身体と心の傷がなるべく軽くなるようにできる限りのケアをする。そして、命を奪うことは絶対にしない。これがマヨヒガでずっと守られてきたことだ。」


「友くん…どうした?」

「僕は…」

シュンに心配そうに覗き込まれ、体育座りの格好で膝に顔をうずめたまま友樹は答える。

「僕は、ただ、彼女たちを見てると心が安らいで…一緒にいると心が洗われる気がするから、だから近づきたいだけで…そんな悲しませたり傷つけたりすることなんて、考えてなくて…」

シュンたちが町でしていることへの想像と、それに対する嫌悪が友樹の心を満たしていた。

「僕だって幸せにはなりたいですけど、そのために何も悪くない子達の未来を奪うことになるなら、諦めると思います。遠目で見たり、たまに話したりするだけでいい。みんなと違った幸せを持って生まれてきたのは悲しいですけど、どんな人でも満たされないことってあると思うんです。」

ふっと友樹の頭を何かが優しくなでる。顔を上げると、ベンチから立ち上がったシュンの、少し土で汚れた手がそこにあった。

「うん、友くんなら、そう言うと思った。そのとおりだと思うよ。」

それからシュンは手を友樹から離して、遠くのほうを見るように視線をずらした。

「そういう事件が起きたりすると、みんなそう言うんだ。『何で罪のない子供たちを』『子供を傷つけるぐらいなら、一人で死んでほしかった』ってね。実際、俺もそうしようとした。」

「…えっ、シュンさん…」

友樹はシュンの表情から何かを読み取ろうとするが、シュンは今まで見せたことのないような感情のない目で遠くを見るばかりだった。

「でもね、気づいたんだ、人はみんな自分が幸せになるために精一杯生きてるんだって。自分が幸せを諦めても、他人の幸せを奪っても、この世界は同じように動き続ける。そう考えたら、今まで悲しいこともたくさんあったけど、それを自分の幸せを諦める言い訳にしてちゃ駄目なんだって、そう思えたんだ。」

しばらくの静寂をおいて、友樹は口を開く。

「…僕は…もう少し、考えます…」

図書館で出会った少女のことを思い出していた。彼女を抱きしめたときに傷つけたくないという穏やかな感情の裏で、自分は彼女の体の小ささを意識していなかったか。少し早くなった心臓の鼓動は、その先を求めていなかったのだろうか。シュンたちが町でしていることについて、自分はなんとなくわかっていたのに、ここを離れないのはなぜか。

「うん、ゆっくり考えな。どうするのかは友くんが決めることだから。友くんがどういう決断をしたとしても、俺たちはそれを受け入れるよ。」

「いえ…そんなんじゃないんです。ただ、自分のそういうところとも向き合わなきゃいけないんだろうな、って…」

シュンはひときわ大きな伸びをすると、振り返り、友樹に手を差し出した。

「急がずゆっくり考えなよ。リーダーもいつでも話聞いてくれるし。友くん頭いいから、一人で考えすぎちゃうところあるじゃん。」

もう先ほどの寂しそうな表情ではなく、いつもの人懐っこい笑顔に戻っていた。

「あ、はい」

その手を取り、友樹は立ち上がる。

「さ、これ以上話してると着く前に暗くなっちゃう。軽いものだけでも分担して今日のうちに運んじゃおうぜ。」

空はいつの間にかすっかりオレンジ色に染まり、帰りを急ぐ鳥の群れが頭上を飛んでいく。二人は収穫した野菜の山を前にして、なるべく少ない往復でマヨヒガへ持ち帰る算段を立て始めるのだった。

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