第6話
11月になり、朝晩はだいぶ冷え込むようになった。マヨヒガの周りはそうでもないが、少し標高の高いところでは既に紅葉が始まり、玄関の掃除をするときも落ち葉が目立つ。
友樹は朝からシュンと山を少し下った所にある浜田農園に向かっていた。「浜田農園」とは山の所有者である浜田さんという高齢の女性が所有する畑で、山の斜面に階段状に作られた畑にはいろいろな野菜や果物が植えられ、マヨヒガの大切な食糧源になっていた。
「アオイのやつ、うまく逃げやがって…ストーブの部品の調達なんて、明日でもいいじゃんかよ」
ほとんどススキで覆われかけた獣道を、木の枝に捕まりながら慎重に降りていく。アオイは町に出るという書置きを残して今朝から姿が見えず、ハシモトは腹痛が治らず療養。二人だけでの作業となり、シュンは朝から文句を言いっぱなしだった。
「あはは、シュンさんそればっかりですね。でももう夜はだいぶ寒いですからね。もし雪が降ってから壊れたりしたら、命にかかわるんでしょう。」
「そうだけどさ、収穫日は1ヶ月前から決まってたんだからな…友くん、美味そうなサツマイモあったら、俺達の部屋に隠して、二人だけで焼き芋パーティーね。」
獣道を抜けると、林業関係者が使う道なのか、舗装されてはいないが車一台がかろうじで通れそうな道が姿を現した。
「そういえば、その…浜田さんって、何で僕達を助けてくれてるんでしょう。」
「うーん、俺もよく知らないんだよな。逆にハマさんが、俺達のことどれだけ知ってるのかもわからないし。でも、みんなハマさんのおかげだよ。」
ハシモトから聞いた話では、マヨヒガの建物自体、最初のメンバーが浜田さんから譲り受けたものらしいし、電気も農園の設備から分けてもらっている。その代わりに、農園での作業全般を引き受け、時には麓の村まで降りて浜田さんの親戚として仕事をすることもある。
「何で、っていえばさ」
急にシュンは友樹のほうを振り向く。
「友くんに聞きたいことあるんだよね、俺。」
少しいたずらっぽい笑顔を見せて、シュンはまた歩き出す。
「え…っと…」
友樹は言葉に詰まってしまう。夏にここに来て、彼らと一緒に暮らす決心をして3ヶ月弱。お互いが何故ここにいるのか、何となくだが普段の生活からわかってきたつもりだった。でも、それは確かに表に出ている部分だけで、言ってみれば本のあらすじだけを読んだのと同じだ。他のメンバーのいない時間は案外貴重で、今日はいい機会なのかもしれない。
「じゃあ、僕も、シュンさんに聞いてもいいですか。」
「よっし、じゃあ収穫の少ないほうから質問に答えるってことで開始!」
「えっ、ちょっと待って…」
畑に着いたシュンは道具庫に向けて走り出し、友樹もそれに続いた。
「はぁぁ~おわったぁ~」
二人はどちらからともなく自然と地面に倒れこむ。そこは農園の中で一番高いところにある土を盛って作られた小さな丘で、収穫が終わったばかりの畑を見渡すことができた。秋だというのに今日の昼間の気温は急上昇し、二人は着てきた上着を脱いでTシャツ1枚になり、ジャージの長ズボンは膝まで捲り上げ、まるで夏のような格好になっていた。
「俺の圧勝だったなー」
そういうシュンの籠にはイモ類がこんもりと入れられている。
「シュンさんずるいですよ、大きなサツマイモばっかり…数では僕と変わらないんじゃないですか。」
「まぁそこは植え付けからしてきて畑を知り尽くした者の特権てことで…あっ、ハマさんお疲れ様です!」
収穫物の選別をひと段落させた浜田さんがやってきて、ペットボトルの飲み物と一緒に差し入れの食料を紙袋に入れてシュンに渡した。二人は立ち上がり、お辞儀をしながら受け取る。
「今日はご苦労様、おかげで明日には農協へ持ってけそうだよ。これ、みんなでわけて食べなさい。」
紙袋の中には冷凍された肉類や、米、そしてレトルト食品等の保存食。おそらく隣町のスーパーで買ってきたのだろう。頻繁に町まで降りることができないシュン達にとっては、とても貴重なものばかりだった。
「ありがと~助かるよ、ハマさん。あっ、これリーダーの好きなやつ。この前のリクエスト覚えててくれたんだ。」
「それから…友樹くん、だっけ」
「あっ、はい。」
突然浜田さんから名前を呼ばれ、少し緊張して友樹は返事をする。
「困ったことがあったら、一人で悩まないで、いつでも言いなさい。力になるから。」
「はい、ありがとうございます。」
「周りが年上のお兄さんお姉さんばかりで慣れないかもしれないけど、みんな良い人たちばかりだから。」
そう言い残して浜田さんは収穫物を積みかけのトラックのほうへと去っていった。
「年上…ってそんなに離れてるかな…」
「…友くん細いし童顔だから中学生だと思われてるんだよ…ふふ」
友樹の呟きに、シュンは小さな声で返事をしたが、明らかに笑いをこらえている様子だ。年の割りに背が低いのはシュンさんだって同じじゃないか、そう言い返そうとしたが疲れのほうが勝ってしまい、そのまま、また地面に寝そべる。
「さてと、じゃあ、友くんの話から聞かせてもらおうかな。」
そう言ってシュンはペットボトルを紙袋から掴見み取ると、錆付いたベンチに腰掛ける。友樹はどうしようか少し考えて、ゆっくりと起き上がり膝を抱えて地面に座った。
「僕が話したら、シュンさんもですよ。」
日中は暑かったが、やはり秋らしく日が傾くのは早く、木々の陰が長く伸びている。谷の底からだんだんと近づいてくる夕方の冷気を感じ、友樹は長袖のジャージを羽織ってズボンの裾も元通りに伸ばす。
「えっと、僕、小学校の頃が一番楽しかったんです。」
面と向かって話すのはさすがに気恥ずかしく、友樹は地面を見ながら話し始めた。
「小さいころから運動が苦手で、家に帰ると本を読むか絵を描いているかぐらいでした。でも、クラスの他の男子はみんな外に出てボール遊びをしたり、自分の知らないゲームの話で盛り上がってて。彼らとは友達になる方法がわからなかったです。」
「でも、不思議と女子とは明るい活発な子とも仲良くなれた。なんだか男子の間の力関係って言うか意地の張り合いって言うか、そういうのがなくて、ありのままの自分でいれたんです。運動ができない僕にも、話しかけてくれて。それにほら、小学校って、まだそこまで男女を意識しないじゃないですか。だから彼女たちも僕を受け入れてくれたし、僕も自然に彼女たちと遊べていたんです。」
「それが、やっぱり高学年とか、中学校に入ると変わってきて…女子は女子だけで固まるのが当然みたいになって、それまで仲が良かった女子とも周りの雰囲気に押し流されるようにして距離ができちゃいました。クラスの中でも目に見えない順位付けみたいなものができて、僕みたいに大人しくて口下手な人間はどんどん下の隅っこのほうへ追いやられるんです。そしたら今まで楽しく話していた女子が、急に態度を変えてきて、無視されたり、酷いことを言われたりするようになりました。逆に僕と同じような境遇の男子と話すことは増えて、話し相手も少しはできたんですけど。」
「そして、僕が、その…恋愛に興味を持つようになったときには、もう異性は自分を拒絶して傷つけるだけの、恐怖の対象になっていました。それでも記憶の中には彼女たちと楽しく遊んでいた時間が確かにあって。もう高校生になったのに、小さい女の子を見ると甘酸っぱい気持ちが胸に広がるんです。それがどんどん強くなってきて、抑えられなくなってきて、怖くて、どう生きればいいのかわからなくて、その答えを見つけたくてシュンさんたちのところに来ました。」
そこまで話して、やっと友樹はシュンの顔を見る。シュンはすこし呆気にとられたような表情を見せていたが、すぐにベンチにもたれかかり全身で伸びをしながら、感心しきったという表情を友樹に向けた。
「友くんはすごいなぁ~高校生でそこまで自分のこと考えてるんだ。それに最初の頃よりずいぶん喋るようになったよな。そんなに喋る友くん初めて見たよ。」
「シュンさんと、他の皆さんが、僕と同じなんだって、知ってるからですよ。」
そう友樹はにっこりと笑う。
「じゃあ、次、シュンさんですよ。」
「うーん、友くんの後だと話しづらい…俺のはそんなちゃんとした話じゃないよ。」
困ったというように頭をかきながら、シュンはベンチの上にあぐらをかいて喋り始める。
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