第5話

「あれ、誰かいる」

ハシモトに頼まれ玄関前で掃き掃除をしていた友樹は、ふいに人の声を聞いて、驚いて声のほうを見る。そこにはいつのまにか森を背にして若い男女が立っていた。

「えっ、君もしかして新しく来た子?でもめっちゃ若いじゃん、高校生?まさか中学生?」

目を輝かせて興味津々という顔で近づいてくる男に、友樹は気後れしてしまう。さらさらと揺れる明るい色の茶髪、耳にはピアス、ジーンズとカットソーという、山には不釣合いな街中の大学生のような格好。だが、華奢で背は低く友樹とさほど変わらず、声も高めのため、あまり威圧感は無かった。

「ちょっとシュン、わかってると思うけど…」

後ろからついてきた女が、シュンと呼ばれた男に疑うような目線を送る。そうか、この人2人が昨夜ハシモトさんが言っていた…

「え、アオイ、何て?…ねぇ君名前は?いくつ?」

シュンは何故か友樹の持っていた長柄のほうきを一緒に持つように掴み、顔を近づけてくる。

「えっと…友樹です。高1…」

「高校生か~いいね!…いてっ」

はしゃぐシュンの後頭部に、アオイが大根をぶつけていた。

「仲間をそういう目で見ない。」

そう言うアオイの目は据わっている。見ると彼女の持つ袋には他にも色々な野菜が入っていた。暗い紺色のセーラー服を着た彼女は高校生なのだろうが、明らかに友樹より年上だ。背がシュンよりも高く、何より雰囲気が落ち着いていて目つきも少し怖いため、この中で一番大人のようにすら見える。

「何すんだよ~わかってるって。だいたい俺の好みよりずっと上じゃん。」

「こんにちは、友樹くん。」

不満そうに口を尖らせるシュンには構わず、アオイは手を差し出す。ふっと笑いかけられて、友樹も恐る恐る手を握り返す。

「こ、こんにちは…」

「もう聞いてるかもしれないけど、私がアオイでこっちがシュン。詳しくはあとでみんなで話しましょう。」

「俺ら徹夜で限界なのさ~ただいま~」

そう言ってシュンは玄関のドアを開け、中に入っていく。

「大丈夫よ、アレからはリーダーがちゃんと守ってくれるから。」

「どういう意味だよ~アオイだってさ…。ま、とにかく、友くん、これから仲良くしようね。」

振り向いて笑顔で手を振るシュンに、どう反応していいかわからず、友樹は苦笑いしながら小さく手を振り返し、掃除を再開するのだった。


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中学に入ってから、哲也の周りは大きく変わった。テニス部に入り、別の小学校から来た子の友達が増え、上級生とも話しているのを時折見かける。小学生のときはどちらかというと春のような大人しい友達が多かったのだが、新しく作った友達は活発でよく喋る子が多く、話題も春にはわからないスポーツや芸能人の話をしているようだ。

一方の春は、相変わらず内気な性格で、哲也以外を前にすると何を喋っていいのかがわからず、5月になってもクラスに話し相手はいなかった。

「ごめんてっちゃん、先生の手伝いしてて…」

春は校門の脇に立つ哲也に向かって駆けていく。クラスが分かれてしまった二人は、ここを一緒に下校するときの待ち合わせ場所にしていた。

「おう、行こうぜ」

二人はゆっくりと並んで歩き始める。校舎は丘の上にあり、校門からはゆるい坂道が下っていた。数週間前、満開だった桜並木は、今は柔らかな新緑に覆われている。

「お前、その前髪うっとおしくねーの?」

哲也が春の頭を見ながら呟く。もとから男子にしては全体的に長いほうだったのだが、しばらく切っていなかったため、前髪が完全に目を隠していた。

「えへへ…親からも切れって言われてるんだけど、床屋まで行く時間なくて…」

春は少し茶色がかった前髪をいじりながらそう答える。小学生の頃からさほど変化のない華奢な体や幼い顔つきと合わさって、学生服を着ていなければ女子と見間違われることもあるかもしれない。

「てっちゃんは髪伸ばさないよねぇ」

そう言って哲也の短く切られた黒髪を触ろうとして、一瞬手を止めた。

…あっ、てっちゃんの身長、伸びてる…

「まぁ部活あるからな。」

哲也は淡々と答える。

「そうだよね。」

「だいたいお前の時間ない、はどうせゲームだろ?」

「えへへ…あたり~。今ROH2やってるんだけど、ボス戦が佳境に入っててね、それで…」

やっぱり哲也は自分のことは何でもわかってくれる。うれしくなって、春はいつものように今熱中しているゲームがどれだけ面白いかを語ろうとした。

「てつはっけ~ん!」

その時、背後から足音がしたかと思うと、一人の男子が哲也に背中から抱きついてきた。

「えっ、ちょ、離せよ…」

困惑して逃れようとする哲也。

「ちょーさー、てつクン酷くね?一緒に帰ろうって約束したじゃんか~」

おそらく彼の友達だろう、他にも2人男子が追いついてきて、突然場がにぎやかになる。

「いや今日部活なかっただろ。だいたい陸、お前追試あるって言ってなかったか。」

突然の抱擁から解放され、心底面迷惑そうに哲也は言う。

「こいつ逃げてやんの。あはは、明日山岸にシバかれるぞ。」

そう別の男子が囃す。彼らはテニス部の同じ1年生。正直、春が苦手とするタイプだ。明るくて声が大きくて、喋りだすと止まらない。制服の下には派手な色のTシャツを着ていて、カバンにはマスコットや飾りがぶら下がっている。

春は盛り上がる一団から少し距離をとってうつむき加減に付いていく。以前、彼らの数人から喋りかけられたこともあるが、うまく話が続かなかった。だが、特に陸という少年はクラス委員も務めているらしく、いつも友達に囲まれているから、悪い子ではないのだろう。

坂を降りきった所にある交差点で立ち止まり、哲也達のほうをちらっと見る。陸はノートを見ながら哲也に喋りかけ、哲也は相変わらず仏頂面で短く返事をしている。

…てっちゃん、昔からほんと笑わないよな…

哲也は春が小学校に入学すると同時に近所に引っ越してきた。学年が同じだったことから一緒に登校するようになり、それ以来の付き合いだ。だから好き嫌いや性格についてはお互いによくわかっていた。

「じゃあ俺らマック寄ってくから。」

「てつ、あさって朝練忘れんなよ。」

盃川を渡る橋の手前で、彼らは手を振りながら別方向へ走っていった。急に静かになって、二人はまた並んで歩き始める。

「ごめん春、なんの話だった。」

「え…何だったっけ…いや、たぶん大丈夫だよ。」

本当は覚えていたのだが、彼らとの話の後に、自分の話はどう聞こえるのか、哲也は楽しいと思ってくれるのか、なんとなく自信がなくなりごまかしてしまう。

「クラスで話せるやつ見つかったか。」

哲也の質問に、どう答えようか少し考えて、春は口を開く。

「うーん、まだ、かも…」

「お前、小学校の頃もそうだっただろ…俺以外の前だととたんに無口になってさ…」

「てっちゃん以外だと、何だろ…怖い、のかな」

ため息をついて哲也は額に手を当てる。

「お前なぁ…そんなんだといじめられるぞ。掛小と違ってこの中学は乱暴なやつ多いからな。はぁ、心配だ…」

その後、取り留めのない会話は続き、いつものガードレールの前で二人は別れた。遠ざかる哲也の後姿を見つめながら、春は呟く。

「それでもいいよ…てっちゃんの一番の友達でいられれば、それでもいい。」


「ん…」

少しずつ目を開けると、窓辺にある散らかり放題の机が目に入り、シュンは自分がベッドで眠っていたのだと思い出す。蒸し暑くて身体がじっとりとしていることに気づき、窓を開けようと立ち上がる。窓の下に見えるのは真っ黒な深い森、そして見上げると夜空には満点の夜空が広がっていた。

「なんでこあんなこと、思い出すんだろうな…」

窓の止め具を動かしながら呟く。あの日、リーダーに拾われて、後悔なんてやめて、今を生きようって思ったのに。僅かに開けた窓から涼しい風が入ってくるのを確認すると、シュンは再びベッドに倒れこみ、また眠りに落ちるまでぼんやりと天井のランプを見つめていた。

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