第3話
夏休みになると、ショッピングモールのイベント広場には特設会場が設けられ、色とりどりのランドセルが並ぶ。来年から小学校に通う子供たちが希望を胸にいっぱいにして訪れるのを、今か今かと心待ちにしているようだ。
会場に着いた瞬間、裕太は照明を反射してキラリと光る水色のランドセルに突進する。
「こら裕太、走るなよ。」
兄の翔太はそう言って諭すが、裕太は気にも留めず、自分の体の3分の1ぐらいはあるだろうランドセルに抱きつくと、嬉しそうに両親のほうを見る。
「相変わらず裕太は元気だなぁ。来年から小学校に行ったら、落ち着いて授業を受けられるか心配だよ。」
そういいながらも、父の政史は笑顔ではしゃぐわが子の姿に、表情を緩ませずにはいられない。
「こんなにいっぱい種類があるのね…翔太の時より色も増えてない?」
母の由梨はぐるりと会場を見渡し、その広さにため息をつく。
本当であれば祖父母も来て一緒に選んでもらう予定だったが、数日前に祖母が階段から足を滑らせて入院してしまい、家族4人での外出となった。
いくつか目に留まった商品を試しに裕太に持たせてみる。一見どれも同じに見えるが、使っている素材、収納機能、耐久性など様々で、値段も相応の開きがある。
「やっぱり裕太は水色とか藍色とか、青系の色が似合うよな。どれどれ…イタリア製牛革使用、防水加工済み…」
政史は商品のカタログをまじまじと見つめる。由梨も近くにあってひときわ高級感を放っていた製品を手に取る。
「こっちはコードバン…馬の皮を使ってるみたいよ。…あら、値段が2倍近くするわ。」
「すごいなぁ、やっぱり高級品は見た目からして違うよ。でも、裕太が6年間使うものだからな、値段は関係ないよ。丈夫で、使いやすいものを買おう。」
「そうね、卒業式の日まで、裕太の相棒をしっかり務めてくれるものを選びましょう。」
裕太の家族は、両親ともに地方公務員であり、家計には余裕があった。普段は堅実な買い物をする両親だが、お金をかけるべきところには惜しみなく投資するという、バランス感のある人物でもあった。
「ふふーん」
鏡の前に立ち、自分の背中でキラキラ光るランドセルに、誇らしげにポーズをとる裕太。翔太は裕太が商品を傷つけないように注意しながら、なるべく沢山のランドセルを試せるよう、傍で手助けをしている。
「裕太、それ降ろして、次これな。」
「えーっ、にーちゃんくろばっかえらんで~。ぼくそっちのみどりのやつがいい」
「色はどの型でもある程度融通利くだろ。それよりもお前の体格にちゃんと合ってるか見たいんだよ。」
「ん~あとでそのみどりもね。あっ、あれもかっけー!にーちゃんとって~」
「あいあい、わかったから…」
自由気ままな弟と、しっかり者の兄。微笑ましい二人の会話を見て、政史は思い出したように言う。
「あぁ、あともう一つ、大事なポイントがあったよ。裕太が気に入ること。」
「うふふ、そうね。好きなものなら、大事に使おうっていう気持ちが、裕太にも出てくると思うわ。」
2時間ほど売り場で過ごし、家族でも話し合った結果、耐久性があり、現行モデルで一番軽いことと、身体への負担を和らげる設計を売りにした高級ランドセルを買うこととなった。裕太はアースブルーという深みのあるマットな青色にこだわっていたが、あいにくカタログのカラーバリエーションには明るい青色しか無かった。メーカーに問い合わせたところ、オーダーメイドで色を指定できることがわかったため、工場で製作し後日納品ということになった。
帰りの車の中、裕太は上機嫌でぬいぐるみを抱き、足をぶらぶらさせている。横に座る翔太は2時間も弟の相手をし続けたため、少し疲れを感じていた。しかし、小学校での生活に夢を膨らませる裕太を見ると、その疲れも吹き飛ぶようだった。
「翔太、そういえば、付属小の児童会、会長とかの役員職を復活させるみたいだ。もしかしたら付属中とあわせて、両方の生徒会長を川瀬家子息が務める、なんてことになるかもな。」
運転席から政史に話しかけられて、翔太は苦笑いしながら返事をする。
「裕太が会長…なんだか想像できない。まずは落ち着いて真面目に授業を受けるところから始めないとなぁ。それに児童会は5年生以上でしょ、その頃には俺、とっくに中学卒業してるし。父さん、気が早すぎだよ。」
「はは、確かに今はそんな感じじゃないよな。でも、裕太の幸せな笑顔には人を惹きつける力がある。きっと友達も沢山できるよ。裕太が自由で明るい雰囲気を作って、その周りに優秀な子が集まってきて、その子達と一緒に歩んでいく。それだって、一つのリーダーのあり方だろ?」
「まぁ、確かにね。」
そう答えて裕太を見ると、いつのまにか気持ちよさそうに寝息を立てていた。足元に落ちたぬいぐるみを拾い上げ、傍にあった毛布を裕太にかける。
…こいつ、わがままで落ち着き無いし、笑い声も泣き声もでかいし、興味あること見つけるとすぐに飛んでっちゃうし…けど、なんかほっとけないんだよな。
裕太の柔らかい前髪を撫でながら、小学校に入って、大勢の友達に囲まれて過ごす弟の姿を思い描く。
…大きくなるまで、俺が、ちゃんと見てやらないと。間違った方向に進んだり、危ないところに行ったりしないように、守ってやらないと。
「ん…にいちゃ…がっこう、いこ…」
寝言に思わずふっと笑いをこぼす。どんな眩しい学校生活を夢に見ているのか、翔太は思いをめぐらすのだった。
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