変な着ぐるみを着て。
俺が即座に口調を崩したことで、リムエルは一瞬だけ目を見開いた。
そしてすぐ、「遠慮ないわねぇ」と笑ってから、
「ついでにリムエルでいいわよ」
と言ったので、俺は更に遠慮なく言うのだ。
「リムエルさ、色々と急すぎない?」
「あんたって、ほんっとーに遠慮ないわね」
「いや、そっちから大丈夫って言ったんじゃん」
事実を言えばリムエルは苦笑して、止めていた足を動かしはじめた。
隣を横切った彼の隣に歩いて行ってみれば、彼は思いだしたように口を開く。
「というか、逆に私が敬語を使うべきなのかしらねぇ……」
フェッセン家はグレスデンにおいては、根ノ守と呼ばれる貴族だ。
それを他国の爵位に置き換えた際に、我がハミルトン家とどちらが上かという話でもある。
とはいえうちは子爵家だ。
他国の……それも国家を担う世界樹という存在にかかわる貴族が相手となれば、個人的には子爵の方が立場が下に思える。
かといって、リムエルのようにグレスデンの人間は違う認識なのかもしれない。
やはり、国力の差がそうさせるのだろうか。
……いずれにせよ、
「敬語だけは勘弁して」
リムエルの敬語は勘弁願いたい。
寒気を催す……と言えば失礼かもしれないけど、これまでの関係などを思い返すと、素直に受け入れがたい何かがあった。
「はぁ? なんでよ?」
「ただでさえ冬なんだから、勘弁してほしい。風邪ひきそう」
すると、リムエルは勝気に笑った。
「――――言うじゃない。意外と毒を吐く男だったのね」
「そりゃ、色々してきた相手になら少しくらいね」
「さっきは気にしてないって言ってたじゃない」
それはそれ、これはこれである。
俺も俺で不敵に笑い、肩をすくめてみた。
「あんた、グレスデンに来るんですって?」
「うん。姫にご招待いただけたから、父上の代わりに俺がアリスたちと行く予定」
つづきを話そうとしていたら、目的の学園が目と鼻の先まで迫っていた。
この辺りまでくれば、学園の外にも学生の出し物が並んでいる。冬なのに寒くないのかと思ったりもしたが、その寒さもまた銀月大祭の醍醐味というか、らしさの一つなのだとか。
すると、その出店の中に居た一人の男子生徒が、こちらに気が付いて近づいてきた。
やってきたのは、クライト・アシュレイ。
俺としばしば言葉を交わすようになった、数少ない男友達……のような伯爵家嫡男である。
「邪魔かと思ったが、つい気になってしまった」
「あら、アシュレイ家の。あんたもこの子と知り合いだったの?」
「色々あってな」
二人は意外にもくだけた口調で言葉を交わしていた。
「二人はローゼンタール派だったかしら?」
「それは他称だ。別に該当する家がそれを発言したわけじゃない」
それは恐らく、ローゼンタール公爵家、アシュレイ伯爵家、ハミルトン子爵家の三つの集まりについて。
第五皇子の件依頼、そのローゼンタール派という名はどこかしこで語られるようになった。
一応、剣鬼と恐れられる父上を優先してハミルトン派と言う者も居るが、個人的には、全部あの狸男が矢面に立てばいいと思う。
いつの間にか巻き込まれた身としてはたまったもんじゃない。
「それで、何の話をしていたんだ?」
クライトの問いには俺が答える。
グレスデンからやってきたルトラト王女に誘われて、年明けにはグレスデンへ行く予定であることや、国賓気味の待遇であること。
一緒にアリスたちが同行する予定であることも共有した。
「その話なら聞いている。――――グレスデン王家のもてなしというのなら、かの有名な避暑地だろう」
「へぇー……知ってるなんて博識じゃない。褒めてあげる」
「……いらん」
軽口を交わしたのちにクライトが俺に言う。
その有名な避暑地というのは『イグドラシエル』という名だそう。一度聞いてすぐにそれっぽいと感じさせる名前だった。
そこはグレスデン王家が徹底的に管理する避暑地らしく、各国の重鎮程度では利用することが許されない。
場合によっては、他国の王族でも使えないこともあるのだとか。
「ルトからは、そのイグドラシエルでもてなすって聞いてるわ。ご友人ともどもね」
「珍しいな。グレスデン王家にとって、あの避暑地はとても大切な場所だと聞いていたが」
「当ったり前じゃない。私たちにとって神にも等しい世界樹のすぐ傍だもの。けど、今回はそうするだけの価値があるって話よ」
「まぁ、君の責任もあってのことか」
(ついでに、国交の改善うんぬんだろうけど)
グレスデン王家がいかに父上を恐れているかもよくわかる。
耳が痛い思いをしているであろうリムエルは、クライトの言葉にそっぽを向いた。
愛国心が故の行動だったとしても、一歩間違えばとんでもない大事になっていたかもしれないと考えれば、彼も過去の振る舞いを悔やんでいるはずだ。
ともあれ、俺としてはやはり楽しみである。
いま聞いた話も加味すれば、南国での静かな時間をきっと楽しめることだろう。
◇ ◇ ◇ ◇
学院についてから、アリスと約束通り出し物を見て周るつもりだった。
だが、アリスに連れられて行った先で、俺は彼女が買っていた食べ物に舌鼓を打ちながら、どうしたものかと目の前を見る。
足を運んだ空き教室の隅で、隣から嬉々とした瞳を向けてくる駄猫を無視しながら。
「なにこれ」
と、尋ねる。
「着ぐるみですよ?」
「それは知ってる。俺が気になってるのは、この何とも言えない意匠の――――」「すっごく可愛いと思いませんか!? これ、私が考えて作ったんです!」「――――へぇ」
予期せぬ状況下でアリスの感性を知れたのはどうしたものか。
などと考えつつ、俺は目の前の面妖な着ぐるみから視線をそらした。
「で、この面妖な着ぐるみをどうしろと」
「私と一緒に着てください。それと、面妖じゃないです。とっても可愛いロックベア君と、ロックベアちゃんですよ」
「……そのロックベアとやらは?」
「魔物です! 本当はもっと大きいんですが、さすがに作れませんからねー……」
というわけで、そういう魔物を模した着ぐるみらしい。
言われた俺は仕方なくその着ぐるみに目を向け直してみた。
うむ。言われてみれば熊っぽい気はするけど、この何とも力の抜ける顔つきはどうしたものか。前衛的な芸術家何かと勘違いしたじゃないか。
「つかぬことを聞くけど、俺たちがこの着ぐるみを着なきゃいけない理由ってあるの?」
「それがあるんですっ! 最近のグレン君は色々と目立ってましたし、あの……私もなんだかんだ異性からお誘いが多かったですから……」
なるほど。変装して出し物を周りたいと。
確かにその方が落ち着けそうだ。
「あ、でも安心してください。この着ぐるみって意外と魔道具だったりするので、着ていても食べ物とか飲み物はちゃんと口に含めますよ」
「ってことは、顔を覗かせなくてもいいってことか」
「ですです! 着ぐるみの口元が地味に動くので、かゆいところにも手が届くという寸法ですっ!」
着ぐるみの口元が地味に動いたら怖いだろうに。
というか、こんな奇怪な着ぐるみを魔道具に仕上げるな。
声高らかにそれを伝えたかったが、面倒なので口にしない。
(これはこれでお祭りっぽいかも)
俺としてもそれらしい断り文句は浮かばず、特に悪い気もしていなかった。
気になるのは着ぐるみのデザインくらいなのだが、触れてはならない。
「じゃあ、着替えないと」
「それなら私はお外で待ってますねっ!」
どうせ上から重ね着するだけだから気にしなくていいのだが、逆に俺がアリスの着替えに立ち会うのもどうかと思ったため、俺は素直に頷いた。
アリスが空き教室を出てすぐ、俺は面妖な着ぐるみに袖を通した。
……妙に着心地が良い。
外見を思えば何となくイラッとした。
「おぉ~っ! バッチリですね! すっごく似合ってますっ!」
「似合ってるって言われて嬉しくないのは、多分これがはじめてだと思う」
「もぉー、照れなくてもいいじゃないですかぁ! ではでは、いまからグレン君はロックベア君です! 私もすぐにロックベアちゃんになるので、少しだけ待っててくださいね」
そうか。俺も外で待ってないといけないんだ。
この奇怪な着ぐるみ姿で、たった一人で。
(軽率だったか)
今更ながら快諾したことに少しだけ後悔しつつ、俺はアリスと別れて空き教室を出た。
いずれアリスの着替えが終わったころ、一緒にこの異様な着ぐるみ姿で学園を巡るわけなのだが……。
「……うん?」
「……あ、あら」
アリスを待ちはじめてすぐ、見知った二人の少女が現れた。
そう、ミスティとリリィの二人である。
彼女たちは空き教室前に佇む俺と言う奇天烈を前に思わず足を止め、何とも言えない表情を浮かべながら俺を見上げた。
「あの子、本当にこれを作ってたのね」
「御用職人に頼むと言っておりましたし、最初から本気だったみたいですわね」
この二人の感性は普通らしい。正直助かった。
と言ったところで、もう行ってくれ。
知り合いにこの姿を見られていると、中身が俺だとバレていなくても微妙な気分になる。
「中に居るのはアリスかしら」
去ろうとしないミスティが俺に尋ねてきたが、俺はすぐに首を横に振った。
当たり前だが、声は出さない。
「……」
一方、リリィはじっと俺を見上げている。
やがて「ふぅ」と短く息を吐き、艶美に微笑む。
すると間もなく、空き教室からアリス――――もといロックベアちゃんが現れて、傍にいるミスティとリリィを見て身体をビクゥッ! と揺らした。
それを見て、ミスティが瞬きを繰り返す。
瞬きを終えてからは、「そういうことね」と言って乾いた笑みを浮かべた。
「出し物の案内をしてくれる人がいるって聞いてたけど、二人がそう?」
違う、と俺が首を横に振ろうとすれば、ロックベアちゃんがそれより先に首を縦に振った。
何故嘘をついたのかと思っていたら、
「中身が私たちってバレないようにするためですっ! ちょっとだけ、私にあわせてくださいっ!」
おもむろに俺へ顔を寄せ、小さな声で言った。
……まぁ、そのつもりなら別にいい。
だが俺としては、もう手遅れな気がしてならない。
ここに現れた二人を見ていると、分かっていてアリスを泳がしている気がしてならなかったのだ。
(四人で回ることになったと思えばいっか)
実情は奇妙の一言に尽きるが、そう思うと気持ちが収まった。
後はこの着ぐるみ姿なことを忘れたいくらいだけど、とりあえず俺は、アリスに言われた通り彼女の考えに合わせることにした。
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