色々改めたらしい。

 翌日もある程度は忙しかった。

 しかし、これまでの日々に比べればやはりどこか落ち着いて感じたから、恐らく俺の感覚が鈍っているだけだと思う。



 その証拠に、午前中の仕事が終わってからは若干の眠気を覚えたくらいだ。

 ……疲れているだけかもしれないけど、論ずることは避けておく。



(どうしよ)



 昼食を終えてからは、時間を持て余してしまった。

 町中の出店を巡ろうと思ったが、一人でそんな時間を過ごすのはやはり切ない。

 とはいえ、昼食がてら何店か寄ったのだが、楽しむとなればまた別だ。



 ともあれ、もうすぐアリスと合流する予定である。

 昨日、学園を尋ねた際の約束があるからだ。



 ――――少し早いけど、もう行ってしまおうかな。



 アリスとは彼女も昼食が終わった頃に、昨日と同じ場所でと約束してある。

 その時間にはまだ少し早い。

 学園に行っても、最近はリリィの件もあって以前に増して目立つから、早めの到着は避けようと思っていたのだ。



 だが、資料室かどこかを間借りして待てばいいだけのこと。

 そう思って、俺はこれまで背を預けていた壁を離れる。

 今までは港区域すぐそばの大通りに居て、屋台が並ぶその付近を外れた裏道でひっそりと午後からのことを考えていたのだが、学園に行くと決めてからは大通りに出て足を進める。



「あっちに行こうぜ!」


「待ってよ! 私はもう帝都に行きたいんだけどっ!」


「ミハエラ元皇女の船が停泊してるそうですよ。見学に行きませんか?」


「これ美味いじゃん! ほら、あの出店の串焼き!」



 人々の雑踏は普段の比ではない。

 普段もこのフォリナーは人でにぎわう大都会だけど、銀月大祭中はその数倍はくだるまい。

 観光客の多くはそのまま帝都に流れると聞く。



 以前、ラドラムが教えてくれた話を思い返した。

 銀月大祭で動く金はとんでもないから、第五皇子のパーティのために中止にするのは馬鹿げている。

 どうせだったら、別のやりようもあっただろうに……という話だ。



「お兄ちゃん! 寄っといで!」

 

「おいおい観光客さんたち! フォリナーに来たってのに、港区を一周で終わらせるきかい!?」


「さぁさご覧よっ! さっき揚がった新鮮な魚介だよっ!」



 出店の店主たちの威勢のいい声がした。

 寒風に混じった香ばしい煙が人々を引き寄せていく。



 色々なことを考えていた俺に、既に昼食を済ませた俺の食指を誘って止まない煙だ。



(ついでだし、串くらい買って行こうかな)



 領主の子が一人食べ歩きなんて、外聞が悪いだろうか?

 まぁいいや。今日くらい父上も許して――――うん? そもそも父上はそんな俺を叱るだろうか? 叱るとすれば婆やな気がしてきた。



「お? 坊ちゃん!」



 結局俺は、香ばしい煙に敗北した。

 見慣れた店主が開く出店に寄って金を出し、おススメの串を何本かセットで購入した。



「坊ちゃんも楽しまなきゃなッ! また来てくれよッ!」


「はい。ではまた」



 少しあるいてから、紙に包まれた串を開いてみた。

 ……なんて罪深い香ばしさなんだ。

 幾本かの串から一本を選んで口元に運ぶと、その味の良さに口が喜ぶ。普段も出店の串はおいしいけど、祭りとなって少し味が違うように思えてならない。



 一本、また一本と手を付けながら、俺は幸せな気分に浸りつつ学園を目指した。

 ――――そうしていたら、ふと。



「はいはい、男なんだから泣くんじゃないわよ」



 近くの路地から、聞きなれた男の声がした。

 俺は思わずその声がした路地に足を踏み入れたのだが、そこに居たのは泣きべそをかく少年と、その少年をあやすリムエルだった。



「……何してるんですか?」



 つい、分かり切っているのに尋ねてしまった。

 すると、リムエルも俺に驚きながら言うのだ。



「見てわかるでしょ。迷子よ、迷子」


「……ですよね」



 頷いた俺は少年の傍に行き、膝をついて目線を合わせた。



「君、名前は?」


「……」



 答えてくれないとは恐れ入った。

 少年はなきべそをかくばかりで、俺に目を向けてくれることがない。




「お父さんかお母さんとはぐれちゃった?」


「……」



 すげぇ。ぜんっぜん答えてくれない。

 困った挙句、隣に立つリムエルを見上げてみた。

 どうやらずっとこの様子だったみたいだ。



 俺はこれまでついていた膝を石畳から離し、今度はリムエルと目線を近づける。

 ……でかいなコイツ。



「見ての通り、立派な迷子よ」


「ですね。どうやらそのようです」



 分かり切ったことをいま一度確認するという、間抜けなやり取りを交わした俺たちは肩をすくめ合った。

 まさかこんな出会いからこんな同調をすることになるとは思いもせず、けど、こうしているとコイツは意外と悪くないやつなのかも……と思わせられる。



 アシュレイ家のクライトと同じで、以前の印象が変わったという感じだろうか。

 このリムエルも、意外と優しい男のようだ。



「とりあえず、行きましょうか」



 と、俺はリムエルに言った。



「どこに行くってのよ」


「一応、こういうときのための場所があります。迷子に限らず、道案内などの細かい仕事を請け負う部署がありますから、そちらにこの子を連れて行きましょう」



 すると、少年がようやく口を開いた。



「……お母さんたちのとこに、いけるの?」


「うん、大丈夫。お母さんたちも君を探してると思うから、そっちに行ってみようか」


「……うんっ!」



 微笑みかければ少年も弱々しく笑った。

 俺はそのまま少年の手を取り、リムエルに目配せをする。



「私も行くわよ。乗り掛かった舟だわ」


「では、是非」



 こうして、少年を連れて大通りへ戻る。

 数歩後ろをリムエルが歩くという、妙な状況下でも俺は少年に心細い思いをさせぬよう、取り留めのない話をしながら足を進めた。



 やがて、数分もしたところで目的の場所にたどり着く。

 俺の予想通り、そこにはこの少年を探していたであろう大人の姿があった。



「グレン様!」



 少年の両親の対応をしていた騎士が俺に気が付いた。

 俺が少年に「あの人たちがお父さんとお母さん?」と聞けば、少年は涙を拭ってから、満面の笑みで「うん!」と言った。



「申し訳ありません……っ! まさか、領主様のご令息の手を煩わせてしまうとは……っ!」


「ありがとうございます! 本当にありがとうございます! お……お礼はもちろん、私と妻で必ず……っ!」


「いえいえ。この後も銀月大祭を楽しんでいただけたら、それで十分です」



 少年のご両親はそれでも「礼を!」と言って止まらなかったから、俺は苦笑いを浮かべてその場を足早に後にした。

 やがて、少年を連れていった場所が見えなくなってから、



「……悪かったわね」



 と、半歩後ろにいたリムエルが言った。



「はい?」


「だから、決闘を申し込んだりしたことよ。……私たちが切羽詰まってたからって、しちゃいけないことをしたのは事実だもの」


「……別にいいですよ。俺も父上も、もう気にしてませんから」


「それも聞いたわ。ルトが昨日、帝都で私に怒りながらすべてね」



 ルト、と言えばやはりルトラトのことだろう。

 一国の姫を愛称で呼ぶ当たり、二人の間には浅くない親交があるのは事実のようだ。



「お父君もいらしてましたよね?」


「ええ。お父様からも、次は勘当すると言われてしまったわ」


「お、おおー……それはまた……」



 同情の声音を放った俺のことを、リムエルはじーっ……と見ていた。

 何だコイツは。またやる気なのか?

 ……というのは冗談で、いきなり立ち止って見つめられると、リムエルの巨躯と色々な意味で目立つ容姿のせいで、何とも言えない気分にさせられる。



 ――――それは、十数秒に渡ってつづけられた。

 その彼はやがて、ぶっきらぼうな声で言う。



「あんたに敬語で話されると微妙な気分になるから、普通に話してくれない?」



 普通と言うと、友人と話すときのような口調だろうか。

 異性の友人がクライトしかいない俺に良く言ったもんだ、と心の内で不敵に笑った俺は、



「急すぎない?」



 驚きの声を発しながらも、しっかり崩した言葉づかいで話しかけた。




――――――



あけましておめでとうございます。昨年は大変お世話になりました。


また、最近は更新が短め&休みがちで申し訳ありません……。年末年始ということに加え、おかげさまで、お仕事をちょくちょくいただいておりまして……。

なるべく、時間が出来た際は早く更新できるよう心掛けて参りますので、何卒ご容赦いただけますと幸いです……。


本年も、何卒よろしくお願い申し上げます。

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