慌ただしい夜の終わり。

 どこかいたたまれないまま、俺は皆の元に戻った。

 戻った際、既にラドラムも合流していたので文句の一つも言いそうになったが、それを口にしたことで突かれて、オヴェリア・ロータスとの件をここで口にしてしまわぬよう我慢した。



「人が減ってますね」



 客の数を見た俺が呟いた。



「夜会も初日だしね。最終日のダンスがある日とかになれば、最初からもっと賑わうと思うよ」



 ああ、道理で。

 ラドラムの返事を聞いて納得した。



「それとグレン君。あとでアルバート殿と一緒にグレン君の部屋に行くから、ちょっとだけ時間を貰おうかな」


「む、私もか?」



 しかし父上と共に俺の部屋に来ると聞き、小首を傾げた。

 いったいその二人が一緒に来て、何の用事なのだろうか。




 ◇ ◇ ◇ ◇




 あの後はつつがなく夜会が終わった。というか、俺たちも途中で会場を後にしたから、予定より早く部屋に戻った。

 それからは湯を浴びる暇もなく、すぐにラドラムと父上がやってきたところである。



 揃ってソファに座るや否や、ラドラムが唐突に「ごめん!」と言った。



「…………はい?」


「グレン君に頼んでた仕事だけど、キャンセルで! 急で申し訳ないんだけど、もう必要なくなっちゃったからさ!」


「仕事? わ、私は何も聞いておらんぞ!?」


「アルバート殿にも話してなかったことはお詫びします! とはいえ、特に仕事というほどのものではないのですよ……!」



 どうせ演技だろうが、この男にしては慌てた様子で弁明をはじめた。



「グレン君に頼んでいたのは、オヴェリア・ロータスと接触して、少しでも情報を貰えないかというものでして」


「――――理由だ。理由を言え」



 ラドラムは刃のように鋭い父上の双眸を前に、もったいぶらず理由を述べた。

 父上は時堕を嵌めたとされる者たちが中立都市を経由したこと聞き、カッ! と目を見開いていた。

 文句の一つでも言いそうだったけど、ラドラムがつづけて説明したことでそれを止める。



「僕としても、時堕が嵌められたことに加え、彼が『気付いた』と魔法師団長に述べた件などなど……すべて気になってたまらないのです。そうした状況下で、中立都市の関与が疑われた。であればこの七国会談の場にて、少しでも情報を集めたいと思った次第だったのです」


「ほう。ラドラム殿にしてはあまり裏が見えんな。しかも、頼んだ仕事も危険ではない」


「普段の僕をどう見てるのか、よく分かるご発言ですね。――――ま、ついでと言ってはなんですが、グレン君はあの夜の件も気にしていたようですが」


「なんだグレン。どの夜のことだ」



 おいお前、どうして面倒な言葉をわざわざ言うんだ。



「…………」


「前から思っていたが、黙秘なんぞどこで覚えた」


「ラドラム様と関わるうちに、です」


「それは仕方ないが、駄目だ」



 すると、ラドラムが助け舟を出す。



「今日の会談の休憩中にお伝えした話ですよ。先日の賊が謎の魔物に食い荒らされていた件ですが、その場にいた女性のことを思い出してください」


「武一辺倒な私にも分かる。まさかラドラム殿、その女性とオヴェリア嬢が同一人物だと言うわけではあるまいな?」


「ははっ! それが言ってしまうんですよ!」


「何を笑っておるのだお主は! 危険ではないと言ったが、一気に危険な話になったではないか! だが待てよ……どうしてグレンがそのことに関わって……」


「俺はラドラム様から聞かされただけですよ」


「信じられんな。この男ならその情報を隠して仕事をさせるはずだ。その方が何かと面白そうだと思ってな」



 凄いな父上。全部正解してる。

 最初から最後まで同意してしまった。



「となれば、だ」



 ソファを立ち上がった父上が俺の隣に座った。

 何をするのかと思っていると、俺の肩に手を置いて、逃れられないよう力を込めている。

 何となく生じた反骨精神を持って抵抗を試みるが、びくともしない。



「賊の討伐をかって出てくださった第三皇女殿下を心配して、グレンも密かに屋敷を飛び出していたというところか」


「さすが父う――――うぇえぁっ!?」


「なーにがさすが! だッ!」



 やめてください。肩の骨が折れてしまいます。

 絶妙な力加減には技量の高さが垣間見えるけど、折檻はそのぐらいで…………あ、ほら! 骨がカリカリ鳴ってますって……。



「で、グレン君さ」


「な……なんです? 今、油断したら骨が砕けそうなので大変なんですが」


「グレン、安心しろ。私はグレンの身体強化がどの程度の習熟度か分かっている。万が一にも怪我はさせんとも」


「あ――――なるほどー」



 しかし、ようやく折檻が終わった。

 このぐらいの折檻で済んだのだから感謝すべきだろう。



「それで、なんですか? ラドラム様」


「オヴェリア嬢とは何を話していたんだい?」



 やりやがったなこの狸貴族。



「仕組みましたね?」


「確かに仕組んださ! でも言い訳すると、僕が仕組んだ要素と関係なしにオヴェリア嬢と邂逅したわけだけどね」


「はぁ……ラドラム殿はいったい、何をしたのだ」


「僕がリジェル殿と話をする際、彼の妹君にバルコニーは人が少ないから、夜景を楽しむのはどうか、って提案したんです。ついでに爺やにもグレン君に勧めるよう言っておいたんですが、グレン君ってば、自分から行っちゃいましたし」



 なんだこのはがゆい感じは。

 自分から罠に足をつっこんだっていいかえると、ひどく気分が消沈する。前世の死に方と似ているからだろうか?



「リジェル殿って言うのは誰のことですか?」


「ああ、オヴェリア嬢の兄にして、ロータス家現当主のことさ」


「道理で……はぁ……」


「それでそれで、何を話していたんだい?」


「仕事はキャンセルだったのでは?」


「それはそれ。これはこれ、さ!」



 テーブルから乗り出しそうなほど元気よく尋ねられた俺は返答に詰まった。

 素直に教えるのは癪だ。教えるつもりだったけど、それはもう癪だ。



「なんだいその顔は! まるで僕に教えるのが癪だって言ってるようなもんじゃないか!」


「はい。ものすごく癪です」


「やれやれ……親の顔が見てみたいもんだよ」


「隣におるだろうが。それを言えば、私はラドラム殿のお父君を知っているが、かのお方とラドラム殿の間に共通点を見出せんぞ」


「別人ですし、それで当然では?」


「ぐっ……急に正論を言いおって……」



 真面目に相手をした時点で父上の負けだ。

 ラドラムの屁理屈なんて、無視するに尽きる。



「仕方ないから僕から先に教えるよ。グレン君に頼んでいたことをキャンセルした理由だけど、リジェル殿と少し協力することになってね。だから不要になったってところさ」


「協力、ですか」



 それはもうキナ臭い話ですよ。

 つい先日までロータス家の当主と戦うことにしか楽しみを見出していないようだったのに、ここに来て協力だって? しかも、お前の口がそれを言うのか?



「どういう話からそうなったのか、お聞かせ願えますか?」



 少なくとも、時堕の話はどうなったのか聞いておきたい。

 父上も同じようで、厳しい目線をラドラムに向けていた。



「利害の一致、とだけ」



 しかしこの男は説明することを避けたのだ。



「この後、アルバート殿にはお伝えします」


「ああ、ならばよい」


「え――――俺は……」


「グレン君にはもうちょっと後でかな~……僕が考えていた以上に話が大きくなってしまってるから、はっきり言うと、危ない感じなんだ」



 俺と父上が同時に眉をひそめた。

 この男が俺には危険だからと遠ざけるなんて、おおよそファンタジーのようなものだ。



「グレン君には、僕がロータス家と利害の一致で協力するってことだけ覚えておいてもらえればいいよ。後はそうだなー……リバーヴェルが時堕の件に関わっていない、ってことは教えておこうか」



 そうなると、どの件で協力するようになったのだろう。

 あまりにも情報が少なすぎて察しがつかない。



 でも、協力することにしたのかー……。



 大丈夫なんだろうか? 俺、つい最近、そのロータス家のご令嬢と殺し合いをしてきたばっかりなんだけど。

 今宵のことは忘れましょう、とは話したが、どうしたものか。



「――――っと、すまない」



 不意に父上が立ち上がる。



「私はこの後、諸国の騎士と話をする約束がある。残る話は後程、ラドラム殿から聞くとしよう」



 父上はそう言って俺たちのそばを離れて行った。

 相変わらず甲冑をカチャン、カチャンと鳴らしながら。



 俺はこのとき、都合が良いと思った。

 父上の前でオヴェリア・ロータスとの件を話すのは憚られたからだ。

 しかし、俺はバルコニーでのことを話すことに躊躇してしまう。



 表に出れば大問題だろう。これは間違いない。

 それをラドラムに知らせでもすれば、この男が裏でどう動くか分からない。



 ――――やっぱり、不憫に思ってしまってるのかな。



 さっき見たオヴェリア・ロータスに対し、まだ同情しているのかもしれないと思った。そのため整理できない感情を吐露する代わりに、別のことを尋ねることにする。



「ところで、王殺しキングスレイヤーという言葉について、知っていたら教えてください」


「…………その言葉をどこで?」


「オヴェリア・ロータスから。ついさっきです」


「へぇ、そんな話をしたんだ」



 すると、ラドラムは仕方なそうに言う。



「覚えておくんだ。絶対にその言葉をアルバート殿の前で言ってはいけないよ。剣鬼という呼び名ですら、時に荒れ狂うほど怒らせてしまうんだから」


「では、本当のことなんですね」


「――――ああ。確かにアルバート殿は王殺しだ。普段腰に携えた剣で、かのガルディア王の命を奪ったんだ」


「どうして俺はその異名を知らなかったんでしょう」


「アルバート殿が嫌っているから、近しい人が使わなかったのもあるんだろうさ。それに、シエスタに居ても、アルバート殿をその呼び名で語る人は少ないからね。アルバート殿は元将軍、こう呼ばれることが多いのがその理由さ」



 色々な理由があって、俺の耳に届かなかったということのようだ。

 俺としても、特に強く聞きたい話ではない。聞いたことのない呼び名だったから、興味本位で尋ねたにすぎないのだ。



 でも、父上が嫌っていると知れたから収穫はあった。



「さて、と。僕もそろそろ行こうかな」



 今度はラドラムが立ち上がる。



「こんなことになって悪いね。はしごを外すような結果になったことはお詫びするよ」



 ラドラムは優雅に、それこそ上位貴族として恥ずかしくない所作で俺に頭を下げたのだった。



「あの!」


「ん、なんだい?」


「前にも聞いたと思いますけど、オヴェリア・ロータスってどういう令嬢なんですか?」


「そうだねー……僕が知るオヴェリア嬢って、まだ少女ながら、大陸中の貴族と比較しても稀有なぐらい、強靭な精神力を誇ってるって感じかな」



 その言葉は、バルコニーでの振る舞いと整合性が取れない。



「ははっ。喧嘩でもしたのかい?」


「ま、まぁ……そんな感じです」


「え……ほんとに? あのオヴェリア・ロータスと?」


「――――これ見よがしにオヴェリア・ロータスの噂を教えてきたのって、俺たちが衝突することに期待してたんじゃないんですか?」


「違う違う! 確かに彼女はガルディアを嫌悪してるって噂はあったけど、そんなんで喧嘩するほど子供じゃないよ!」



 猶更、整合性が取れない。

 しかしラドラムは俺よりもあの女性を知っている。そして、このラドラムが認めるだけの令嬢であるならば、本当にあんな軽率な行動をとるはずはないのだ。



 やっぱり……他にも理由が……。



 考えだしそうになった俺は慌てて口を開く。

 こんなことをすると、ラドラムに問い詰められそうだし。



「俺が何か無礼なことをしたのかもしれませんね」


「それも考えにくいけど……どうだろうね」


「いずれにせよ、もう顔を合わせることもないと思いますし。あ、そういえば、俺は明日から何をしていれば?」


「最初の予定通りで構わないよ。第三皇女殿下とアリスのパートナーとして、必要があるときに二人の傍に居てくれたらいいんだ。――――ちなみに明日だけど、二人は他国の令嬢との茶会に出席するから、グレン君は一日自由にしていて大丈夫だよ」



 完全に仕事がない感じじゃないか。

 分かりましたと答えると、ラドラムは最後に白い歯を見せてから、軽快な足取りで俺の部屋を後にした。




 ◇ ◇ ◇ ◇




 同じ頃、同じ宿内の一室にて。

 豪奢な部屋の中で向かいって座った、一組の男女が居た。



 一人はリジェル・ロータス。

 もう一人はオヴェリア・ロータスだ。



「オヴェリアに任せていた仕事の一切を取りやめる」



 部屋に戻って早々、兄にそう告げられたオヴェリア。



「お兄様!?」


「私は明日より、ローゼンタール公爵と協力して情報の収集にあたる。異論は認めない」


「わ、私は何をすればよいのですか!?」


「何もしなくていい。ローゼンタール公爵と情報交換した結果、オヴェリアは不要だと判断した」



 今までこんなことはなかった。

 任された仕事は徹底的にこなしてきた過去があり、今のオヴェリアがあった。



「想定と違う状況になった……こういうことですのね?」


「――――説明は不要だ。もう一度言うが、オヴェリアは不要な仕事となった。些末事を任せる可能性はあるが、もうすでに、ほとんどの仕事は別の者に任せる運びとなる」



 すると、リジェルは立ちあがって背を向けた。

 ここがオヴェリアの部屋だから、彼は自室に戻ろうとしているのだ。



「明日からの予定はすべてキャンセルだ。七国会談が終わる日まで、自由に過ごしてくれて構わない」



 振り向かぬまま扉を開けた彼は、無情にも返事を待つことなく扉を閉じた。

 残されたオヴェリアは「嘘……」と信じられない様子で呟いて、バルコニーでの衝撃が冷めやらぬ中、頼りない足取りで寝室へ向かう。



 灯りを消し、ドレスを脱ぎ捨ててベッドに倒れ込む。



 しかしすぐに立ち上がり、ベッド横の窓に向かい、そこに置いていた椅子に座って、窓ガラスにしな垂れかかるようにして息を吐いた。



「……こんな日は生まれてはじめて」



 自分があんなに取り乱し、しかも暗殺を試みたことは今でも信じられない。

 いくつもの事情があったとしても、自分をあんな凶行に及ぶほど精神力が弱い女だと思ったことはない。

 目を伏せると、布の奥に座っていた彼の顔を今でも思い出せる。



 ――――そういえば、あのときだ。



 明確な殺意というか、心の揺らぎを抑えられなくなったのは、彼の顔を見てからだ。

 そう。勘違いしていたことに気が付いた。

 確かに黒髪を見て、ガルディア人の特徴であることに言葉を失ったことは覚えている。同時に自分が遊ばれていたのかと思って、ひどく動揺したことも。



 だが、彼女はそれでもあんな行動に及ぶ女性ではない。



『俺はグレン。グレン・ハミルトンだ』



 名乗った彼の顔に、他の何よりも意識が向いていたことを思い出す。

 黒髪ではなく、彼の顔に対してだ。



「そう……彼の顔……」



 整っていたけど、そんなことはどうでもいい。

 気が付いたことというのは。



「お母様に……ちょっと似ていた……」



 あのときは冷静になれなかったが、冷静に思い出すとグレンの顔はどこか母に似ていた。



 ――――オヴェリアは母のことを強く憎んでいる。

 その理由は単純だ。母の出自のせいで幼い頃より冷たい扱いをされてきたからだ。

 彼女は身体に流れるガルディア人の血を憎み、他の誰よりも母を憎んだ。そんな母にどこか似ていたグレンに対し、今日まで生きてきた感じた辛さのすべてをぶつけてしまった……のかもしれない。



「最低ですわ」



 考えていると、自分に吐き気がしてくる。

 何の罪もない少年を殺そうとした自分の中に、実は暴君だったと語られるガルディア国王の卑劣さが宿っている気がして、気分が悪くなった。

 しかし否定はできない。

 彼女は罪のない少年を殺そうとしたから、言い訳できるはずがなかった。



 そうはいっても、彼女は亡き母に対し、常人には計り知れぬ憎しみを抱いている。

 ……正しくは、母の祖国であるガルディアの血に対してだが。



 彼女は生まれてこの方、陰で思い出したくもない蔑称で呼ばれたり、人として、女としても屈辱的な言葉を投げつけられたことも数えきれないくらい存在する。



 すべての辛さが、母の面影があるグレンを見て暴発したのだと。

 その他の勘違いと、懸想していたオヴェリアの感情が大きく裏返ってしまったことも、また一つの要因なのだろう。



 つまりは、普段はラドラムも評価するだけの精神力が、彼女特有の精神的な問題が積み重なり過ぎた結果である、と。



 勿論、グレンに謝りたいと思う。でも、どう謝ると言うのだろう。

 命を奪いかけたのかだから、彼が許してくれるまで頭を下げ、彼の要求をすべて受け入れるぐらいはする必要がある。

 すべてを捧げ、それで許しを得るべきだと思った。



 ただし、また会ってくれるわけがない――――とも思った。



 であれば兄を通じて行動すべきだけど、兄は今さっき、ローゼンタール公爵と協力することにしたと言ったばかりである。



 だが黙っていることはできない。



 急いで兄に罪を告白しなければと思って立ち上がり、ドレスを着直してからリビングスペースへ向かって給仕を呼んだ。

 今すぐに兄に会いたいと言ったが、給仕は苦笑いを浮かべ。



「ご当主様でしたら、明日の夜までお戻りになりません。急な仕事と聞いております」


「そ……そう……でしたのね……」



 意気消沈したオヴェリアは給仕に礼を言うと、寝室にとんぼ返りしてベッドに身体を倒す。



 兄が自分が知らない間に仕事の予定を入れていた事実にも悲しさを覚え、仕事が消えてしまったことに自分の存在意義も疑いはじめてしまい、心が沈む一方だった。



 こういうときこそ仕事がしたい。

 仕事だけをして、考える時間を失ってしまいたい。



 だが、兄に仕事をしなくていいと言われてしまった。



「せめて、あと少し情報があれば動けますのに」



 せめてもの願いとして、兄がどのような情報を得て動き出したのか知りたかったが、現状ではその情報が欠けすぎている。

 自分も動くことで兄のため、そしてリバーヴェルのためになれば本望だ。

 一日でも早く兄に一人のリバーヴェル人として見てもらうため、ほんの少しでも出来ることはしておきたい。



 せめて別の何かを……あるいは協力者がいれば……。

 などと考えていると、懺悔の念を抱いていた対象であるグレンの顔が頭に浮かんだ。



 先日の夜、彼の戦いっぷりは見事だった。

 バルコニーでも明らかに手加減されていたから、彼が自分より実力のある人物であることは察しがついている。

 それもかなりの実力者であろう……と。



 味方であれば頼もしいことこの上ないはず。

 シエスタ帝国が暗部『帝剣』の一人とオヴェリアが疑ったように、諜報などの仕事にも長けていると推測した。

 だが――――。



「馬鹿ですのね。愚かに過ぎますわ」



 無論、オヴェリアもグレンに情報提供を求めようとは思っていない。

 彼の顔が浮かんだから考えただけだ。



 早く明日の夜になりますように。

 兄に自分の罪を告白し、然るべき罰をうけなければ。

 彼女の心は、この想いに占領されていった。




 ◇ ◇ ◇ ◇




 俺はあの後すぐ寝室にやってくると、窓の傍の椅子に座り夜景を見下ろしながら考えていた。



「…………気に入らないな」



 今の今まで仕事をしてきて、というかこの中立都市に来る前もそうだったけど、急にはしごを外されることほどすっきりしないことはない。



 一度整理しよう。



 ラドラムは疑っていた。

 中立国家リヴァーヴェルが、時堕を嵌めた者たちと関係があるのではないかと疑っていた。

 しかしそのラドラムはリバーヴェルは関係がなかったといい、遂にはロータス家の当主と協力することになったと言った。



 すると気になってくるのは、何をするために協力するのかということだ。



 たとえばリバーヴェル側も時堕の話は知っていて、自国領を通った者が怪しいから探っていた場合。

 この場合は、その者たちの素性を探るべく協力する形だろうか。



 ――――いずれにせよ、情報が足りなすぎる。



 予想を立てるにしても立てづらい現状、急にのけ者にされたことに対する苛立ちとか、半端に裏で動かれることへの嫌悪感が表に出過ぎてしまうのだ。



 俺としても、時堕を嵌めたという連中と喧嘩をしたいわけじゃない。

 最低限、ラドラムが裏で何をしようとしてるのか、そしてリジェルと協力する理由を知っておきたいだけだ。

 すべては自衛のため、この一心で。



 しかしながら、この状況から一人で動くのは難しすぎる。

 ただでさえ七国会談という舞台なんだ。派手に動くことは愚を極める。



 アリスやミスティに協力を頼むことも考えたが、わざわざ二人に頼むことは避けたい。万が一にも危険があるなら、絶対に。

 こうなってくると、情報を知ってて、尚且つ協力を頼めそうな人物が限られてくる。



 誰かいないかな……と考えていた俺の脳裏を、不意に。



「いやー……彼女に協力を頼むってのも……そもそも応じてくれるかどうか……」



 オヴェリア・ロータスの顔が脳裏を掠めた。

 だが殺し合いをしたばかりだし、色々と不安である。それはもう、隅から隅まで不安でたまらない話だ。



「か、彼女も自分の振る舞いを後悔……してたような気がするし……あわよくば、許すってことで協力を……」



 駄目だろうか……。駄目だろうなぁ……。

 だって、俺の髪の色とかものすごい嫌いだし。



 考えていたら眠くなってきた。

 重い瞼を擦った俺は目を伏せ、意識を手放す前に考える。



 俺が色々調べたい理由はこうだ。



 1・ラドラムが裏で好きに動くことへの嫌悪感。

   ラドラムは父上に説明すると言っていたが、正直、全てを信用することはできない。絶対にどこかで情報を隠すはず。


 2・そのラドラムが俺の知らないところで情報を得て、その情報を生かすために俺を利用してこないよう、事前に色々と知っておきたい。何度も言うが自衛のためにも。



 最後になるが、はしごを外されたことへの苛立ちも少しあると思う。いや、絶対に。

 ついでに俺は時間が有り余って暇なのもあるかもしれない。



 考えていたらちょっと疲れてきた。

 今日は色々あったし、もう休んでしまいたい。



「明日……どうしよっかなー……」



 緩んだ声で呟いた俺は。



「あの店の料理美味しかったし……もう一度行ってみるか、、、、、、、、、……」



 この言葉を境に意識を手放したのである。

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