不可思議な感情に苛まれた結果と。

 布の奥で相手が頷いたのを見て、オヴェリアの胸がうるさいくらい早鐘を打った。

 緊張を帯びた指先は僅かに震えており、布を避けようとする手に迷いが生じた。



 ――――オヴェリア、ロータス。勇気を出しなさい。



 相変わらず、自分でもこんなに気持ちが揺らぐ理由が分からない。

 つい昨日も考えたばかりだが、いくら共通点が多かろうと、衝撃的な夜の出会いをした相手――――の可能性があろうと、所詮はその程度。



 今の自分が抱く感情は顔も知らない相手に抱くそれではない。

 分かっていた。なのに止まらない。

 まるで運命的、、、な……目に見えない不思議な縁が二人を結び付けたような、なんていう言葉が、オヴェリアの脳裏を掠めた。



 ふと――――二人の後ろの方で、会場の灯りが点滅しはじめた。



『何かあったみたいだ』


「ご存じありませんの? あれは余興のための演出ですわ。此度の七国会談を主宰する我々が用意したものですから、心配は要りません」


『ああ、それなら安心した』



 その演出により、バルコニーがより一層薄暗くなる。

 ここには瞬く灯りが僅かに届くのみだった。

 たとえるなら、ここで何か事件が起き、、、、、、、、、、ても誰にも分からない、、、、、、、、、、ぐらい、、、、に。



「そちらに行っても、構いませんか?」


『…………個人的には、やめておいた方がいいと思うけどね』



 チクッと胸が痛んだ。

 再会を楽しみにしていたのが自分だけなのかと思って、今まで感じたことのない想いが胸にどっと重く押し寄せる。



「どうして、冷たいことを仰るのですか?」


『これはどちらかというと、君のためなんだ』


「私の……ですの?」


『ああ。だから俺たちは会わない方がいい。楽しかった思い出だけで終わらせた方がいいんだ』



 オヴェリアは身体が冷たくなっていくのを感じた。

 視界も揺れて、足元もどこかおぼつかない。



 …………もしかして、この人は自分の素性を知ったのかもしれない。

 それで、ガルディア人の血が流れる自分と会いたくなくなったのだと、そう思った。

 でも、諦めたくなかった。

 どうしてか、今回は諦めてはいけないような気がしていた。



「畏まり………ましたわ」



 そう言いながら、彼女の手が二人を隔てる布を掴んだ。



「ですけど、一度ぐらいお話をさせてください。……今宵だけ、一度っきりでいいのです」



 遂に、布を避けてその先に座る人物に目を向けた。

 そう……グレンに。

 先に足を運び、夜風を浴びていたグレンへと。



「ッ――――」



 オヴェリアはハッとして、言葉を失う。

 僅かな灯りと月明かりに照らされたグレンを見て、感情の揺らぎに戸惑った。

 同時に、グレンの憂いを潜ませた表情を浮かべていながらも、どこか神秘的な姿に息を呑む。



 グレンの顔立ちは整っているが、それに見惚れたわけじゃない。

 会って分かったのだが、彼の顔を見ていると、どうしてかきゅっと胸が締め付けられるような気がした。



 また、不思議と愛おしく感じていた。



 彼を抱きしめて、そのまま熱を帯びた口づけをしたくなるような。

 彼を抱きしめて、久しく会っていなかった家族と愛を確認したくなるような。



 得体のしれない性愛と親愛に挟まれていたのだ。



 だけど一つだけ……一際強い感情の正体には気が付いていた。

 これは、憎悪だ。グレンの黒髪を見て抱いた憎悪だ。

 更に言えば、殺意も抱いてしまっている。抱くにはお門違いの殺意だったけど、とめどなく溢れ出る感情を止められない。



「お名前を」



 冷たい声を出したつもりだったけど、存外それほどではない。

 オヴェリアはこれに驚きつつ、瞳に涙を浮かべた。



「俺はグレン。グレン・ハミルトンだ」


「…………そう。貴方があの、王殺しキングスレイヤーの養子でしたのね」


「王殺し……?」


「ご自身の養父のことも知らないんですのね。アルバート・ハミルトンの異名は二つ。剣鬼、それに王殺し。――――かの騎士は、ガルディア国王の胸を貫いた英雄だというのに」



 その異名をグレンは知らなかったし、そもそもガルディア国王を討ち取った張本人であることも耳にしたことがない。

 怪訝そうにしていた彼へ、オヴェリアは一歩、前に進みながら言う。



「そんなハミルトン子爵が貴方のような子を引き取るなんて、どうしてでしょうか」


「さぁ、俺には分からないよ」



 二人の間に、今までの甘美な空気は一切ない。

 グレンの隣にやってきたオヴェリアは尋ねることなく腰を下ろし、夜の町に目を向ける。

 一方でグレンもこの雰囲気に加え、知られざる父の話を聞いたばかりで困惑していた。



 しかし彼は、おもむろに隣を見た。

 隣に座ったオヴェリアの横顔は神秘的で、女神のようだった。

 そんな彼女の頬を、一筋の涙が伝った。

 それはまるで、宝石のように美しかった。



「私のことを知っていたから、今まで遊んでいたのですね」


「……違う。俺が君が君であると知ったのは、あの賭けをした後だ」


「嘘ですわ」


「嘘じゃない。そもそも、俺には君の機嫌を損ねる理由がない」


「…………」


「こっちだって、色々聞きたいことがある。――――だけどやめておくよ。俺たちはあまり言葉を交わすべきじゃない」



 勿論、グレンはこうした雰囲気になった理由を知っている。

 つい数十分前にラドラムから聞いたばかりの、オヴェリアがガルディア人を嫌悪しているという噂のせいであることは、当たり前のように理解していた。

 だから彼は、最初にオヴェリアを止めていたのだ。



 ――――隣に座るオヴェリアの頬に、もう一筋の涙が伝っていく。



 彼女が悲しんでいる理由は、彼女がグレンに遊ばれていたと思ったから。

 あれほど衝撃的な出会いつづきだったし、更に、彼女自身も正体を分かっていなかった強い愛情が裏切られた気がして、大きな跳ね返りに苛まれていた。



 故に、お門違いの憎悪や殺意なのだ。



 グレンはラドラムにオヴェリアとの接触を頼まれていたものの、賭けの話をした時点で彼女の正体は知らなかった。

 しかも、オヴェリアがガルディア人を嫌っていることもそうだった。



 すべてはボタンを駆け間違えたような、悲しみに溢れた連鎖によるものである。



「俺はもう行くよ」



 少しの静寂の後で、グレンがそう言って立ち上がった。

 背を向けた彼は歩きはじめ、オヴェリアは思わずその背に目を向けた。



 どうしたらいいのか、迷ってしまう。

 ガルディア人を忌み嫌っていた彼女の中では、まだ、グレンに裏切られたという勘違いが蠢いていた。

 今、彼女の心は憎悪や殺意、落胆に加え、グレンに対しての懸想と思しき感情が蠢いていた。



 感情の整理は付かなかったが、彼女はつられるように立ち上がった。

 黙っていると、見えない何かに心が押しつぶされてしまいそうだったから。



「もし――――グレン様」



 オヴェリアの声を聞いたグレンが振り向く。彼女は彼に抱き着くように近づいて、彼の胸元にぽん、と収まった。

 手には、身体が重なる寸前に抜いていたナイフを握って。



「…………お許し、ください。こうしなければ、私の心が死んでしまいそうだったのです」



 夜会は今、余興で賑わっている。

 ここには他に人がおらず、暗くて何かあっても分かりづらいはずだ。

 しかも、この宿はリバーヴェルの管理下にある。



 ……更に更に、オヴェリアにはいくつもの言い訳が思いつく。

 グレンを刺したのは自分ではない。

 自分が来たときには、すでにこうなっていた――――と。

 あるいは今すぐ大声を上げて、賊が逃げていったとでも言えばいい。またその際、グレンは自分を守ってくれたとでも言えば十分だ。



「きっと……初恋でしたわ」



 そろそろナイフを抜き取ろう、彼女がそう思った刹那のことだ。



 ナイフを突き立ててから十数秒経ち、冷静になった彼女は気が付いた。

 どれほど時間が経てど、手が汚れていないのだ。

 いつもなら、暖かい体液が流れているはずなのに。



「なるほど」



 不思議に思っていると声が届いた。

 オヴェリアはナイフを見て、その切っ先が掴み取られていたことに気が付いて目を見開く。

 そして、身体を寄せたグレンを見上げて、苦笑していた彼と目を合わせた。



「あの夜のことも考えて、何かしてくるとは思っていた」



 グレンの胸元でオヴェリアが身体を揺らす。

 驚き、身じろいだのだ。



「っ…………!?」


「ここで俺を殺しても言い逃れは簡単そうだ。ここが中立都市であれば尚更にね」


「貴方……どうして今のを……っ!」


「言ったろ。何かしてくる可能性は考えていた、って」



 彼は「それに」と言ってつづける。



「普段は隠せているんだろうが、今は殺意を隠しきれていなかった。俺を殺したかったのなら、もっと静かに動くべきだったな」



 すると、オヴェリアがグレンの身体を押して距離を取った。



 これはまずい。最悪の状況だ。

 さっきはこれまで感じたことのない絶望に身を蝕まれ、本当に心が死にそうになってた。だから自衛手段として、グレンを殺してしまえばいいと考えた。



 あまりにも短絡的で感情的だけど、無論、普段のオヴェリアはそうではない。

 彼女特有の事情――――母の出自のせいで生じた幼き頃からの辛い思い出と、不思議と心を寄せていた異性に裏切られたと錯覚したことによるものだ。



 これらは、普段冷静な彼女にも制御しきれない感情の揺らぎだった。



 後先考えずに行動した自分を呪いたかった。

 失敗したら下手をすれば戦争もあり得る行動だったのに、それを止めることが出来なかった自分に対し、どうしてこれほど感情的なのか分からなかった。



「お教えくださいまし」



 オヴェリアは双眸を細めて尋ねた。



「どうして貴方は私の心に入ってくるのです……!」


「……いや、そんなことを聞かれても」


「意味が分かりませんわ! こんなこと、普段の私なら絶対にしませんのに……っ! どうしてこんなに、私の心を弄ぶんですの!?」



 そう言いながら、オヴェリアは更に戦う姿勢を見せた。



 一方でグレンはどうしたものかと迷っていた。

 え、この状況からまだやるの?

 他の見つかったらヤバすぎるでしょ、と。



「うーむ……」



 つい先日の夜に出会った際の女性がオヴェリアとして――――というか、もう確定したも同然なのでグレンはそう思うことにした。

 あの時のオヴェリアは見事なものだった。

 立ち居振る舞いに加え、戦いの技量も目を見張るそれだった。



 暗殺を生業とする者として、精神的な隙も見当たらぬ傑物と思ったぐらいだ。

 なのに、今目の前にいるオヴェリアはどうだろう。



 言い方は悪いが、今のオヴェリアは幼く見える。

 自らの感情を律することが出来ぬ、小さな少女のようだった。



「こんなことをしたら大変なことになるって、君なら分かっていたはずだ!」



 すると、オヴェリアは返事代わりにグレンの背後に回った。

 幾分か冷静になったのか、音もたてず、風のような見事な足さばきで。



「ええ! 骨の髄まで理解しております! ですが、無理なのですっ! どうしてか、貴方の前では感情的になってしまうのです……っ!」



 グレンの背後から襲い掛かるナイフによる攻撃。

 すべてが彼の急所や関節、無防備な肌を狙いすます。

 対するグレンは振り向いて、ときに躱し、ときに彼女の手を掴んで無力化を試みたが、容易にそれができるほど彼女は弱くない。



 彼女は強い。本当に。

 技は徐々に冴えていき、グレンを殺すに足りうる冷静さを取り戻しつつあった。



「ぐっ……!?」



 彼女が手をかざすと、グレンの首筋が目に見えない何かに縛り付けられた。

 息苦しさから逃れようと呼吸をすると、喉が焼けそうになる熱波を吸ってしまう。これでは呼吸が出来ない。



 グレンはここで思い出す。オヴェリアは風と炎の二属性使いデュアルの可能性があったということを。



「――――もう、胸が痛くてたまりませんの」



 彼女の声がより一層近づいてきて、手にしたナイフが月灯りを反射する。

 グレンが思わず喉元に手を当てた隙を狙い、そのナイフが振り上げられた。



「お願い致しますわ……どうか、死んでくださいまし」



 そう言われ、グレンは決心した。



「ふざ、けるな」



 オヴェリアの気持ちは察するけれど、それで殺しにかかることを許容できるかと言うと、答えは否だ。

 グレンはこれまで喉に押し当てていた手を翻し、迫るナイフをつかみ取る。

 更に強引に、身体強化にものを言わせてオヴェリアの腕を掴んだ。



「くっ……貴方……やっぱり、私が思う以上の力を……っ」


「魔法、を……解け……っ!」



 言い辛そうに口にするも、オヴェリアは応じない。



 このまま時間が経てばグレンは倒れる。

 それを自覚していたグレンは呼吸を求めた。

 問題は、少し呼吸するだけで熱波が喉を焼くであろうことで、そのせいで思うように呼吸が出来ない。



 であれば、魔法を解除するためにオヴェリアを殺さねばならないが、この状況下においてもグレンはそれを避けようと考えていた。

 ここで殺せば、ほぼ確実に犯人は自分とされるからだ。



 ……考えているうちにも苦しくなってくる。



 いい加減、覚悟を決めなければならないと思ったそのとき、オヴェリアがグレンの手を外し、身体を反転させてグレンの背後を取った。



「次は失敗しませんわ」



 疾く、流麗な体さばき。

 グレンが負けじと反応を返し、背後に振り向いた――――その刹那。



「そんなんじゃ、俺は――――……っ!?」


「えっ――――んぅっ!?」



 互いに、戦いの中でこんな失態を犯したことはない。

 というか、こんな事態になるなんて想像したことすらなかった。むしろ、誰が思うことだろう? 振り向きざまに、互いの唇が重なってしまうなんて。



 グレンは空気を求めて無意識に呼吸をした。

 すると、オヴェリアの体内からほんの僅かにそれを得られた。

 それは結果として、一見すれば情熱的な口づけを醸し出す。



「…………」


「…………」



 ――――二人は同時に動きを止めた。



 口づけを楽しんでいたわけではない。単に理解が追い付いていなかっただけだ。

 オヴェリアに至っては、まばたきを繰り返してグレンを見るだけ。

 彼の整った顔立ちを眺め、まだ荒い彼の呼吸を感じていると、全身から力が抜けていくのが分かった。



 いつしか無意識にグレンの服の袖を摘まんでいたことにも、彼女は気が付いていない。さっきまでの殺意は完全に鳴りを潜め、一人の町娘のように姿を変えてしまっていた。





 ◇ ◇ ◇ ◇




 強烈な罪悪感しかなかった。

 脳裏にアリスとミスティの顔が浮かんで離れなかったし、偶然とはいえ、オヴェリア・ロータスの唇を奪った事実にも罪の意識を覚えた。



「……悪い」



 唇を放した俺は開口一番に謝罪を述べ、オヴェリア・ロータスの顔を見る。

 彼女から一歩離れると、いつの間にか俺の服の袖を摘まんでいた彼女の手が力なく離れていく。

 ショックを受けている様子はない。単に驚いて、まだ理解が追い付いていないようだった。

 いつの間にか魔法が解けていたのも、その影響だろう。



「偶然なんだ。意図してやったわけじゃない」



 どう表現したらいいのか分からないけど、あれは俺たちの動きがかみ合いすぎた結果だ、、、、、、、、、、



 俺はただ君を止めたかっただけ。

 君はただ俺を殺したかっただけ。

 抵抗しようとした俺が動いたとき、君の顔が俺の傍にあっただけ。

 俺を殺そうとして君が動いたとき、俺の顔が君の傍にあっただけ。



 自分でもわけが分からないことを考えている自覚はあるが、あの口づけはこれらの結果なだけだ。

 実際、本当にこう言い表すことしかできなかった。



「卑劣、ですわ」


「ああ。結果だけ見るとそうかもしれない」



 こいつは何を呑気なことを。

 しかもどの口で言ってるんだと思った。



「ただ、俺にも非はあるかもしれないけど、最初に襲い掛かって来たのは君だ」



 俺だって死ぬのは避けたかった。

 そして、殺すことだってそう。

 俺一人の問題なら構わないけど、今は皆にも迷惑が掛かる。



 ……それに、甘いことは自覚しているけど、オヴェリア・ロータスの出自や感情を思うと、殺すのが不憫な気がしていたのもある。

 いずれにせよ、俺が甘かったという話なのだが。



 などと、ため息をつきながら考えていた俺は、まだ信じられないといった様子で自らの唇に触れるオヴェリア・ロータスを見ていた。



「あのように逃れられるなんて、思いもしませんでしたわ」



 彼女は俺から更に半歩離れると、以外にも落ち着いた態度で言った。

 月明かりに照らされた彼女の顔は、仄かに赤らんでいる気がした。



「はぁ……それを言ったら俺だって、あんなふうに言いながら殺そうとしてくる女性は見たことないよ」


「あんなふうに……ですって?」



 きょとんとした顔をしているが、自分で言ったことを忘れたのだろうか。



「どうせ油断を誘う言葉だったんだろうけど、初恋がどうのって――――」



 すると。



「ッ~~し、知りませんわ! 何を仰っていますの!?」



 オヴェリアは顔全体を真っ赤に染め上げて、俺に詰め寄りながら口を開く。

 羞恥で潤んだ瞳には、息を呑む美しさを湛えていた。



「も、妄想ですわ……。あるいは貴方が夢を見ていたのではなくて?」


「いや、妄想とか夢なわけないじゃん」


「分かりましたわ。そのような妄想をしていたから、私の意識を奪って魔法を止めるのではなく、意識があるまま私の唇を……はじめてだったのに遠慮なく奪って……し、しかも貪ったのですわね……っ」



 饒舌に早口で言われるが、それも違う。



「貪ったんじゃないって。君の魔法のせいで呼吸できなかったせいだし」



 あ、でもそうか………。

 意識を奪うだけでもよかったんだ……。



 とはいえ、どうだろう。後で、意識を失った彼女を見つけた人が、俺を重要参考人として呼び出す可能性は捨てきれない。

 なんだかんだと、ああするしかなかった気がして止まない。



 とかなんとか、この後どうしようかと思っていたところで、会場の方で灯りが戻った。余興とやらが終わったようだ。

 そのことに気が付いたオヴェリアがため息をつき、俺に背を向けた。



 俺の目の前にさらけ出された彼女のうなじは、くすみ一つない白い肌が真っ赤に上気していた。



「――――興が削がれましたわ」



 すると、何事もなかったかのように歩き出した。

 なるほど。すげぇメンタルをした令嬢だ。



「お互いに、今宵のことは忘れましょう」


「……ああ。そのほうが良さそうだ」



 俺の立場からすれば、リバーヴェルへ文句の一つでも言いたいところだが、言ったところで誰が信じるかという話になる。

 これがただの狂言となり、何かの火種になりそうなら、黙っておいた方がいい。

 だが、ラドラムにだけは報告しておくべきだろう。



「あ」



 オヴェリア・ロータスを見送り終えたところで俺は気が付いた。



「魔法、剣で切ってもよかったのか」



 せっかく魔力を帯びた武器を貰ったんだから。

 まぁ、もう今更だ。

 それに、あの判断を思い出したら、アリスとミスティへの罪悪感が蘇ってきた。申し訳なさも同時に生じてしまい、胸が痛くなる。



 二人の顔が頭に浮かんで離れなかった俺は、また少しの間、ここで頭を冷やすことにした。



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