別れ際に妙なことを言うのはズルいと思う。

 申し訳ありません。

 別作品の書籍準備作業にて更新が遅れました……。




 ◇ ◇ ◇ ◇




 予想していない場面に遭遇しても冷静で、仮に驚いても平静を装いたい性分だったというのに、久しぶりの帰郷とあって油断しきっていたのかもしれない。



「どうして俺の名前を?」



 俺は訝しむような態度を隠すことなく、でも抑え目にして占い師に尋ねてしまった。

 以前同様、占い師の深く被ったローブのせいで顔全体を見ることは出来ないが、口元が僅かに緩んでいるのだけは分かった。



「……以前は失礼いたしました。グレン様がご領主様のご令息であるとはつゆ知らズ」


「なるほど。そういうことか」



 相手が領主の息子であるということをあの後で知った。俺がこうして帰郷しているのを見て真実であると理解する。

 この言い分に怪しさはないように思える。

 あるとすれば、俺を誘拐でもして父上に何か要求するぐらいだろうが。



(我ながら、その線はなさそうだな)



 わざわざ父上を敵に回すような真似をするとも思えない。令嬢、令息を誘拐して金を欲していたとしても、それならいくらでも楽な貴族が帝都にいるはずだし。

 では別の目的があって、たとえばアリスたちを――――という線も、同じような理由でない気がした。



(考え過ぎか)



 ただの占い師に妙な警戒をし過ぎたような気がする。

 大きく息を吐いた俺は彼の傍に近づいた。



「この辺りは寄りやすいんだ」


「でスね。大陸南方のほとんどは旧ガルディア領でスので、大陸中央部を横に走る中立国家リバーヴェルを通過すると、ちょうどこのハミルトン領に近づきまスから」


「ああ……道理で」


「寄らずに舞台となる中立都市へ行くのはケイオスか、聖地の者たちぐらいなものでスよ。ケイオスはシエスタと面しておりまスので、わざわざ寄る必要がありません。聖地は中立国家リバーヴェルを丸々隔てる北方におりますしね」



 位置関係を整理すると、七国会談の舞台となる中立都市は参加国の国境境近くとなる。一つは当然シエスタで、もう一つはケイオス王国だ。そして三か国目となるのが、中立都市を束ねる中立国家リバーヴェルとなる。



 シエスタは地図上で言うと大陸の西方部に位置する大国であるため、舞台となる中立都市は大陸の中央部より東部の国々からすれば遠くなるし、わざわざシエスタに足を運んでから行く必要はないように思える。

 しかし、ここで関係してくるのが旧ガルディア領という地域だ。



「――――旧ガルディア領を通過することは、聖地が忌み嫌っておりまスから」



 俺も詳しい話は知らないが、内容自体は少しだけクリストフから聞いたことがある。



「確か――――」


「聖地の教えを信じる者は世界中におりまスから。その証拠に、各国には必ずと言っていいほど神殿がございましょう?」


「必ずと言っていいほどってことだけど、大都市には必ずあるとか?」


「左様でス」



 うん、見たことがない。

 帝都でも港町フォリナーでもそんな話は聞いたことがない。こうなってくると、まず普段から聖地の話を聞くことが皆無であることに気が付く始末だ。



「どうやら、不可解なご様スで」


「それなりに都会暮らしに慣れてきた気がするけど、神殿を見た記憶がないなって思ってさ」


「無理もありません。シエスタには一つも建設されておりませんし」


「――――理由を聞いてもいい?」


「特に難しい話ではございませんが、現シエスタ皇帝が聖地を嫌っておいでなのでスよ」



 皇帝と言えばミスティの父だ。何を当然のことを思い出してるんだと自分で自分を少し笑ってしまった。



「第百代皇帝レオハルト・エル・シエスタ。彼は若き頃は獅子帝と謳われた稀代の名君にして、大陸全土を探しても、彼ほど覇王の異名が似合う者が他に居ないほどの傑物でス。そんな彼がどうして聖地を嫌っているかはわかりませんが、先代皇帝の時代にあった聖地の名残は、彼が即位して間もなくすべて焼き払われたのでス」


「反対する者は居なかった?」


「幾分かは。しかし彼は稀代の名君でス。その魅力カリスマをもってすれば、他国が同じことをすることに比べれば、些細な問題でスので。また、シエスタが他国と比べて、信仰の文化が薄かったことも一因かと」


「へぇー…………そりゃすごい」


「ご興味がなかったのでスか? ご自分の国の皇帝でスが……」


「こんな田舎で育って以来、静かな暮らしをすることだけを願ってたからね。多分だけど、ほぼ生まれつきでそう言う話に興味がなかったんだと思う」


「おやおや。それでは仕方ありませんね。とても素敵な願いだと思いまス」



 占い師は肩を揺らして笑っていた。

 そのままフードが取れて顔が見えないかなって思ったけど、そんなに大きな揺れじゃない。



「それで、旧ガルディア領の話がどうして聖地の話に移ったのさ」


 

 話を本筋に戻す。

 たしか、どうして旧ガルディア領を迂回して進むのかという話を最初にしていたはず。



「これは失礼。先ほどお話したように、聖地の教えを信じる者は世界中におりまス。そして聖地はガルディアを他のどの国よりも強く糾弾した集団――――集団と言っても、実質は国であるからこそ、七国会談に参加しているわけですが」



 また話題がそれそうになったところで占い師が咳払い。

 一拍置いて居住まいを正す。

 ついでに革袋を取り出して水を軽く飲んで見せた。



「こうした状況下で、避けて通れる旧ガルディア領を通りたいと思う国は居ないのでス。通ることで、自国の民が不満を抱いてしまっては面倒でスから」


「その不満が来るぐらいなら、時間を掛けて迂回するってわけか」


「仰る通りでス。幸いにも、大陸中央部には横長に中立国家がございますし、通過することに苦労することはないでしょう」



 俺も気になって長々と話してしまったが、結論はこうだ。

 広大な面積を誇る旧ガルディア領を通ることで臣民から不満の声が届くことを避けるべく、大陸中央部の中立国家を経由して、舞台となる中立都市を目指すことになる。

 その際、地形的にハミルトン領に寄ったところで特に遠回りではないから、ついでに足を運ぶというわけだ。



「で、あなたは?」


「私でスか?」


「そう。どうしてこの町にいるのかなって」


「私は日ごろ、大陸全土の国々を見て回っておりまス。また七国会談が近づいたことを思い出し、リバーヴェルからシエスタに来たというわけなのでスよ」


「普段は旅でもしてるんだ」


「というよりは、人探しでス。一番に探していたお方は見つかったのでスが、こちらは中々に苦労しておりまして」



 自然と興味を抱いた俺はもう一歩、身を乗り出すように占い師に近づいた。

 思えば長々と話をしてしまっている気がするが、占い師から迷惑そうな気配は感じないし、それを言えば話変えて来たのも彼だから、あまり気にしていない。



「どんな人を探してるのさ」


「――――騎士、、です」



 いきなり普通の単語が出て若干面食らった。

 でも、騎士なら騎士で探しやすそうだ。

 広義的な意味として、騎士と言えば誰かに仕えているのが一般的な話となるだろうから、それなら手掛かりが多いのではないかと感じた。



「どこかに仕えてる人なら、その国に行くべきなんじゃ」



 言葉の意味合いとして、素直に受け取るならそれが良い気がした。

 仮に剣士と言われたら話は別なのだが……それにしても、占い師の声が「実は」と漏らした声に覇気がない。



「実は行方不明でして、国元のどこにもいないのでスよ」


「またそれは災難な。俺も、すぐに見つかることを祈ってるよ」


「ええ…………力強いお言葉でス」



 ふと、彼は優しげな声で言って立ち上がった。すると机や水晶玉がローブの中に吸い込まれていく。いきなりそんな光景を見せられた俺は、目を見開いて驚いた。



「それはもう強い騎士だったので、すぐに見つかると思ったんでスが……やれやれ。どうにも身を隠しているのか、痕跡すら見当たらない状況でして」



 名前や容姿を尋ねようとするも、占い師は俺が何か言う前に腰を折ってしまう。

 更に、すぐ口を開いて。



「私はこの辺で。またお会いしましょう」


「あ、ああ……それじゃ、また」



 次の機会があるかなんて分からないけど……社交辞令みたいなものだ。

 俺は何となく、歩き出していった占い師の背を見守った。けど、距離が十数メイルほど開いたところで急に立ち止り、俺の方に顔を向ける。



「聞きそびれておりました。グレン様は会談の場に参加なさるのでス?」



 俺がいるかどうか見えなかったはずなのに、居ると確信した声色で言ったのだ。



「いや、俺はしないよ。参加するのは夜会だけだと思う」


「ふむ……でしたら一つ、占いでも」


「えっと、夜会に占いが関係あるのかなって思うけど」



 疑問への答えは口に出さず、でも、喜色に富んだ声で話す占い師がつづけて言う。




「夜会にて、グレン様に一つの出会いが訪れることでしょう」




 一つどころかたくさんの出会いがあるだろうに。

 各国の人たちとあいさつを交わすことは当たり前だし、数えきれないと思ったのだが、どうやらそうではないらしい。

 僅かに合点がいかない様子の俺を見て、占い師はなおも楽しそうにつづける。



「ですが気を抜いてはなりません。気を抜くと彼女、、の刃に貫かれ、正装を鮮血で濡らすことになるからでス」



 彼女と言うからには女性と知り合う機会でもあるようだが、占いの内容自体があまりにも剣呑だ。

 服を血で濡らすなんて、前世の死に方を思い出してしまうじゃないか。



「…………あのさ、最後に変な占いをするのはどうかと思うよ」


「ほっほっほ――――占いとはそういうものでス。ですが、未来は貴方様次第でス。私の言葉を予言ととるか、回避可能な助言と取るか、すべてはご自身のお考えに掛かるのでスから」


「分かったわかった。はぁ……急に占い師みたいなことを言うじゃんか」


「何せ、占い師でスから」



 当たり前の言葉を口にして、今度こそ占い師は俺の前を立ち去っていく。



「それでは、今度こそお暇いたしまス」



 彼は路地裏の陰に消えるように。

 濃霧の中に溶け込むように、忽然と姿を消したのだ。




 ◇ ◇ ◇ ◇



 本日よりまた定期的(週1~2)な更新に戻りますので、引きつづき、暗躍無双をどうぞよろしくお願いいたします。


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