【2020年末向けのSS】たまにはこんな一日も
今年も大変お世話になりました。
本編の状況もあって迷ったのですが、今日は書いてみたかったSSをご用意させていただいたので、こちらをご覧いただけますと幸いです。
ただ、SSと言っても文字数がだいぶかさんでしまったので、お時間のある時にご覧いただければと……!
◇ ◇ ◇ ◇
一年が終わるその直前の日。
今日の夜が楽しみで仕方がなかったアリスがいつもより一時間は早く目覚め、彼にじゃれつこうと朝一番に部屋を飛び出した。
軽い足取りで、シルバーブルーの髪を楽しげに揺らしながら。
すると、彼女の足は彼の部屋の前でふっ――――と、止まってしまう。
「あ、あれれ……?」
普段であればまだ寝ているはずなのに、中から彼が起きている気配がする。
どうしたんだろうと思い立ち止っていると、ちょうど扉が開かれた。
「アリス? 朝からどうしたのさ」
「……グレン君こそ、起きるのが早すぎません? 寝顔を観察しようと思ったのに、これじゃ台無しです――――どうしてくれるんですか!?」
「あ、ああ……意味が分かんないけど、仕事だから起きてるんだよ」
今年の仕事は一昨日で終わっていたはずなのに、どうして? 疑問符を浮かべたアリスは歩き出したグレンの隣を進み、彼の動きに倣って階段を下る。
「昨日の夜、急に入ったから仕方ないんだ」
「ええー……! 一緒に買い出しに行きましょう、って約束したじゃないですかぁっ!」
「ごめんって。近いうちに埋め合わせはするから」
「…………嘘です。冗談ですよ。お仕事なら仕方ありませんしね。そうだ! 私にもお手伝いできそうだったら――――」
「ん、今日はそういうのじゃないから、アリスは休んでていいよ」
「むむっ! それはそれで不満です!」
「だったらどうしろと……」
あまりグレンを困らせるのも本意ではない。
でも、彼が困った顔を見ることが出来て満足したアリスは可憐に微笑み、躍る心のままに明るい声色で彼を見送ることにした。
残念ではあるが、また、来年。
今年は諦めることにして、彼の帰りを待つとしよう。
「とりあえず行ってくる。父上も父上で屋敷でちょっと仕事してると思うから、何かあったら父上に聞いてほしい」
「りょーかいですっ! ではでは、アリスちゃんはアルバート様のお手伝いをしてますねっ!」
普段は見送られる側だったアリスが見送る側になるのはこれがはじめてだった。
「ふふんっ。意外と悪くないですね、コレ」
学園に行かなくていいからというわけではない。決して。
ふさわしい言葉が思いつかなかったが、彼を見送ることも、彼の帰りを待つことも、不思議と楽しくて幸せな気がしていただけだ。
◇ ◇ ◇ ◇
昼を過ぎた頃、予定にない来客が屋敷の前に馬車を止めた。
確か、例年であれば城でパーティが開かれるはずなのに。だって言うのに、ミスティが足を運んだのだ。
「パーティ会場はお城じゃなかったですか?」
出迎えたアリスがきょとんとした顔で尋ねる。
「そうよ。でも、うるさい家臣がいるから逃げて来ちゃったの」
「ふぇ? 怒られません?」
「心配しないで。お父様には許可をいただいているし、ハミルトン子爵にも昨日のうちに手紙を送っているわ。急な連絡だったのは否定しないから、それは申し訳ないのだけれど」
逃げるとは言わない気がしてきたが、遠からずと言ったところか。
「あれ……グレンは?」
「それなんです! グレン君ってば、急にお仕事が入っちゃって!」
「そ、そう――――お仕事なんだ……」
分かりやすく消沈したミスティは白い息を吐いて、コートの袖口をきゅっと掴んだ。彼女は無意識に港町の方を向き、見えるはずがないグレンを探してしまう。
戦姫と名高い孤高の姫が。
人目を寄せ付けるが、決してその人は寄せ付けない皇家の宝石が。
たった一人の……それも、子爵家の少年にだけ意識を奪われていたのだ。
「前々から私と似てるところもあるって感じてましたけど……」
幼い頃より共に居たのだから、似ている部分があって当然。
でもそれが、こうした場面でも似るとは想像したことがなかった。
「どうかした?」
「いーえ、なーんにも言ってません。ってか、お外に居ても寒いですし……あーほら、雪も降ってきたことですし、まずは中に入りましょう」
「ええ、お邪魔するわ」
肩口に降り注いだ雪をそっと払い、扉を開けて屋敷の中へ。
すると、壁際に立ち手紙を見ていた婆やの姿。
普段であれば来客も婆やが対応するのだが、実は先ほど、婆やの姿が見えなかったから、代わりにアリスがミスティを迎えに行っていた。
「おや――――」
その婆やがミスティを見かけて近寄ってくる。
「いらっしゃいませ。お迎えに上がれず申し訳ありません」
「いいのよ。……でも、何か急用だったの?」
依然として手紙をしまうことなく片手に持っていた婆やを見て、ミスティは小首を傾げて尋ねた。
「実は……」
何でも、仕事に出たグレンからの手紙だそう。
気にしていたのは内容で、昼過ぎには帰るつもりだったというグレンは仕事が押しているらしく、このままだと夕食前にならないと帰れない、とのことだ。
「ですので、温かい差し入れでも持っていこうかと思った次第です」
それを聞いたアリスがほんの一瞬で思いついた。
アルバートの手伝いも午前中で落ち着いているし、午後からはするべきことも少なかった。代わりと言っては……いや、アリスにとってはこちらの方が重要な仕事となり得るのだが、そのグレンに自分が食事を持っていこうと考えたのだ。
ついでに、その料理を作るのも自分ということにすれば尚良い。
それを聞いた婆やは驚いていたが、直ぐに応じた。
隠れて自分が護衛すればいい……こう考えて。
――――数分後、婆やと別れた二人はミスティの荷物を置くべく、一度アリスの部屋へ足を運んでいた。
「でも、アリスが料理できるなんて知らなかったわ」
「はえ、出来ませんよ?」
「…………え?」
「だから、したことありませんってば。でもご安心くださいっ! 作り方なら本で何度も勉強してますし、刃物の扱いは妙になれてます!」
意味が分からなかった。普段のグレンがアリスを前に思っている感情を、まさに全く同じように抱いたミスティは額に手を当て、隠すことなく大きな溜息を吐く。
「それなら私が作るから、アリスはお手伝いね」
「むっ! 逆にミスティはどうなんです!? まるで料理できるような言い草じゃないですねー!」
「出来るわよ。何度もしたことあるもの」
彼女が戦姫と呼ばれるようになった所以だが、盗賊や魔物の討伐に足を運んだことは幾度となくある。
野営の経験があれば、いくらでも調理する機会はあった。
「何てことでしょう……裁縫の授業で指に針を刺して涙を浮かべていたミスティが……絵画の授業だけは好きになれないって不貞腐れてたミスティが……料理は得意だなんて……っ」
「それとこれは関係ないじゃないっ! べ、別にいいでしょ!?」
「やはは……意外だったもので、つい……」
「……分かってるわよ、もうっ。それと、今の話はグレンに言ったらダメだからね」
別に言ったって彼は馬鹿にしないだろうに。
照れくさくて仕方がないのだろう。
「えー、どうしましょー」
「――――言ったら私も、アリスが彼と再会する前にしてたことを彼に話すから」
「ッ……ななな、何のことです!?」
「あら、新学期になってから教えてくれたじゃない。どうにかして彼のそばに行きたいからって、私の力を借りられないか考えてたこととか、他にも、何とかして彼と居られるようにって――――」
「わー! わーっ! 知りません知りませんっ! 何ですかそれ!? 私、共通語とか分かりませんからっ! ついでに記憶もよく無くしちゃいますからっ!」
慌てて身振りを交えてじゃれついたアリス。
それを受け止め、得意げに微笑むミスティ。
「よ、よよよ……良く分からないんですが! ミスティとの過去を忘れてしまいましたっ!」
「ふふっ、良かった。おかげで私も今の話を忘れちゃったわ」
勿論、最初から互いに冗談だったし、じゃれ合うための前置きのようなものだ。幼いころからつづく恒例行事のようなもので、素の表情を見せあえる二人だからこそだった。
だから最後には大きく笑って、本命の目的に向けて動きはじめたのだった。
◇ ◇ ◇ ◇
冬だから日の入りが早く、夜の帳が降りて久しい。
港町はいつも以上に至るところが光り、煌びやかな夜景だ。
年の瀬の催し事があるらしく、明日の朝まで賑やかな時間がつづき、その後の一日も普段以上の賑わいに包まれる……って、さっき住民から聞いた。
俺は港の一角でその様子を眺めつつ。
「若旦那! あっちはもう十分でさぁ!」
意気揚々と近づいてきた漁師の呼び声に応える。
「分かった。じゃあ、終わりかな」
「おうとも! いやーこんな時まで申し訳ないな……若旦那も若旦那で予定があったろうによ」
「気にしないで。これもうちの仕事だし」
「ははっ! そう言ってくれると助かるぜ!」
彼はそう言って俺のそばを離れて行く。
さて、これでやっと自由の身。屋敷に帰れる。
「……よし」
倉庫に戻って荷物を取り、さっさと帰ってしまおう。
そう思って振り向いた俺は、予想していなかった二人の来訪に目を見開いた。
「グレン君グレン君、お疲れ様です」
一人目はアリスで。
「グレン、お疲れ様。寒くない?」
二人目はミスティだ。
彼女たちは男っ気の強い港では特に目立つ。
ただでさえ二人で居るだけで、スポットライトが当てられたような空間を作り出す二人なのだ。そんな二人が俺のそばに来ると、特に目立ったやり取りをしていなくとも、注目を集めてしまう。
「二人とも、どうしてここに」
「実は暖かい差し入れでもって思って来たんですが……」
「もう、終わっちゃったみたいね……」
苦笑いを浮かべた二人は気落ちした様子を見せ、俺の心がチクッと痛んだ。
手に持った紙袋を見れば、僅かに湯気が立っている。
外で仕事をしていた俺を気遣って、温かいものを用意してくれたらしい。それに、二人の口元から漏れる息は少し落ち着きがなく、急いできたことが分かった。
「大丈夫、ちょうどよかったよ」
だから、というわけじゃない。
ただ、気落ちした二人を見ているのが気に入らないだけだ。
「こっちに来て。軽く茶でも飲んでから帰りたかったんだ」
「はえ!?」
「グ、グレン!? 私の手――――っ!」
俺は強引に二人の手を取る。
アリスには割と遠慮が無くなっていたが、片や皇女と思うとあまりよくない行動だった、とあとになって後悔する。
せめてもの救いと言えば、ミスティが嫌そうではなかったことだ。
――――こうして、早いうちに近くの建物に足を踏み入れる。
ここは倉庫の一角ながら中は意外にも屋敷に似ている。理由はここが、領主が仕事をするように造られた一角だからだ。
「にゅふふー……暖かいですねーここ」
「ふふっ、急に手を引かれたから驚いたわ」
で、立ったままというのもなんだ。
「急だったのは謝る。ってわけで、立って話をするのもなんだし座ろっか」
中に置かれたソファに座るように促し、三人で腰を下ろした。そこで俺は改めて紙袋を受け取って、対面に座った二人に礼を言う。
紙袋の中にあるのはいくつかの焼き菓子だ。
取り出すと、まだ温かくて柔らかい。
二人の許可を取って口に運ぶと、ちょうどいい甘さに頬が蕩けそうになる。
「ミスティに教えてもらいながら頑張りましたっ!」
「アリスったら、本当にはじめてだったのかって思ったわよ。昔からなんでも器用にこなす子だったけど……」
「にゅふふー。先生が良かったですからねー」
「はいはい……調子いいんだから」
軽快なやり取りを聞きながら、俺は……。
何の気なしに眺めていたアリスの手元に、以前も経験のある違和感をぼ得た。
「アリス」
「アリスちゃんです!」
「手、貸して」
察したアリスは頬を引き攣らせ、首を高速で左右に振る。
「やはは、恥ずかしいで――――ちょっと!? グレン君!?」
しかし俺は、強引に手を伸ばして摘まみ上げた。
手袋に覆われていた柔肌を許可なく晒し、隠されていた指を見て頷いた。
「これ、痛くない?」
「……平気です。ちょーっと掠っちゃっただけですので、安心してください」
「ならいいけど……治るまで無理しないように」
手当はされていたが、念のためそう言ってから手を戻す。
しかし、焼き菓子のどこでナイフを……ああ、木の実が入ってたし、それを割るために使ったのかもしれない。
アリスにしては珍しいミスだが、はじめてのお菓子作りで密かに緊張していたのだろう。
「ちゃんと隠したのにバレてるじゃない」
「目敏いグレン君が強かっただけで、私の隠蔽が負けたわけじゃありませんから!」
「どっちでもいいわよ……彼が言ったように、無理はしないようにね」
「はーい……」
となれば気になるのはミスティもだ。
だって、皇女だぞ。皇女。
どちらかと言うとアリスが料理が得意な方が違和感はない。
……そう思うと、少し不安になってきた。
皇女が怪我をして帰ったなんて、妙なことを疑われそうで怖い。
「ミスティ」
「わ、私は大丈夫よ……?」
「意図を察してすぐに否定するのもそれはそれで怪しい。ちょっと見せて」
だからアリスにしたように手を取って、彼女の手袋も強引に外した。
「ッ~~も、ものすごく恥ずかしいのだけれど!」
最初から手袋がなければ違ったことだろうが……。
頬を寒さ以外の要素で赤く染めた上げたミスティを鑑みて、俺は急いで確認を負える。
よし、ミスティは大丈夫だ。
「――――相手によっては投獄ものなんだからね?」
「ごめんって……心配だっただけだから許してくれると助かる……」
「許してあげるけど、次からは一声かけてからするように、ね?」
一声かけてからならいいのかと思いつつ、俺は茶を濁すために菓子に手を伸ばす。
今日の疲れが癒えて来るのを感じ、目じりを下げた。
「グレン君グレン君。お屋敷でパーティのご用意もしてありますよ」
「ええ。私たちも少し手伝ってきたの」
「へぇー……そりゃ楽しみだ」
特に、この菓子を食べた後だから殊更に。
……そう思うと、急な仕事も悪くなかったような気がしてきた。
二人の意外な一面も見れたし、こうしたご褒美が待っていると思えば、また似たようなことがあっても頑張れそうな気がする。
だから、俺は。
(美味しかったな)
と、心の内で呟いて。
次の機会に期待するとともに。
「ありがとう。二人のおかげで元気になったよ」
素直に礼を言葉にして、三人で笑みを交わしたのだった。
◇ ◇ ◇ ◇
カクヨムコンが終わるまでは更新頻度も上げて参れればと考えておりますので、来年も引き続き、どうぞよろしくお願いいたします!
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