追い詰められた皇族。

 貴族街の裏手を掛ける俺は今もミスティアを抱き上げたまま。

 闇夜に紛れ、溶け込むように駆けていた。

 屋敷の屋根を飛び交うのも、既に慣れたものであった。



「も、もう下ろしていいと思うんだけど……っ!」


「見つかったらどうするんだ。暗殺者に身柄を奪われたはずのお姫様が、どうしてか暗殺者と共に走って逃げてるだって? 俺だったらお姫様のクーデターを疑うぞ」


「……別に、今更じゃない」


「今掛けられている容疑は今夜にも晴れる。新しい面倒を負う必要はないって言ってるんだ」



 ただでさえ暗殺者は将軍を暗殺した存在なのだから、関係があれば怪しまれるどころじゃない。

 今の扱いが不満なのか、それとも照れくさいのかのいずれかだろう。取りあえず、それはもう少し議事堂に近づくまでの辛抱である。



「――――で」



 気になることがあった。



「道はこれであってるのか?」


「あの……貴方、もしかして分からないまま走っていたのかしら……?」


「分からないってのは語弊がある。ちゃんと、城を飛び降りた時にそれらしき建物を確認してある。今はその方向に走ってるんだ」


「ぜんっぜん変わらないじゃないの! もうっ!」


「で、あってるのか?」


「合ってるわよ! 間違えてたら言ってるに決まってるでしょ!」


「……一理ある」



 じゃあ、いいや。

 このまま走ろう。



「急ぐぞ」


「はいはい……もう好きにして」



 俺は失態と断ずるにはと大げさなミスを忘れ、足を目一杯急がせた。

 いつからか分からないが、胸元に居るミスティアは全体重を預けてくれているように思える。

 彼女の体重がどのぐらいか、ということが気になっているわけではない。暗殺者を前にして、また随分と無警戒だなと思っただけだ。



 ――――背後からは、微かに怒号に似た声が聞こえてくる。



 きっと、城から出てきた多くの騎士たち。

 他にもミスティアを奪還すべく組織された戦力だろう。



 でも、俺の方が早い。

 この日のために鍛えたと言っても過言ではないほど、身体強化の冴えが光っていた。

 是非ともこのまま順調に。

 さっさと議事堂の近くまで行き、ミスティアを放り出して姿を晦ましたいものだ。



(あの狸男のことだ)



 どうせ、議事堂に行けば待っているはず。

 となれば、俺が一緒に行動することは避けたい。

 こう考えながら駆けていると、不意に。



「ここまでくれば大丈夫。もう一人で行くわ」



 ミスティアが俺の足を止めたのだ。

 議事堂まで目と鼻の先、というところで。



「……ここから先は私が頑張る番だから」



 彼女は決意に満ちた瞳で俺を見つめて、俺に反論を許さない。もう少し護衛をすると言おうと思ったのだが、その凛とした瞳に射抜かれて息を呑んだ。



「残念だけど、また今度ゆっくり話しましょう」


「ああ。今度があるかはわからないが、承知した」


「近いうちに話せるはずよ。貴方が私の来訪を断らない限り、ね」



 すると、ミスティアは一人で屋根を飛び降りてしまう。



 俺はと言えば、念のために議事堂の方を見た。

 多くの騎士に囲まれたそこは、忍び込むのに苦労しそ…………いや、そうじゃない。こんなことよりも、ミスティアが捕まってしまわないかどうかが問題なのだ。



 だがそれも、どうやら問題なさそうである。



 不意に現れたミスティアに驚いていた騎士たちは一斉に彼女を取り囲んだが、そこへあの狸男が割って入ったからだ。

 ……耳を澄ますと、聞こえてくる。



『これは第三皇女殿下! 確か城内にいらっしゃったと記憶しておりますが……っとと! それに、欠席なさると聞いておりましたが?』


『それは私の意思によるものではありません。想定外の事態もあって私は城を出ることができ、こうして足を運ぶことができました。今からでも出席は遅くないはずです』



 恐らく、第五皇子の派閥に属しているであろう騎士たちが表情を一変させた。

 彼らは不躾にもミスティアの声を遮ったのだが……。



『ははっ……ええ勿論ですとも。法務大臣たるこの私が認めましょう』



 そのために、あの男が居るのだ。



『おや、不満そうな騎士たちがいるじゃないか! どうしてだい? 僕が口にしたことに異論があるのなら言ってごらんよ! おや…………一人も居ないようだね。じゃあもういいね、僕は第三皇女殿下を中にお連れするとしよう』



 ラドラムに口で勝てる男が居るのなら、是非とも教えてほしい。

 言葉を失い、反論を思い浮かばなくなった騎士たちに微笑みかけたラドラムの顔には、さも当然と言わんばかりの平然さが浮かんでいた。



 ミスティアが議事堂の中へ連れられて行くのを見たあとで、俺は――――。



「はぁー……しんどー……っ!」



 屋根の上で大の字に倒れ、夜空を見上げる。

 冷たい夜風が火照った頬を冷ましていく。

 目を閉じれば、ミスティアの来訪に驚いたままの騎士たちの声が耳を刺す。



 だが――――。

 仕事……任務を終えた俺には、勝鬨の音にも聞こえていたのだった。




 ◇ ◇ ◇ ◇




 帝都大議事堂。

 シエスタ帝国における多くの事柄はこの場所で決められ、帝国中の民に届けられる。

 今宵みたく急な開場は滅多にないが、多くの貴族や文官たちで賑わっていた。



 …………馬鹿な。

 …………何故このようなことに!?



 濃い茶色の椅子は重厚な木材を職人が仕上げた一品で、中央に近づくにつれて下がって行く円状の席を設けている。

 そこで、幾人かの貴族たちが驚いていた。



 中央に置かれた段の上に立った一人の皇族、第五皇子が議題に上げたミスティアの国家反逆罪の疑惑に対し、揃いすぎている証拠や、すでに第五皇子の言葉に賛成している貴族の数。



 驚いた貴族たちはこの準備の良さに目を見開いて、彼女は嵌められたのだということを悟っていた。



 …………こうなってしまえば、どうしようもない。

 …………何とかならんのか?

 …………あのお方が罰せられるなど、正気の沙汰ではないぞ!?



 議事堂は荒れに荒れ、騒乱に包み込まれる。

 だがそこで、円状に広がった席の間に設けられた一席から、壮年の男性が口を開く。



「静粛に。我らシエスタの子らは歴史に学び、此度の議題の沙汰を決めねばならない。故にこれより、議長樽この私がその決定を告げることとなる」



 より一層の怒号が響き渡る。

 この場に参加できない地方の貴族もいるとあって、実のところ、議事堂の中はミスティアを擁護する声が多い。

 しかしながら、第五皇子が用意した賛成の数はその声の数よりも多かった。



 …………こんなのは認められん!

 …………何が認められないというのか! これは正式な議場であるぞ!

 …………どうだかな! 急な会場然り、何やら隠し事でもあるように思えるぞ!



 やがて、両陣の貴族たちが罵り合う声が響き渡った。

 それを聞いていた議長は片手をあげ、今一度「静粛に」と口にする。



「そこの貴方、何やら隠し事があるのでは、というのは侮辱にあたる。それ以上汚らしい言葉を口にするならば退席なさい」



 こう言われた貴族は口惜しそうに沈黙した。

 一方で、議長の声に気をよくした第五皇子派の貴族が立ち上がって口を開き、議長へ「あの礼儀知らずはすぐに退席するべきです」と言う。



「議事堂に居る方を貶すことは許されません。そもそも、発言を許されていないものが口を開くことは侮辱に当たる。分かりますか? 貴方の発言もまた、退席すべき発言に過ぎないのです。すぐに座り直し、口を閉じなさい」



 指摘された貴族は顔を真っ赤に染めるばかりで、一向に座ろうとしなかった。

 それを見た議長は軽くため息をついて、あっさりと断ずる。



「議事堂法により退席を命じます。夜風にあたればその赤い頬も熱が引くでしょう。もしも引かなかったら教えてください。先日、娘が風邪を引いた時の薬がまだ残っていますから」



 貴族は一向に退席しようとしなかったが、少しした後に騎士に両脇を掴まれ連れていかれた。

 この議事堂に集まった貴族たちは議長にたてつく様子はなかったが、それも当然のことである。ラドラムに異を唱える者がいないように、議長もまた、同じく力を持つ存在であるからだ。



「議長、つづきを」



 と、口にした第五皇子。

 それに応じた議長が言う。



「議会は此度の議題について賛成が規定数を超えたため、第三皇女・ミスティア・エル・シエスタの皇籍を――――」



 ニヤリと、第五皇子が勝利を確信して笑みを浮かべた。

 この後は城に戻り、自分の勝利をミスティアに告げればいい。

 それからのこともいずれ話すとしよう。

 次期皇帝の座に近づいたことにほくそ笑み、ついでにミスティアも手に入ることが決まったことに喜んでいると。



 それが一瞬で、崩壊することになったのである。



 鈍い音を上げて開かれた大議事堂の扉。

 外へつづく回廊から一直線の先にあるこの場所へと、が足を運んでしまった。



「皆様、ご機嫌麗しゅう! 中々に興味深い議会が開かれていると聞き足を運んだのですが、まだ裁は下されていないようですね! いやー助かりましたよ!」



 彼は、ラドラムは饒舌に語りながら歩き出す。

 円状の席の合間合間に設けられた階段を下って、第五皇子に近づきながら口を開きながら。



「ところで、私も面白い話がありましてね。そうだ! ここに皆さまがいらっしゃるのですから丁度いい! ついでに私の話も聞いてもらえませんでしょうか!」


「ッ――――議長! この男を退席させよ!」



 近づくラドラムを見て第五皇子が激昂する。



「ラドラム・ローゼンタール殿。聡明な貴方は議会の方をよくご存じかと思います。ここを茶会の場と勘違いなさったのかもしれませんが、まずは席につくことをお勧めしたい」


「議事堂においては皇族も等しく議長に従うべき、でしたっけ。古臭いこの国の中でも随分とまっとうな法ではありますが、議長におかれましては、緊急時の発言権における理解が足りないご様子です」


「……何を仰っているのですか?」


「いえ、僕もね、茶会であるならもっとおめかしするってことですよ」



 不敵に笑ったままのラドラムが階段を下り終え、第五皇子の前に立った。

 猶も不愉快そうに頬を歪めた第五皇子に対して敬意を示さず、これまで見せたことのない嘲笑に似た笑みを向けてから。

 ラドラムは両手を翼のように広げ、高らかと宣言する。



「法務大臣ラドラム・ローゼンタールはッ! 偉大なる帝国法に基づいて宣言するッ!」



 会場中を見渡して、最後に議長を見上げた。



「第五皇子殿下にあらせられましては、我らシエスタ帝国に対し国家反逆罪の容疑がある。故に私は今ここでッ! 第五皇子殿下の皇籍剥奪の会を設けたいッ!」



 皆がどよめき、そして議長も眉をひそめた。

 中でも苛立っていた第五皇子だが、彼は呼吸を整えながら精神を落ち着かせる。



「馬鹿なことを申すな。この私に国家反逆罪だと?」


「おやおや! 身に覚えはございませんか?」


「ないな。私ほどシエスタに尽くしてきた皇族もそう居ないぞ」


「それについては興味がありません。私が気になっているのは、国家反逆罪についてだけなのでご安心を」



 軽くいなされ、呆気にとられた第五皇子。

 しかし彼には自信があった。

 いくらラドラムといえど、彼一人では裁定も覆らない。ここにミスティアが居れば話は別……こう考えていたところへ。



「私だけではありませんよ。第三皇女殿下も気になさっておいでのようです」



 彼が口にするとすぐに、彼が来たのと同じ扉から現れた傾国。

 我が物顔で議事堂に現れた彼女は整然と、その双眸に第五皇子を映したままに歩いてきた。



「ミスティア――――ッ!?」



 城を出ることが叶わないはずの妹が一体、どうして。



「お兄様、私は欠席をするという返事はしておりませんが、何の決議を採られておいでなのです?」


「…………お前の国家反逆罪について、皆と決を採る場に決まっているッ!」


「あらあら……不思議な話です。お兄様のお言葉を借りるなら、私ほどシエスタに尽くしてきた皇族もそうおりませんのに」



 可憐に、でも嫣然とした微笑みには、集った貴族が思わず目を奪われた。



「ここに来るまでに聞きましたわ。先日の飛竜の一件、この私に責任があるとのことで」


「ああ。ミスティアが私利私欲のために引き寄せたことは分かっているのだ。あのコールバードたちを用いたことも、既に調査済みだ」


「百歩譲って、私が調教したとしましょう。……ですが、飛竜が何処から来たかはご存じでしたか?」


「…………ッ」


「どうやらご存じのようですね。――――ところで、これは私も今さっき、法務大臣より聞いた話なのですが」




 壇上に立ち、既に立っていた二人と目線を同じくしたミスティア。

 彼女が身に纏ったドレスの端からは、いつの間にか冷気が漂いはじめていた。



「飛竜が襲来したあの日、海上にあったのはお兄様の船団だけだったとか」



 一瞬、第五皇子の眉が吊り上がった。

 すると彼は二歩、そして三歩と後ずさった。



「彼が……私の協力者がお兄様の企てを看破しました」



 それは以前、グレンが港町フォリナーで正解にたどり着いたことだ。



「ついでにエルタリア島からの織物を劣化させたのも、お兄様が飛竜を飼っていたことが理由です」



 飛竜が襲来した日はグレンが調べた通りで、海上に居た船はほぼすべて第五皇子の管轄である。

 ここで、アリスが口にしていたことが関わってくるのだ。

 そう……魔物が空気中の魔力を吸うということで、今回のような特異な状況下においてあり得ることなのだと。



「お兄様の船団はご立派だった記憶がございます。……たとえば、そう。飛竜を飼うことも容易なほど、それはお見事な大きさだったかと」


「……馬鹿を言うな。船が大きいぐらいで疑うことでは」「いいえ、それだけではございません」「――――何だと?」



 ミスティアは杖を抜くと、それを面前の第五皇子に向けて笑った。



「あの日、エルタリア島を発った船に乗せられていた織物に限っては、どうしてか昨年と同じ品質を保っていたそうですよ」


「ッ――――!?」


「不思議に思えませんか? どうしてあの日に限って……飛竜が襲来した日に限って、品質が元通りになったのでしょう。まるで、これまでの障害が消え去ったようではありませんか」



 もしかすると、ラドラムは最初から分かっていたのかもしれない。

 しかし、グレンもまたその答えにたどり着いていたのだ。



「いやーお見事でしたよ、第五皇子殿下」



 いずれ特産品の劣化問題も解決したとして、自身の評判を上げることにもつながる。

 ミスティアを嵌めた策然り。

 これまでの動きは綿密に計算を重ねたものであると、素直に称賛した。



「偶然であろう?」


「そうかもしれませんが、私には他にも思い当たることがございましてね……この会場に居る方の中にもいるはずですが、第五皇子殿下はつい最近、某国と大変仲がよろしいとか」



 事情を知る貴族が何人か目を見開いた。

 こうなると、議事堂内の雰囲気も一変する。

 事情を知らぬ貴族も興味を抱いたのだ。



「ご覧ください! どうやら会場の方々も第五皇子殿下に懐疑心を抱かれているご様子だ! いかがです? ここで一度落ち着いて、確かな尋問を受けるというのはどうでしょう……!」



 しかし。



「くだらんな……実にくだらない」



 第五皇子は頭上を仰ぎ、片手で目を覆った。

 見え隠れする目元からは微かに後悔や苛立ちが覗かせるも、そこには不思議と笑みも見えた。



「ラドラムよ、今ここで貴様に問う」


「ええ、何なりと」


「貴様は今のシエスタを何と考える。父上……陛下はガルディア戦争以後、私が生まれる以前の覇気が鳴りを潜めたという」


「存じ上げておりますが、それがいかがなさいましたか」


「我らシエスタは大国である。人口の増加は止まらず、国の規模は内部では膨張する一方だが、それゆえに国土は足りておらん。ここまで言えば、貴様なら理解できるはずだ」



 国土の拡張こそが必要なのだと、彼はそう言ったのだ。



「強きものはより強く。腹を満たすためには力が必要なのだ」



 それは、危険な思想である。

 一国家の国家元首として国土の拡張を願い、他国とどのような関係を生むかはそれぞれだ。

 だが、この第五皇子に至っては明らかに平和的ではない。



「私は皇族に生まれた者として、以前の父上のように雄々しく……そして、周辺諸国に畏れられる強国シエスタを取り戻す。そのためには、どんな手段もとって見せよう」



 危険ではあるが、限りなく皇族らしく。

 国を富ませ、強国に育て上げるがために湛えんばかりの意思を抱く。

 たたそれが受け入れられるか、否かの話なのだ。



「正直、第五皇子殿下のお気持ちは私にも分りますがね」


「――――が、何だ?」


「うーん……あまりにも乱暴かと! 少なくとも、第三皇女殿下を嵌めることは失敗でしたし、私ならもっと上手くやりました、といった感想です」


「呆けたか、法務大臣ッ! 十数年も停滞したシエスタの現状を分からんとは言わせんぞッ!」


「もう一度言いますが、分かりますとも。ですが言ったでしょう。私は第五皇子殿下のそれと違い、別の手段を取って、、、、、、、、見せる、、、……と」



 ラドラムには何か、明確に目的があるように思えた。

 傍にいたミスティアも第五皇子も、そして耳を傾けていた議長も同じく悟る。



「この際ですから、はっきりと言いましょう。――――殿下、貴方では力不足なのですよ」



 はじめてむけられた彼の冷たい瞳に。

 第五皇子は背筋がヒヤリと凍り付く。



 分からない、どうしてそんな目ができる?



 生気が感じられないし、自分を人とみていない冷酷さ。

 加えて、首を掴まれたような威圧感に絶句した。



「お兄様……もう終わりです」



 つづけての言葉に第五皇子は息を吐く。

 気が付けば、近くに騎士が歩いてきていた。

 会場に集まった貴族だって、自分に同調していたはずの者たちに目を向けるも視線をそらされ、残念なことに味方はいないように見える。



「終わり? くははっ……こんなところで終わらせるはずがないだろうッ!」



 でも、この男はここまで見事に策を講じてみせた。

 だったら、想像するに難くない。

 ……自分が追い詰められたときの備えも、決して怠っていないはずだと。




 ◇ ◇ ◇ ◇




 夜風を浴びていた俺が身体を起こしたのは、帝都の外で何か大きな音がしたからだ。

 目を向けると、宵闇の中に光る十二の瞳が宙に浮いていた。

 ただ、それは六体の何かの目が光っているのではなく、二つの生物によるものであると気が付いたのは、それから間もなくのことである。



「なんだ……あれは……」



 星々の灯りに照らされて、徐々にその全貌が明らかになってくる。

 近づくにつれて明らかになるその巨躯を。

 三対の、合計六つの翼を見て目を見開いた。



 先日の飛竜によく似ている魔物だが、違うのはその姿そのもの。

 俺はそれを見て――――。



「第五皇子が追い詰められたのか」




 確信して、両手に剣を構えた。

 空を飛ぶ魔物は二手に分かれて、一頭がこちらに向かってきたのを視界に収める。



「で、どうなってるんだろうな……あれは」



 俺は近づきつつある巨大な魔物を見て苦笑する。



 先日見た個体の数倍は大きな飛竜。

 それも、首が三つに分かれた異様な姿。

 俺は笑いながら見上げて。



「……おかしい」



 スローライフを求めていたはずなのに、どうしてこういうことばかり起こるのだろう。



 星灯りに照らされ明らかになったのは、青々とした鱗に覆われた巨躯。

 三つに分かれた首の先、三つの咢が開かれて見えた鋭利な牙はよだれを滴らせ、持ち得る獰猛さを隠すことなく露にした。

 全身を覆う筋肉は膨張して逞しく、雄々しい体躯を惜しむことなく晒していた。



 下にいる騎士たちが狼狽え、慌てているところへと。

 現れた龍は天を仰ぎ、三対の翼を大きく広げて。



『アアアアァァァァァァアアアアアア――――ッ』



 耳を塞ぎたくなる巨大な咆哮を響かせて、大議事堂前の広場に降り立ったのである。


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