暗殺者と氷の姫。
どうせ、第五皇子の切り札だ。
半ば予想できていたが、面倒なことこの上ない。
唯一の救いは、ミスティアの容疑が晴れた――――あるいは、もはや晴れる寸前だと予想ができることか。
「しっかしでかいなー……」
獅子のように四本足で立った姿は先日の飛竜らしからぬ姿である。
というか、飛竜と言っていいか分からない。
たとえるならばケルベロス。
それに翼が生え、体躯が鱗に覆われていることが印象的だ。
戦うべきか、それとも身を隠すべきか。
ハッキリ言ってしまうと、アレと戦ってやる義理も義務もないわけだ。
…………ミスティアを助けられただけで目的は達成してるんだ。
だったら危険を冒すまでもない。
問題は、眼下の飛竜らしき何かが議事堂を標的に収めたこと。
中にはミスティアがいる、つまり無関係ではいられない。
――――城に連絡を! 急ぎ討伐隊をッ!
――――駄目だ! 城は城で例の侵入者の件で警備が……ッ
――――誰でもいいから呼んでこないかッ!
――――城壁にいる個体はどうする!? 戦力が足りていないんだぞッ!
騎士たちが慌てだした。
彼らは勇敢にも剣を抜いて構えているが、一人、震える手で剣を握る騎士が6つの瞳に狙いを定められてしまう。
『ひっ……!?』
すると、彼は腰を抜かして座り込む。
後ずさるも、鋭利な牙を露出した一つの首が動いて――――。
「…………」
助けてやる義理はない。わざわざ俺が危険なところに行く必要なんてない。
そう、少しもないはずなんだ。
『やめっ……やめてくれよぉ……っ』
いくら情けない声を聞かされても答えは変わらない。
今の俺が行っても戦力になるか不明だし、衆目に晒されるのは避けたい。
意味がない。何一つ。
ああ、絶対にそのはず……そのはずなのに……ッ。
「……え?」
俺の足は意志に従わずに動いて、腰を抜かした騎士を庇うように立っていた。
降り立ってすぐ、手ごろな剣を複製して両手に持ち、構えて。
「今のうちだ」
「お前は……俺を……?」
「いいから逃げろッ! 死にたくないならなッ!」
「ッ――――お、恩に着る……!」
前世の俺なら考えられない甘い行動だったのに、もう後悔しても仕方がないのだ。
『ガァァアアアアア――――ッ!』
俺が気に入らないんだろう。
口を開けてた首がぐいっと伸びて俺をかみ砕こうとしたが。
大丈夫、避けられる。
咢の勢いに逆らわずに、旋転。
両手に持った剣で鱗を切り裂いて、首根に突き立てた。
……けど。
「ッ…………硬いな」
重厚な鱗と分厚い肉が刃を骨まで届かせず、僅かな悲鳴を上げるに留まった。
お返しと言わんばかりに振り上げられた剛腕。膨張した筋肉の先に備わった禍々しい爪を見ると、さすがに冷や汗が浮かんでしまう。
思いのほか俊敏な動きを見せられたことに舌を打っていると。
『――――氷華』
ミスティアの声がして、飛竜の剛腕を凍り付かせた。
怯んだ飛竜を傍目に、彼女は俺を見て唇を動かす。
『身体が本調子じゃないっていうのに、面倒な置き土産をしていったものね』
読み取れるのはこの言葉だ。
きっと、あちらも俺が言いたいことを理解できるはず。
『こっちは兄に逃げられてしまったの。中にも協力者が居て大変だったわ』
「そりゃ大変だ。こっちはいいから兄を追ったらどうだ?」
『馬鹿ね。貴方も戦った先日の飛竜と様子が違うのよ。そんなことできる訳ないじゃない』
「……ん?」
流してはならないことを言ったように思えたが、ミスティアはくすっと笑うのみ。
彼女はつづけて。
『暗殺者さん、一緒に戦ってくれるかしら?』
と、カーテシーを交えて唇を動かした。
さながらパーティ会場でするように、優雅に。
見惚れてしまいそうな可憐な振る舞いで。
「――――ああ、構わない」
合図らしき合図はない。
強いて言えば。
『ギィイイイイイイイイイイイイ――――ッ』
飛竜が怒号を上げ、剛腕を振り上げたことぐらい。
三つの首が縦横無尽に振り回され、咢から放たれる業火。
議事堂前の広間の石畳が容赦なく溶かされ、そして。
「ッ……嘘だろ!?」
……あの男がしたのと瓜二つに。
溶けた石畳がまるで、バルバトスがしたような渦を作り出した。
「ふぅん……趣味の悪い技を使うのね」
と、ミスティア。
「でも、残念ね」
あくまでも優雅に。
ミスティアが杖を軽やかに振るだけで。
「――――私との相性は最悪よ」
溶けた石畳を刹那で凍り付かせ、溶岩の渦を瞬く間に砕き散らす。
真冬のそれより遥かに冷たい風が俺の頬を撫でていく。
飛竜の瞳が不規則に揺らぎ、動揺した様子をありありと見せつける。けれど、三又の飛竜の力はブレスだけではない。
咢を開け、食らいつく。
獰猛な牙はミスティアの身の丈ほどもある。
それで襲い掛かるだけで良いのだ。
『ガァッ……!』
『ハ――――ハッ!』
『アァ、ギィィッ!』
交互に縦横無尽に頭を振った。
しかし、すれ違いざまに放たれた氷の波が。
『ッ――――!?』
飛竜の頭に届き、瞳に浮かんだ涙を凍り付かせる。
どうやら、ミスティアは頭ごと氷漬けにするつもりだったようだ。驚いているが、飛竜の口元に漂う炎のせいでそれには至っていない。
「……見事なもんだな」
呟いた俺も気を取り直し、剣を握り直した。
「いい加減、倒れてくれないかしらね……っ!」
俺はその声を聞いて思い出した。
ミスティアが本調子ではないという言葉を。
何故か定かではないが、彼女はこれまでの戦いですでに息を切らしているし、そっと胸に置いた手がドレスを握り締めていた。
思い出してみると、先日の飛竜との戦いのときの方が彼女は強かった。
魔法の威力も、身のこなしだって先日の方が上であった。
(軟禁されていて鈍った……とも思えないな)
たかが数日で錆びる腕ではなかろうに。
何か別の要因でこの状況に陥っているのだろうが……。
いずれにせよ、早い決着が求められ事に変わりない。
……俺は飛竜の敵視が俺に向いていないうちに踏み込んで。
「これなら、お前の骨にも届くだろ――――ッ!」
ただ、力の限り剣閃を放つだけ。
飛竜の背を駆けあがり剣を振り上げて、二本の剣を首の根元に。
背骨と首の間に突き立てた。
『ガァァアアッ!?』
『グッ……ゴァッ……』
『ギィイ……ァァァアアアアアアッ』
石造りの壁に響き渡った悲鳴が耳を刺す。
痛みに比例した悲鳴の成果は言うまでもない。
堅牢な鱗は砕け、今度は骨まで刃が届いた。
噴出した鮮血でローブが濡れ、顔も濡れていく。
身体を大きくひねられたことで俺は追撃を諦めて飛び跳ねたが、おびただしい量の鮮血が石畳を穢していった。
――――目の色が変わったか。
ふと、飛竜の瞳が文字通り色を変えた。
最初は鱗と同じ青々としたものだったのに、今では紅炎のよう。
『あれは龍の怒りよ』
ミスティアを見ると、唇を動かしてこう言っていた。
『力ある龍種が憤怒に駆られたとき……あるいは命に危機に瀕したとき、瞳が真っ赤に染まることがあるって聞いたことがあるわ』
「ああ、面倒な状況ってことか」
『ふふっ、理解が早くて助かるわ』
「はぁ……何も面白くないな」
分かったことは二つ。
どうしても面倒であるということが一つ目で。
もう一つは……。
「アレは力ある龍種ってことか」
結局のところ、先日の飛竜とはまた違うということに他ならない。
すると。
『アアアアアアアァァァアアアアアアアアアア――――ッ』
これまでにないほどの咆哮を放ち、口元に漂わせる炎が熱を増していく。それはよだれのように垂れ、凍り付いた石畳を容易に溶かしていく。
……次の瞬間、その熱を荒々しくブレスに乗せる。
炎の嵐は三つの口から同時に放たれ、向かう先に居る俺とミスティアを狙いすます。
「ねぇ」
ミスティアが唇だけでなく、声に出して呟いた。
「お願いがあるの。良かったら聞いてくれる?」
「……何だ?」
「今度会ったときは、私のことをミスティって呼んで」
「……はい?」
「それと、口調もさっきみたいに少し乱暴でも構わないわ。貴方には特別に許してあげる」
急に何を言うかと思えば、本気のようだ。
少し離れたところに立つミスティアは俺の目を見て、頬を微かに笑わせながらも真摯な瞳を向けていたから。
「機会があったらな」
だから俺は、半ば流すようにして返したのだ。
暗殺者と姫が二度も会う必要はない。故にこれが最後の機会なのだと。
「つれないのね。でも、言質は取ったわよ」
すると、彼女は目を伏せて杖を天に掲げた。
ふわっとドレスの端が浮かび、頭上の空に漂っていたはずの雲が一斉に揺れ動く。
俺の吐息も真っ白になり、肌を刺す冷たさは痛みすらあった。
やがて飛竜のブレスが放たれ、俺とミスティアに襲い掛かってきた。
「…………」
何となく、避けようとは思わなかった。
ミスティアを見ていると、その必要はないと思っていた。
…………そして。
「――――氷天」
紡がれた言葉の後で、視界が、世界が凍り付く。
彼女を中心に波及した氷の波が空間そのものを凍り付かせたような、圧倒的な氷気が真っ白に、辺りを凍り付かせたのだ。
足元の石畳は蒼い氷に姿を変えて、飛竜の姿を氷像へと変貌させた。
「嘘……このくらいで……っ」
「お、おい……っ!」
俺は思わずミスティアに近づいた。
彼女が息を切らして座り込んだのを見て、立場を忘れて思わず。
幸いにも、周囲はミスティアの氷による光で見渡しが悪い。
すると、彼女は真っ白な肌を彩る一つの腕輪を俺に見せたのである。
「もしかして、魔力か何かを抑えるようなものを?」
「さすが、鋭いのね」
彼女ほどの魔法使いを閉じ込めるのなら、これも当然な措置なのだろう。
厳重な備えには少し苛立ちを覚えてしまうが、無事に戦いを終えたことが救いか。
(…………誰か呼んでこないと)
父上が城下町に出ていたはずだが、どこにいるのだろう。
それと、ラドラムもだ。
誰か一人でも信頼できる人を呼んでおきたいが、彼女を一人で放置してしまうのも忍びない。
迷っていると、不意に――――。
カタ、カタ……と。
凍り付いた飛竜の身体が震えだし、表面の氷にヒビが入る。
よく見ると、口元に漂う炎が新たに生まれていた。
「ッ――――まさか」
死んでいない、あれほどの攻撃を受けてなお生きている。
つづけて唸り交じりのざらついた声が。
『ギ……アァ……』
体表の氷が砕けて、遂には翼を広げて復活を主張。
とはいえ、息は絶え絶えで動きは鈍いようだし、口の端々から漏れだしたブレスも勢いが弱い。
もう、驚異的ではない。
少なくとも、俺からしてみれば。
「腕輪は外せないのか」
「これを嵌めたクリストフ――――魔法師団長じゃないと無理よ」
「そうと決まれば話は早い」
この直情的すぎる姫様には説教が必要だ。
「配分を考えないで大技を放つ馬鹿が何処にいる」
「なっ……ば、馬鹿ですって!?」
「馬鹿以外の何物でもないだろ。腕輪で魔力か何かが制御されてるっていうのに、後先考えずに戦った結果がこれだろうに」
「うぐっ……違うの! こんなに抑えられてるなんて知らなくて……それに、決定打に欠けていたから仕方なくだったんだからっ!」
「なんだ、やっぱりさっきので仕留めるつもりだったのか」
となれば若干気になることがある。
「普段と比べてどの程度弱まってるんだ」
これで一割程度と返して来たら更なる説教だが。
「…………さっきの魔法は、いつもの半分ぐらいだったもん」
へぇ……そうですか。
あの威力が倍?
いや、まずそんな技をすぐ傍で放つなと。
俺はむしろ開き直っていた。
「…………次からは気を付けるといいかもしれないな」
「あっ、ちょっと!? 馬鹿って言ったのは忘れてないんだからねっ!?」
「それは忘れてくれると助かるかなーって」
これ以上の追及を避けるべく、ミスティアから一歩離れた。
飛竜を真正面に迎え、剣を強く握り直す。
「後は俺がやる」
言ってみたものの、あのブレスを食らったら熱い! と叫ぶだけでは済まなそうだ。
バルバトスの魔法と同じ痛みに火傷は覚悟するべきだろうか?
(――――あれは)
俺はふと、地面に落ちていた、とあるモノを見て目を見開く。
それは俺の剣と、ミスティアの魔法で砕かれたモノだ。
物は試しにと思い、片手の剣を石畳に突き刺して複製を作用させた。
すると――――。
「生き物じゃないから、なのか」
複製できた事実に驚いて、同時にほくそ笑む。
きっと、戦う中で硬さなどを理解できたから複製できた。
複製していられる時間は短いだろうが、構わない。
ほんの一瞬でも使うことができれば、この戦いを圧倒的有利に進められるだろうから。
◇ ◇ ◇ ◇
雷帝と謳われていた男が居る。
名を、クリストフと言う魔法師団長だ。
「いずれも第五皇子殿下がご用意なさっていたとすれば、その出所を訪ねなければなりません」
彼は城壁付近に降り立った飛竜の死骸の手前で呟いて、空を見上げた。
周囲にいる近衛騎士をはじめとした多くの騎士や魔法使いたちは一様に言葉を失い、つい数秒前までの戦いを思っていた。
人間業ではない。
皆が思い描いている言葉を纏めるとこれに尽きた。
全身が雷で焼き尽くされた飛竜を見ると、その格別の力が良く分かった。
「一般的な
「――――私が」
口を開いたのは一人の近衛騎士である。
「議事堂に居た協力者の貴族と共に議事堂を脱し、用意していた馬車で帝都を発ったとのことです」
「それはいけません。第五皇子殿下は何をなさっておいでだったのか、是非とも
手にしていた豪奢な杖の石突きで石畳を軽く叩き。
艶やかな銀髪を夜風に靡かせ、言葉を紡いだ。
やがて、彼の全身が雷を帯びる。
髪が揺れ、紫電が瞳に浮かんだ。
「今は皇帝陛下の御身をお守りすべく、多くの戦力が城を離れられません。あちらも私が対処して参りますので、皆さまはこちらを」
「はっ!」
返事を聞いた後、クリストフの姿が皆の視界から一瞬で消えた。
次に現れたときに彼が居たのは、一直線に道を進んだ先の曲がり角。比喩でもなく、雷の速さで移動した彼は、議事堂へつづく道を視界に収めて眉を潜める。
「…………多少の被害は覚悟していましたが、私の想定とは様子が違うようです」
人々が慌て逃げ出す前に現れた彼は誰に言うわけでもなく呟き、今度は一歩、また一歩と石畳を踏みしめる。
向かう先に、徐々に見えてきた議事堂の姿。
白い霧が立ち込める中に、剣と強固な何かがぶつかったことによる火花が見えた。
それに、遠巻きに様子を窺っている騎士たちの姿も。
「近衛騎士団長は――――それに、帝剣も城を離れていないはず。アルバート殿は絶対に手を貸さないでしょうし」
他にはミスティアが居る。
しかし彼女は剣を使わないし、他でもないクリストフが魔力を制限するための腕輪の存在を忘れるはずもなかった。
足取りは決して軽くなかったが、訝しみ、その正体を探っていたからだ。
「こ、これはこれは……」
さらに近づくことしばらく。
騎士たちがクリストフの来訪に気が付いたのだ。
「状況を」
尋ねるも、騎士たちの表情は晴れない。
「我らにも理解が追い付いていないのです」
「第三皇女殿下が魔法を放たれましたが、力を振り絞った飛竜が息を吹き返したところまでしか……」
「その後は第三皇女殿下が戦っている様子もなく、何が何だか」
微塵も有益な情報がなかったことにため息を吐いたクリストフ。
彼は深い霧の中にミスティアらしき人影が座り込んでいるのを見ると、すぐに全身に雷を纏わせた。
近くまで来たときと同じように、まばたきの刹那に。
人には出せないはずの速さで距離を詰め、ミスティアの隣に立った。
「第三皇女殿下、ご無事ですか?」
「ッ――――クリストフ!?」
「もう一体は私が処理いたしましたが……こちらの様子は一体……?」
ミスティアはグレンのことを言うことは出来ず、言葉に詰まった。
それを見たクリストフはミスティアも状況を分かっていないのだと勘違いして、飛竜の方を、グレンが戦っている方に目を向けた。
すると、そこに居たのは――――。
「あれは……」
弱々しくもブレスを吐く飛竜を前にして、圧倒的な戦いを繰り広げる
たとえ、身体強化を極めたものであっても無理な戦い方に見える。
クリストフには、あの飛竜のブレスを前に無傷で戦える存在は一人しか思い浮かばない。
……何年も前に城を離れ、田舎に隠居していた男しか。
つい最近、帝都近くに戻ってきた剣鬼しか。
「奴はどうして飛竜の鱗を纏って……?」
一人で戦っているとよりも、暗殺者がローブに纏ったモノにも興味が惹かれた。
剣戟だけによる成果ではない。暗殺者はブレスによるダメージを一切受けていなかったその理由こそ、ローブに纏っているモノによるものだ。
あれは間違いなく、クリストフも先ほど戦った飛竜のそれと同じ鱗である。
暗殺者は、グレンはローブに飛竜の鱗を重ねることでブレスを軽減し、持ち前の身体強化を生かすことで無傷だったのだ。
『ああ、多少は溶けるか』
剣戟の音に入り混じった男の声。
ローブに重ねた鱗は何度かブレスを浴びたことで溶け、崩れてしまう。けれど、声の主が剣を振り飛竜の首根を旋転した後には、いつの間にか鱗を纏い直していたのだ。
「魔法……いえ、五大属性ではない」
確実に固有魔法。
それも、クリストフが見たことのない異質なもの。
『ありがとう。おかげでいい勉強になったよ』
その声の主は満足した声で言うと、深い霧が消え去らぬ前に剣を作り直す。
これまでと違う、アルバートが手にしていた逸品へと。
ただ、それはクリストフにはよく見えていない。
ローブに重ねた鱗まではよく見えたが、手にした剣の全貌は飛竜のブレスなども重なって良く見えなかったのだ。
――――だが、彼はすぐに目を疑うことになる。
グレンがあっという間に。
これまでと違う圧倒的な切れ味が、飛竜の首をあっさりと切り落としていったから。
鈍い音がして頭部が石畳に落ちていく。
三つ目の首が落ちた頃には、飛竜の巨躯も大きな音を上げて横たわる。
戦いは終わった。
それを見届けたクリストフは杖を横薙ぎ。
雷で石畳みを強打して、引き起こされた衝撃で霧を払った。
目で終える限りの剣戟をしかと視界に収めていた彼は、ミスティアの耳に届かないほど小さな声で、風にとけてしまう微かな声で言う。
「――――
剣戟を見て、こう言葉を漏らした。
杖を構えてグレンに向けたクリストフは言い終えてから、その正体を看破する。
……間違いない。あのバルバトスを暗殺した存在だと。
一方、霧が晴れる直前に気配を悟っていたグレンの手元には、すでにアルバートのと同じ剣は握られていない。
「依頼を受けて第三皇女を頂きに来たが、邪魔が入り過ぎてしまったな」
グレンは飄々と言うと、飛び跳ねてクリストフから距離を取った。
異様で、感じたことのない。
……雷帝と謳われるクリストフから漂う強さを感じて、額に汗を浮かべて。
「またいずれ、姫君の身柄を頂きに参る」
このまま居座るのはまずいと本能で悟って、彼はそのまま闇夜に姿を晦ました。
追うべきかと迷ってしまったクリストフだが、隣に座ったままのミスティアを放置して追うことは愚策と悟り息を吐く。
暗殺者もそれを知っていて、自分の前から消えたのだろう、と。
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