自由な男。

 ◇ ◇ ◇ ◇




 また随分と、城内でもラドラムは好き勝手やっているようだ。

 港町フォリナーの屋敷の中、一階に設けられた客間にやってきたラドラムは、昨夜のことを軽い口調で俺に語り聞かせた。

 やれやれ、そう思って外を見ると、昼間の陽光が目に染みる。



「最初、聞き耳を立ててたのはどうかと思いますけど」


「仕方ないよ。だって僕が向かう先であんなことをしてたんだからね。むしろ、話が落ち着くまで待ってたことを感謝してほしいぐらいだよ! ってなわけだから、姫がこの町に来るかもしれない。来たらいい塩梅に対応してくれると助かるなー!」


「また急に面倒なことを……でも、かなり驚きました」


「ん? なにがだい?」


「姫様がトライアングルだってことと、父上がそんなに強かったってことがです」


「あの姫様はとても努力家なんだ。才能も有るけど、シエスタのためにっていう想いが強くていい子だよ」



 そんないい子を虐めるな、とツッコミを入れたい気持ちにさせられた。

 同時に俺は、バルバトスとの闘いを思い返す。

 奴もまたトライアングルだったが、姫も同じように、苛烈な戦いが出来る人材なのだろうか? さすがに姫と戦うことは無いと思うけど。



「さてと、名残惜しいけどそろそろ帰ろうかな」


「え、もう帝都に戻るんですか?」


「残念だけどね。今日は軽く様子を見に来ただけなんだよ」



 それは主にアリスのことだ。ラドラムは屋敷に昼前にやってくると、先にいくつかのことを確認した。

 第一にアリスがどうしているか。つづいて何か困っていないかと聞かれ、最後に父上はいつ到着するのか? と尋ねられた。



「あの子も元気にしてるみたいだし、アルバート殿は明日の到着だし。僕も色々と安心したよ!」


「いいんですか? アリス――――様と話していかなくて」


「平気平気、あの子も今は僕の顔なんて見たくないと思うよ? もう一か月も経ったけど、意外とアリスって根に持つ性格をしてるから。それと、いつも通りアリスって呼んでくれていいのに」


「根に持つ性格なのは分かりますけど、後者はゆっくり慣れさせてください」



 彼はそう言って外套を羽織った。



「それじゃあ、改めてまた今度」


「待ってください。最後に一つだけ聞いてもいいですか?」


「んー? 何かな?」



 さっきの話を聞いていて、俺は一つだけ疑問に思ったのだ。



「ラドラム様、どうして第三皇女殿下を推さなかったんですか」


「簡単なことさ。努力と勇ましいことが人の器なら、そんなのは命知らずの冒険者でも十分足りる。偉大な魔法使いが偉大な人物なのかと聞かれれば、僕はすぐに『いいえ』と答えるからね」



 相変わらず謎めいた判断基準と、妙に高い理想が分からない。

 とは言え、何か足りていないのは察しがつく。



「ありがとうございました」


「ん、構わないよ。じゃあ、アリスのことをよろしく頼むね」



 帰っていくラドラムを見送ってから、屋敷のホールで俺は腕を組んで階段を上がっていく。

 頭に浮かんでいるのは、やはりそうなったかという事実。

 ローゼンタール公爵家がハミルトン家に付いた。誰が言い出した話か分からないけど、事実、アリスと言う少女がうちにいるのは、その話を信じるのに十分すぎる話のはず。



 ――おかしいぞ、

 つい三か月ちょっと前までは、穏やか暮らしがつづく予定だったのに。

 今では権力争いのど真ん中に居る気がしてならない。



「大丈夫、ここから穏やかな暮らしを目指せばいい」



 できないはずがない、俺ならできる。

 遠のいた穏やかな暮らしを思い描きながら、俺は三階の自室に到着した。

 扉を開けると、誰か人のいる気配がする。

 また俺がいない間に入り込んでたのか。



「すー……すー……ぅん…………グレン君、それは食べ物じゃ…………」



 思い出す帝都での思い出、ソファに寝っ転がってクッションを抱くアリスの姿。

 それが今では、俺の部屋に変わっているだけだ。



「よし、外に出そう」



 何やら気に食わない夢を見ているようだし、ご退室いただこう。

 俺が近づいても起きる気配はないし、なんて気持ち良さそうな寝顔を晒してるんだ、コイツは。

 今まで何度も考えたが、容姿は確かに抜群なんだ。

 だが、色々と残念なのはこの屋敷でも決して変わっていない。



 まずはじめに、勝手に抱いている俺の枕を没収する。

 縦に持って太ももの間に挟んでいたからか、可哀そうに形が変わっていた。

 顔も半分ぐらい埋めてるし、緩んだ頬が何て呑気なことだ。



 純白ワンピースからは、負けず雪のように白い脚元が露出していた。一方で、枕に押し付けられた胸元が悩まし気に形を変えている。

 目を奪われたことがとても遺憾だ。

 アリスの首根っこを苦しくないように掴んで、持ち上げる。



「ひぅ……ん……すー…………すー……」


「すげぇ、起きない」



 そして枕を手放さない。

 左右に揺らすも、何て幸せそうな寝顔だろう。

 枕を更にぎゅっと抱きしめだした。



「仕方ない。これはコラテラルダメージなんだ」



 もう、枕を犠牲者とするしかない。



「――――はっ!? な、なんで!? 私、ついに空を飛べるように!?」


「寝起き早々、なんでそんなに幸せそうなんだよ。ほら、今なら返品が間に合う。ラドラム様ならそう遠くに居ないと思うよ」


「おおおっ、お落ち着いてください!? 私につづいて深呼吸です! すー……はー……!」


「あ、おい! 俺の枕で深呼吸しない! 返してって!」



 無駄に頭の回転いいせいで、何故か俺が追いつめられる羽目になっている。



「逆に聞きますけど、私がこんなにぎゅっと抱きしめた枕ですよ!? 私の香りがしてドキッってなると、グレン君が眠れなくなっちゃうかもしれないじゃないですか! と、言うわけでこれは私の…………」


「大丈夫。洗濯してもらうから」


「ちょっ! まるで私が臭いみたいじゃないですかぁ!」


「そうは言わないけど、なんか麻薬みたいで怖いし」


「もー、嗅ぎたくても嗅げない人がいるんですよ!? グレン君はその人たちに申し訳ないと思わないんですか!?」



 変なことを言うな。あと、俺が申し訳なく思ってるのは第三皇女に対してだ。

 あんなに心配してくれてるんだぞ。今のアリスは絶対に見せられないし、なんで俺がこんな気持ちにならないといけないんだ。



「最後に聞きたいんだけど、アリスは結局どうしたいの?」


「ふっふっふー……決まっています!」



 俺に摘み上げられたまま不敵に笑うのは、正直言って滑稽だった。



「二度寝させて――――あ、ちょ、ちょっと!?」


「聞いた俺が馬鹿だった」


「嘘! 嘘です! 本当はほら! お兄様が来てたから、何を話してたのかなって気になってたんですぅ!」


「で、待ち疲れて寝ちゃったって?」



 アリスが全力で頭を縦に振った。

 仕方ない、それならソファに戻――――



「簡単にソファに戻ると思ったか。俺の部屋に忍び込んだことへの懺悔は?」


「ぐ、ぐぬぬぅ……!」



 よし、最後の最後に勝てた気がする。

 このぐらいで許すことにした俺は、仕方なくソファに戻っていく。



「子猫の気分を味わいました。意外と悪くないもんですね、アレ」



 そりゃよかったな、ポフッ、とアリスをソファに置いて俺も対面に腰を下ろす。

 この段階に至るまでひどく疲れたけど、静かすぎるよりは悪くない。



「先にお茶を淹れますから、少し待っててくださいね」



 本当に惜し引きがうまい令嬢だ。

 絶妙な距離感と言うか、俺を少しも不快にさせない振る舞い、話し方は以前と変わらない。

 アリスが淹れた美味い茶を片手に、俺はラドラムと話したことを語りだした。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る