暗殺者、覚悟をする。

 夜、遅めの夕食を終えてからのこと。



「――というわけで、色々とありました」



 俺は父上に、今日の出来事をあっさりとした態度で言った。

 一方で聞かされた父上は、尋問での疲れが混じった溜め息を吐く。



「で、ラドラム殿が一切の責任を負ってくれるだって?」


「って言ってましたよ。むしろありがとうって礼を言われましたし」


「それならいいが、グレンは随分と帝都を楽しんでいるようだな」



 父上が含み笑いを漏らして言う。



「す、すみません……父上の状況が状況ですし、遠慮するべきだと思ってもいたんですが……」


「ああいや、違うんだ。グレンが楽しんでくれてて私は嬉しくてな。私たちの町は辺境だし、遊ぶところも無かったろう? 帝都に来て騒動に巻き込まれてはいるが、グレンが何か楽しんでいるなら私は十分だよ」


「……ありがとうございます」



 しかし。



「騒動に巻き込まれたというか、俺たちは当事者ですけどね」


「はーっはっはッ! 残念だがその通りだったな!」



 最後は俺らしい返事をして、父上を笑顔にすることができた。

 ……早いうちに疑惑を晴らし家に帰りたい。やっぱり、俺にはあの町で静かに暮らす方が性に合ってるんだ。久しく婆やの顔も見ていない。元気にやってるだろうか?



 ソファに深く座り直すとグラスを手に取る。

 冷たい水を一気に飲み干したところで、早いうちに風呂に入るか――と思った矢先のことだ。

 ドン、ドンッ!

 部屋の扉が乱暴に叩かれた。



 父上が立ち上がって扉に向かうと。



「なんだ貴様らは――お、おい!?」



 扉を開けると、十数人の騎士がなだれ込んできた。

 剣を抜いて父上を囲い込み、あっという間に父上のことを拘束した。

 しかし、鎧が今まで見た騎士のそれとは違う。

 造りが良くて飾りまで備えた、意匠の技が映える品々だ。



「急なご訪問で失礼いたします。アルバート・ハミルトン殿、貴方には国家反逆罪の容疑が掛けられております」


「ッ――何を馬鹿なことを! 近衛騎士、、、、がそのような戯言をいいに来たのか!?」


「申し訳ありませんが、複数人の上位貴族の方々のご報告です。すでに将軍閣下の認可もおりておりますので、ご同行を」


「元将軍の私がそのようなことをするわけが……ッ!」


「詳しくは城でお伺いいたします。重ねて申し上げますが、ご同行を!」



 俺はどうすればいいか一瞬、戸惑った。

 父上はとうとう諦めた様子で振り返り俺を見る。



「グレン、余計なことをしようと思うな。こ奴らは幾分か強い騎士たちだ」


「……アルバート殿、滅多なことは申さないでください。我らはシエスタ帝国で最高位の騎士です。この人数を相手では、さすがのアルバート殿あろうと――」


「ふん……滅多なことを申しているのはどちらだ? 私が抵抗していないのは無実だからで、そして息子のグレンに危害を加えさせないためだ。貴様らがグレンに手を出そうとすれば、後は言う必要はないだろう?」


「ッ――!?」



 部屋中に充満した緊張感、近衛騎士の首筋を汗が伝っていく。



「城に行くのだろう? さっさと連れて行かんか」


「ち、父上ッ!?」


「すまん。すぐに帰るから待っててくれ」



 父上はそのまま連れていかれてしまう。

 窓際に向かい外を見ると、何台かの馬車が停まっている。

 まるで重罪人を移送するために使う、鉄で作られた重厚な馬車が一台。

 いや、父上の捕まり方は重罪人のそれだ。まるでも何もないし、一度は父上の言葉に応じて黙った俺の心に、やっぱり見逃せないという想いが生まれる。



 このままでは父上が処刑されてしまう!



 それからの俺は早かった。

 急いで着替え、父上を追って宿の階段を下りていく。

 思えば窓から飛び降りれば早かったのだが、その判断をしなかったことは俺のミスだ。



「父上……ッ!」



 宿の前に集まっていたやじ馬がうるさくて仕方ない。

 しかし、父上を乗せた馬車は決して遠くない。

 距離にして数百メイル程度しか離れていないし、すぐに追いつける。



 だが追い付いてからどうする?

 父上を助けるには確実に戦うしかない。



 幸いにも辺りは暗いから、昼間に戦うよりも俺に分がある。

 暗殺者だからって、前世では真正面からの戦いがなかったわけじゃない。



 加えて身体強化だ。

 近衛騎士を狼狽えさせた父上をもってして、俺の身体強化は相当なものだと聞いている。

 だったら、あの人数を相手にしても負けるとは思えない。

 でも――また人を殺すことになるのか。

 心の内で呟いたものの、大きな躊躇いは生じなかった。



 では最後に、仮に近衛騎士を殺したら俺は犯罪者だ。

 相手が相手だし、確実にこの国で暮らすことは不可能になる。そうなったらそうなったで、父上と別れるか、父上と共に国を離れて別の場所に移住するしかないが――ああ、別に大した問題じゃないな。父上を救えないこと以上のことじゃない。



 俺が父上の奪還を決意したその時、不意に俺の肩を掴む者がいた。



「間に合ってよかった……! グレン様! 早まったことをしてはなりませんッ!」


「じ、爺やさん!? どうしてここに!?」


「説明は後です! まずは我が家の馬車に――」


「断ります。もうラドラム様の力ではどうにもなりそうにありません」



 別に逆恨みしてるわけじゃないが、今はラドラムの力より自分の力の方が信用できる。



「……どうか信じてください。ラドラム様がすでに城におります。多くの部下を引きつれ、アルバート殿を強制的に捕縛した件について、厳しく言及しているところです」


「だとしても、すでに父上は捕まってるんです!」


「ですが、将軍はアルバート殿を処刑できません!」



 どういうことだ、俺は爺やさんの声に耳を傾ける。



「法務大臣の名と許可がなければ、たとえ平民であろうと処刑することは許されません」


「――ッ」



 それは良い情報だが、もはや俺は自分の力のほうが信じられる。



「それに処刑は日中に行われます! 今宵、アルバート殿が命を落とすことはあり得ません! ですのでどうか、どうか力を振るうことはおやめください……!」


「で、でも!」


「どうか一度だけ、一度だけ当家の屋敷に来て落ち着いていただきたく……ッ」



 こうしている間にも馬車が遠ざかる。

 爺やさんの口車と言うか、言い訳と言うか。

 俺は確かに我慢する気になっていた。



 思えば、ラドラムがここまできて父上を見捨てるはずがない。

 彼も父上を殺したかったとしても、あまりにも回り道だ。



 結局俺は気が付くと、爺やさんの言葉に頷いていた。



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