黒幕との対峙

 ◇ ◇ ◇ ◇




 ローゼンタール公爵邸についてから、爺やさんは俺を気遣った。

 初日、ラドラムと茶を飲みつつ語らった広間だ。



「お嬢様をお呼びいたしましょう」


「いえ、もう遅いですし……アリス様はもう寝てるかと」


「仰る通りですが、それでも今は」


「大丈夫です。別に、彼女の助けがないと正気でいられないほどじゃありませんから」



 正直アリスが近くに居るのは魅力的だ。

 彼女の明るさに甘えたくもあるし、俺の心を癒してくれそう。

 でも、寝てる彼女を起こすのは忍びない。



「旦那様がお帰りになったようです」



 そう言って爺やさんが部屋を出る。

 間もなく、疲れた様子のラドラムを連れてやってきた。



「グレン君! 来てくれてたんだね……!」


「ラドラム様……お邪魔しております」


「本当にすまなかった。謝罪してもしきれないけど、アルバート殿は無事だ! 彼の身柄は城内にある、僕の執務室で預かってる!」



 それは何よりだが、実際、さっきは宿に強引に押し込まれたんだ。

 悪いが素直に安心はできない。



「父上はこれからどうなるんですか?」


「本当は近隣諸国に亡命してもらうことも考えてた。でも、アルバート殿がそれを拒否したんだ」


「なっ、どうして!」


「今日までのしつこさなら、何処に逃げても追手がくるって。それに、グレン君を一人にはできないってさ」


「そんなの俺は……ッ」


「うん、僕はグレン君なら一緒に逃げるよって言ったんだ。でも、アルバート殿はそれは絶対にしたくないって。巻き込みたくないからって」



 こんなときに向けられる父上の愛が辛い。

 俺は胸元をぎゅっと握りしめた。



「だから結論を言おう。どうにかして将軍閣下を失脚させるしかないんだ」



 確かにラドラムが言うとおりだ。

 俺たちがシエスタ帝国で暮らしていくには、もはや将軍をどうにかするしかない。

 なんとかして不正の証拠を暴いて、将軍を失脚させる必要がある。



 どうすればいい? どうすればいいんだ!



「ラドラム様、将軍の屋敷へ捜査には入れないんですか!」


「悪いけど将軍ともなれば、僕の一存だけで強制捜査は出来ない。数か月前、僕とアリスで彼の家のパーティに参加したことはあるけど、家も厳重な造りでね。無理に入り込むことも難しいんだ」


「厳重な造り……」


「ああ。将軍閣下の屋敷の内部を知っているのは、恐らく数少ない貴族だけだよ」



 後は使用人たちだけだ、と。

 ラドラムは暗に、将軍の屋敷は忍びこむのも難しいと言ったことになる。

 しかしするべき目的は変わらない。

 なんとかして将軍を失脚させなければ。



「ちなみに将軍の屋敷はどちらに?」


「僕の屋敷のさらに奥だよ。十分も歩けば、随分と厳重な鉄格子の屋敷が見えてくるんだ」


「……ありがとうございます」



 ――カチャ、と広間の扉から音が鳴った。

 同時に、俺の耳には人が静かに去っていく足音が聞こえる。

 どうやらアリスが俺を心配してくれてるらしい。

 なんなら声をかけてくれてもよかったのに。



「失礼いたしました。しっかりと閉じていなかったようで」



 爺やさんが立ち上がって扉を締めに行く。

 ちょっとした閑話休題だ。

 何はともあれ、俺がどうすればいいかは決まった。

 このまま何もせず、ラドラムに任せっきりは避けたい。



 やはり俺自身が動くしかないわけで、最終目標は将軍の失脚。

 手段は問わない。俺、あるいは父上が罪に問われた時が任務失敗と心得ろ。



「ラドラム様、今日はお世話になりました」


「ん? いや……僕は何もしてないようなものだよ」


「そう戸惑わなくてもいいじゃないですか。俺はこれでも感謝してるんですから」


「――グレン君。君はいったい、何を考えているのかな」


「何も。強いて言うなら感謝してるだけですが」



 俺の本心を探ろうとした、疑心混じりの視線。



「そうかい、ならいいんだけどね」



 数秒の間見つめ合ったあと、折れたのはラドラムだった。

 ふっと口角を遊ばせて俺に言う。



「今日はこのまま泊っていくといい。宿に居るより、僕の屋敷に居たほうが安全だよ」



 俺は彼の提案に何のためらいもなく応じた。

 当然、ラドラムは素直な態度に驚いていたが、さほど問題じゃない。





 ――――もう疲れました、としおらしく言えば、爺やさんが俺を客間に連れて行ってくれた。



 さすが公爵家の屋敷と言うべきか、客間ですら上質だ。当たり前だが、ハミルトンにある俺の部屋なんかより数段豪華で金が掛かっている。

 調度品の数々が目を引いたが、そんなことよりもすることがある。

 俺は部屋に備え付けられた柱時計を見た。



「時間は……十一時か」



 あと数時間もしないうちに、俺はこの部屋を出て将軍の屋敷に忍び込む。

 もう一度確認しよう。

 最終目標は将軍の失脚で、手段は問わない。

 場合によっては将軍の命そのものを奪うことも厭わない。が、できれば私兵や使用人には手を掛けたくない。

 俺は暗殺者で、殺人鬼とは違うからだ。

 こんなのは他人から見れば同じだろうが、あくまでも俺個人の価値観としておこう。



 前世であれば、この時間は入念な前準備をする時間だ。

 しかし今は俺一人で、頼れる仲間なんていない。

 加えて、装備らしい装備も無ければ、ほぼ丸腰で忍び込むことになる。



 武器となるのは自分の身体と、身体強化の力。

 あとは複製魔法ぐらい。



 俺はふと、思い出したように複製魔法を行使した。

 作り出そうとしたのは前世で使っていた装備一式で、銃や防具、ナイトビジョン暗視スコープなど。

 だが。



「駄目だ。作れない」



 この世界に存在しないからか。はたまた、俺が生まれ変わってから見たことがないからなのか。

 理由はいくつか考えられるものの、今は複製できない事実が分かっただけでいい。

 色々な制約があるもんだと感心してしまう。



 しかし不十分ではない。

 俺の身体強化は、こういう時のためにあるんだから。前世で培った知識と技術、そして複製魔法で剣を作りだせるなら悪くない話だ。

 一人で頷いてから身体を伸ばす。



「で、任務失敗が確定した時はどうすればいい。顔がバレると父上に迷惑が掛かるし――」



 俺は呟いてから魔力を使い炎を生み出した。

 手を宙にかざし、何もないところに炎を浮かべてみる。

 俺の力ではピンポン玉より少し大きいぐらいの炎しか出せないが、それでも炎だから触れば熱い。

 普段は湯を沸かすことぐらいしか使い道がないが、



「自分の顔を焼くことぐらい造作もない」



 そうすれば俺という個人の判別は付かないはず。

 考えるだけで冷や汗が浮かぶが、任務失敗イコール死と思えば同じことだ。

 俺は満足げに口角を上げ、来たるべき時間に向けて身体を休めた。




 ◇ ◇ ◇ ◇




 深夜。

 ローゼンタール公爵邸を密かに飛び出した俺は、貴族街を進んでいた。

 人っ子一人おらず、本当に静かな夜の静けさだ。

 屋敷の屋根上をジャンプして伝い、万が一にも見つけられぬよう気配を消す。

 全身をローブで包み込みんで、顔も布で覆っている。



 ラドラムの言葉では、将軍の屋敷はすぐに分かるような言い方だったし、そろそろ見えてきてもおかしくないのだが……。



「――あれか」



 誰かの屋敷の屋根の上から、見るからにそれらしき屋敷の姿を視界に写す。

 周囲の建物から隔絶したように距離を置き、背の高い塀で囲まれた土地があった。



 要塞、例えるなら小さな要塞で、5,6階建てで重厚な造りだ。

 塀の内側に庭園らしき景色はあるが、それも武骨で華やかさが感じられない。黒みがかった灰色の壁。屋敷の全貌は月明かりに照らされ不気味にすら感じられた。



 さて、どうやって忍び込むのかだが。



「前方は不可能に近いし、なら後方だけど」



 屋敷の後方にあるのは水路と、水路を隔てて城の土地だ。

 当然、城の近くでは警備の騎士も多い。

 やっかいな立地条件だな。

 ……ところで、見張りの数はどのぐらいだ? 俺が屋敷の周囲を見渡すと、他の屋敷に比べてさらに多い私兵の数々。

 私兵の多くは塀の内側で警備していた。



 本腰を入れて作戦を考えないといけないと思ったところで、俺は異変に気が付いた。



「私兵が倒れてる?」



 遠目で一瞬分からなかったが、私兵は例外なく地面に伏しているじゃないか。

 いや、何があったのか全く訳が分からない。

 つづけて屋敷を見ていると。



 ――窓も割れてるじゃないか。



 何者かが侵入した跡と考えるのが定石で、俺のほかに先客がいるらしい。

 さすが騎士からの評判は最悪に近いとあって、随分と人気な屋敷のようだ。



 俺は複製魔法を使って父上の剣を作りだし、屋根を降りる。

 そのまま将軍の屋敷に近寄れば、門番が俺に気が付いて駆け寄って来た。



「何者だ」


「ここはバルバトス将軍閣下のお屋敷だ。離れなければその首を切る」



 すると、門番は手に持っていた槍を俺に向けて来た。



「将軍閣下に依頼されていた品を見つけて来た。例の、アルバート・ハミルトンの剣だ」


「ア、アルバートの剣だって……!?」


「ああ、馬鹿な騎士が無くしたっていうあれか」



 門番の顔に笑みが浮かんだ。

 が、すぐに疑問符を浮かべる。



「しかし、捜索を依頼してた話は聞いてないぞ」


「俺も聞いてないな……」


「そんなことは知らない。俺はただ、依頼を受けた品を渡しに来ただけだ」



 俺は呆れたように言い剣を放り投げる。

 門番に考える余裕を与えぬよう、剣を優先させるように仕向けた。



「あっ、お、おい!?」


「大事な品をそんな雑にッ」



 二人の門番に隙が生じた。



「助かったよ。おかげで楽に侵入できそうだ」


「え――」


「消え――ッ」



 身体強化を使いこなし、その足さばきで門番の視界から俺が消える。

 きっと二人が最後に見たのは、翻った俺のローブと、自分たちの腹に深く食い込んだ俺の腕だ。

 口元を震わせ、白目をむいたと思いきや、力を失って地面に横たわってしまう。



 俺はもう門番に目もくれることなく、門の横の小さな出入り口を見た。

 使用人たちが出入りするためのものだろう。

 足早に近寄って中に入れば、私兵が倒れていたのが夢じゃなかったのを確認できた。

 これは都合がいいのか悪いのか。

 俺は一人、倒れている私兵に近寄って顔を見る。



「呼吸はしてる、目立つ外傷もない」



 ではなぜ昏睡状態にある? 答えは簡単で、私兵からは嗅いだことのある刺激臭が漂ってきた。



 ああ、この屋敷には奴がいるんだ。

 先客は例の怪盗で、俺より一足先に侵入している。

 つまりこれは都合が悪い。

 なぜなら、将軍が隠す情報などを奪われる可能性がある。



 そうと決まれば黙ってなんかいられない。

 勢いよく足を動かし、怪盗が侵入した窓に駆け上がり侵入する。



 部屋の中は……誰も倒れていない。



「ここは使用人の備品置きか」



 壁中の棚には、執事の燕尾服や給仕のメイド服。

 あるいは食器や小物などが置かれていた。



 少し気になるな。

 怪盗がここを選んで入り込んだのは偶然か?

 随分と侵入しやすい経路を選んだようだ。



 ラドラムによると、この屋敷の内部を知っているのは極わずかとのこと。

 それが意味することは、怪盗は貴族であるという話だ。

 やはり、あの日の疑惑通りラドラムが怪盗だったのか?



 俺は考えながら部屋の外に出る。

 すると俺を迎えたのは、倒れた使用人が点在する暗い廊下。漆黒の絨毯は分厚くて歩き心地は良いが、禍々しくていい気分じゃない。

 すん、と鼻を動かすと薄っすらとした刺激臭だ。

 なるほど、怪盗は随分と早いうちに忍び込んでいたようじゃないか。



 刺激臭を辿り、俺は静かに歩き出す。



「でも、ラドラムが怪盗だとしても……うーん……何か引っ掛かる」



 彼の人柄からは、何からしくない気がしてしまう。

 俺をアリスの下に付けた理由もそうだし、父上が捕縛された後、こうして将軍の屋敷に忍び込んでいる理由も察しがつかなかった。



 うん、何度考えてみてもラドラムじゃない気がする。

 なら誰だ? 少なくとも、怪盗はごく一部の貴族で間違いない。

 ラドラムが言っていたが、この屋敷の造りを知っているのはそのごく一部だからだ。

 ……ただまぁ、将軍の名も知らなかったわけだし、俺は帝都の貴族なんて全然分からないけど。



「それに、わざわざ怪盗の報告が届いてたーなんて俺に言うか? いやラドラムならいいそうだけど……それにしてもわざわざ――」



 と呟いたところで、当時のラドラムのセリフが脳裏をかすめた。

 確か「だよねー……早朝から、、、、怪盗の報告が届いてたし」こうだったと思う。

 違和感。

 この言葉は、俺が知っていた情報と整合性がとれない事実が判明した。



「それにアイツ、、、の怪我と、つい数時間前のラドラムの話……」



 ハッとした。

 まさか、まさかだろ。って自分で苦笑してしまうぐらいだ。

 アイツが怪盗だったって? 

 こんなふざけた話があるって言うのか。



 でも俺の推理は馬鹿げているようで、実のところ筋も通っている。

 俺はそう考えたところで、乱暴に開かれた大きな扉の前で立ち止った。

 中からは人の気配が二人分と、血の匂いがぷんぷんと漂う。

 間違いないな、怪盗は誰かと戦っているんだ。



「――行くか」



 と、俺は呟いて部屋に入る。

 部屋は広めの執務室で、中の造りと調度品はシンプルだ。

 奥に一つの机と、その手前に向かい合ったソファしか置かれていない。

 だが異質なのは腕を抑えた怪盗だ。「はぁ……はぁ……」と、弱弱しく息を吐いている。

 そして、血が滴る長剣を構えた金髪の男――俺はその男に見覚えがあった。



 不快に高鳴る胸元を無視して、憎悪を込めて男に尋ねた。



「貴方がバルバトス将軍でお間違いありませんか」



 と。

 すると男は俺を見て、面倒くさそうに、見下すように答えを述べる。



「ああ、そうだ」



 返事を聞き、俺は男が父上を嵌めた理由を尋ねたくなった。

 何せあの金髪の男。

 先日のパーティにて、俺と父上の下にやってきた男だ。父上の部下だった男であり、父上に懐き、父上に憧れていると口にしていたあの男だ――ッ。



 生じた憎悪を殺意を必死になって抑え込み、俺は怪盗の様子に目を向ける。

 腕から滴る血液の量は危険だし、早く手当てしないとまずい。息も絶え絶えで、もはや立っていることもやっとなことが、見ているだけですぐに分かった。



「貴様には尋ねたいことがある。それとな」



 俺はそう言って二人の間に割り込んだ。

 両者驚いていたが関係ない。



「怪盗の――いや、彼女、、の身柄は俺が預かる」



 確信した声で、将軍バルバトスに相対して言い切った。


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