第6話 愛の巣は拷問部屋でした
「私達の部屋はこちらです」
明宝小百合が先導する形で俺はその部屋の前へと案内された。
俺はもちろん明宝桃子をだっこしたままだ。
「ここにいると気分が楽になるわね」
この館の前で倒れそうになったときよりも若干顔色が良くなっていて、生気を取り戻してきているように見受けられる。
結界だなんだと言っていたが、何かあるのだろうか?
「ホームグランドの方が気楽という意味なのか?」
「全然違う。他の理がこの館の中では通用しないからよ」
「それが意味する事は何だ?」
「祭将様が教えてくれるわよ。私は口下手だし、十分な説明ができるとは思えないの」
「祭将……か」
何から何まで知っていますといった態度のあの付喪神か。
俺が質問すれば教えてくれそうではある。
それに、二人には気になる事がある。
『この館でしか生きていけない』
そんな事を小百合は口にしていた事。
『私達は『死神』に魅入られているのよ』
桃子もそんな事を言っていた事。
何かしらの加護がなければいけないというのだろうか、双子姫は。
「ここで私達は生活する事になります」
小百合が木製の扉を開けて、先にとばかり手で促してきた。
「お邪魔します」
他人の家に招待されたような感覚で遠慮しがちに部屋の中へと入った。
「質素だな」
部屋の広さはそこそこあった。
十畳以上ありそうだが、畳部屋ではないので正確な広さは目視だけではできなかった。
薄い桃色の絨毯が敷き詰められているのは、桃子に対するあてつけか、桃子の好きな色なのだろうか。
部屋の端の方にダブルベッドがあり、もう片方の隅にはタンスなどの家具が鎮座していた。
勉強机などは特には無く、勉強はどうしているのだろうかと疑問を持った。
そして、窓がない代わりに、木製のドアが一つ存在していた。
その先に部屋があるのか、それとも、他の廊下にでも通じているのだろうか。
「ベッドは一つしかありませんから三人で一緒に寝る事になります。ご主人様、それだけはご了承ください」
小百合が平然と言う。
「はい?」
「私達が一緒に寝てあげるって言っているの」
桃子もそれが当然という態度だ。
「そんな事を言われてもな……」
いきなり二人と一緒にベッドに寝るように言われても困る。
相手をまだよく知っていないのに、どちらかを嫁にもらえみたいな事を言われるし、お互いを知れとか言われるし、この館の住人はどこかおかしいのではないか?
付喪神という事もあるし、その付喪神に育てられた双子姫も、人の価値観とは違う世界で過ごしているせいで、頭のネジがどこかおかしくなってしまっているのかもしれない。
「ご主人様」
この話はここで終わりですと言いたげに小百合が表情を改めた。
「それでは、ご主人様、私達三人の愛の巣にご案内します」
小百合はしっかりと足取りで、さきほど気になった扉の方へと歩き始めた。
「……桃子。あの部屋は何だ?」
俺は小百合を追わずに、その場に留まり、そう桃子に尋ねた。
愛の巣と言われてもピンとこなかった。
普通の恋人関係だとか、風俗だとかならば、なんとなく心がそわそわしてくるものなのだろう。
だが、今の俺は違った。
肌に虫が這ってくるようなぞわぞわとした感触が全身を犯していた。
あそこには、普通ではない何かがあると俺の第六感が告げていた。
「私達の救いがあの部屋にはあるの」
その言葉とは裏腹に桃子の表情はどこか陰惨さを帯びていた。
そんなやりとりをしている間に、小百合が扉の前に到達して、ドアノブに手をかける。
「……さ。ご主人様」
ドアノブを回して、扉をそっと引いた。
部屋の電氣は点いてはおらず、暗くて曖昧としていた。
そのためなのだろうか。
それとも、冷房か何かでもかかっていたのだろうか。
部屋から冷気がふわっと流れてきて、俺の肌を撫でていった。
やにわ鳥肌が立った。
これは冷房なんていう生易しいものではない。
「は?」
冷血。
冷徹。
冷艶。
そんな言葉が頭の中を駆け巡る。
この部屋から差し込んでいる光で、愛の巣とやらの中がおぼろげながらも見えてきた。
しかし、そこは愛の巣と呼べるような部屋ではなかった。
鉄の処女やらユダのゆりかごやらの器具が垣間見えた。
どう見ても拷問器具だった。
とても愛の巣と言えるような場所にあるようなものじゃない。
愛には似つかわしくない残虐な道具だ。
「……愛の巣じゃないだろ、あそこは」
俺は確信した。
ここにいる人間は頭がおかしい。
付喪神の理とやらのせいなのだろうか?
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