第2話 丑三つ時の来訪者
熟睡からまどろみへと意識が移行していくのが自分でもよく分かった。
睡眠を邪魔されたのではなく、シャン、シャン、とどこからともなく聞こえて来る鈴の音で、無理矢理にではなく、優しくまどろみへと促されたと言うべきか。
「……朝か?」
鈴の音が段々と大きくなってきているからか、まどろみからも引きはがされて、俺は目を覚ましてしまった。
枕元にあったスマートフォンをたぐり寄せて時刻を確認すると、画面には午前二時と表示されていた。
「こんな時間に誰だ。鈴の音なんて鳴らしているのは」
掛け布団をのけた後、俺は上半身を起こして、鈴の音が聞こえる方に顔を向ける。
どうやら誰かが鈴を鳴らしながら、外を闊歩しているようだ。
「近所迷惑じゃないか」
俺はベッドから出て、窓際へと向かう。
カーテンが掛かっていて、窓の外の光景は分かりようが無かった。
俺はカーテンの端を握り、めくり上げて隙間を作る。
そこから外をのぞき見るも、鈴の音は鳴り続けているのだけど、鳴らしているであろう張本人が見えなかった。
この音はどこから?
疑問に思いながらも、カーテンから手を離した瞬間、
『ピンポーン』
自宅の呼び鈴が家中に鳴り響いて、俺は思わずびくっと身体を震わせてしまった。
誰だろうか。
カーテンを再び握り、隙間を作って外を盗み見る。
俺の部屋からならば、玄関先にいる呼び鈴を押した人物がばっちりと見えるはずなのだけど、人の姿どころか逃げ去る人影さえそこにはなかった。
「もしかして……」
俺はとある想像をするも、すぐに打ち消した。
二週間以上も前に事故で亡くなった両親が自宅に戻ってきたのだろうか。
ようやく住宅ローンを返済した一軒家に一人残された俺を心配して、家を訪ねてきたのだろうか。
いやいや、それはあり得ない。
俺はその考えも即座に否定する。
両親の幽霊とかがいて、自宅に戻ってきたりしたのであれば、呼び鈴などを鳴らさずに普通に家に入ってきそうなものだ。
そうじゃないとするのならば誰だ?
「……あれ?」
気づくと、いつのまにやら鈴の音も止んでいた。
「寝ぼけているのかな?」
両親が亡くなってから葬式から何やらがあって、精神的にまいってしまったのは確かだ。
その疲れから幻聴が聞こえたのだろうか。
カーテンから手を離して、ため息を吐いた時、
『トントン』
と、俺の部屋をノックする音が聞こえた。
「ひっ?!
俺は思わず小さな悲鳴を上げて、自室のドアの方を慌てて身体を向ける。
「誰……?」
俺がそう問いかけるよりも早く、
「荒城 利文(あらき としふみ)様。お迎えに上がりました」
澄んだ女の声だった。
その一言で室温がぐっと下がったように思えて、鳥肌が立ち始める。
両親が亡くなったため、この家に住んでいるのは、今年社会人になったばかりの俺一人だけだ。
他に誰かがいるはずもなく、泥棒か何かというよりは、死んだ両親が迎えに来たのでは無いかとそんな事を漠然と思って混乱した。
「丑三つ時に申し訳ありません。利文様のお母様の遺言にのっとり参上しました」
ドアの先にいるであろう女は続けてそう言った。
「遺言? 初めて聞くが? そんなものをいつ残していたんだ?」
「亡くなる一時間前です」
その言葉の意味を正確に把握するまで間があった。
「……馬鹿な事を言うな。あり得ないぞ、そんな事は」
両親は結婚してから二十五年を祝って二度目の新婚旅行とばかりに、ヨーロッパ旅行へと出かけるようとしていたその日に事故に遭遇して鬼籍に入ってしまった。
タクシーに乗って空港まで向かっていたのだが、対向車線から飛び出してきた車が両親の乗っていたタクシーと正面衝突をして、運転手共々即死に近い形で死亡した。
ようは、ヨーロッパではなく、死出の旅に行ってしまったのだ。
事故が起こることを予測して、その一時間前に遺言などを残しているはずなどない。
あるはずがない。
絶対に。
「お母様はこう言われました。『私達がいない間、利文を見守っていてね。可愛い女の子を家に招いていたら、私にひっそりと教えてね。あっ……その女の子がうちにお嫁さんに来たら、どうしよう? そして、その子と利文との間に子供ができたらどうしよう? その子供があなたと遊んだりしたらいいのだけど。そうなったら、私、嬉しいかも』と」
「は? それは遺言でも何でもないだろ。というか、お前は誰だ!」
うちの母親が誰に何を言ったっていうんだ。
遺言でもない、戯れ言だ。
独り言だ。
ただ独りごちただけだ。
「窓の外を見てください」
俺の問いかけには返答せずに、ドア越しに女はそう言う。
「だから、お前は誰だ! 騙るな、母親の遺言なんかを! 何が目的だ!!」
「窓の外を見てください。お母様の遺言を守るために連れてきました」
「だから!!」
俺はさらに怒鳴り散らそうとした。
だが、シャン、シャンと外から鈴の音が再度聞こえてきたので、俺は出かけていた怒声を飲み込んで、窓と向き合って、カーテンを力任せに引き開けた。
「……ッ?!」
いつからそこにいたのだろうか。
珍妙な行列が俺の家に前にいた。
先頭にいるのは、狐のお面を付けた巫女服姿の女で、手に神楽鈴を持っていた。
その後ろにいるのは、ひょっとこのお面を付けた力士のような格好の男がいて、さらにその後ろには顔は犬なのだけど、身体は人間という男なのか女なのか判然としない人物がいた。
他にも、侍のような格好の女や、傘に手足がはえている者などがいて、仮装行列なさがらであった。
そして、その最後尾には、綺麗な装飾が施された駕籠が二挺あった。
誰かがその駕籠には乗っているのか、黒いもやのようなものが担いでいる。
「私達付喪神が保護し、育ててきた双子姫様をお連れました。お母様の遺言通り、双子姫様のいずれかを嫁としてお迎えください。そして、子供をなし、私とその子を……」
女の声がそこで途切れた。
俺は弾けたようにパッと目を開ける。
そこには天井がある。
どうやら俺はベッドで寝ていたようだ。
カーテンが開け放たれているからか、窓からは朝日が射し込んでいる。
「……夢か」
あれは全て夢だったようだ。
妙な夢だった。
母親の遺言だとか、双子姫だとか、付喪神だとか。
両親の死と向き合わなければいけないから、あんな夢を見てしまったのだろうか。
それとも……。
「すぅ……すぅ……」
「すぴぃ……すぴぃ……」
妙だ。
寝息が聞こえる。
しかも、一人ではなく、二人ほどの寝息が。
「どういう……事で?」
俺はパッと跳ね起きて確認する。
そして、視界に入ってきた光景を見て、まだ夢を見ているのではないかと疑った。
あるはずがない。
こんな事はあり得ない。
絶対にあるはずがない。
俺だけが寝ていたはずのシングルベッドに、二人の少女が入り込んで寝ているのだ。
白い下着だけの少女が二人、俺に寄り添うようにして眠っているのだ。
あり得ない。
あるはずがない。
俺のベッドの中に少女が二人いるなどいう事は現実的ではない。
これは夢なのだ。
きっと夢なのだ……。
そう……絶対に夢だ……。
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