第3話 夢と現実の双子姫



 朝は寝ている二人を起こさないようにベッドを抜け出し、音を立てないように着替えて、逃げるように家を出てしまった。


 目を覚ますと、二人の少女が俺のベッドの中にいたのだから、それは当然の事だ。


 あの二人の少女は、夢の続きかもしれない。


 心労がたたって幻覚をみてしまったかもしれない。


 幻覚や夢でないとするのならば、妖怪か幽霊の類いかもしれない。


 そんな事をとりとめもなく考えながら出社して、気もそぞろに仕事をこなして、終業時間になったので帰宅してみると、二人の少女の存在は夢ではなく、リアルなのだと思い知らされた。


 本来ならば、俺しかいないはずの自宅だ。


 俺の帰りを待っていたと言うべきか、他に行くべきところがないから家にいた、とでも言うべきか。


 鍵を開けて、恐る恐る家の中に入り、食料を求めてリビングルームに行くと、二人の少女が待っていたのだ。


「お帰りなさいませ、ご主人様」


 一人は何故かクラシカルロングメイド服に身を包んだツインテールのおっとりとした雰囲気をまとった少女だった。


 俺が帰ってくるのをずっと待っていたのか、俺の姿を見るなり軽く頭を下げた。


「待ちくたびれた!」


 もう一人はしっとりとした長い黒髪を床で休めているかのように横になっていて、俺の事を見上げていた。


 ゴシックロリータと呼称すべきなのだろうか。


 フリフリの白黒の洋服に身を包んでいて、まるで人形のようではあった。


「誰だ、お前達は?」


 今朝の事が幻覚でも、夢でもない事を悟ってか、俺は若干開き直っていた。


 これが現実であるのなれば、把握しなければならない。


 そうすることで、何かしらの解決方法があるのではないかと思ったのだ。


「自己紹介がまだでしたね」


 メイド服の少女が言う。


「私の名前は、明宝小百合めいほう さゆりです。ご主人様をお迎えに上がりました」


「……お迎え?」


 言葉の意味を確かめるように俺は反芻する。


「……わたしは、明宝 桃子めいほう ももこ。あなたにはとんと興味がないのだけど、主様の命だから嫌々迎えに来たの」


 明宝桃子と名乗ったゴスロリの少女は、けだるそうに目を閉じた。


 よくよく見ると、明宝小百合と明宝桃子の格好や髪型は対極をなしているが、顔はコピーしたかのように瓜二つであった。


『双子姫様』


 ドア越しに俺の話しかけてきた女のその単語が頭の中で木霊した。


 あの女の言っていた双子姫とやらが、この二人なのだろうか。


「君たちは双子なのか?」


 俺の問いに、


「はい」


「そうよ。何かおかしい?」


 二人は即答した。


「双子姫と呼ばれてもいる……と?」


「はい」


「そうよ」


 小百合と桃子はまたしても即座に答えを返してきた。


「……ええと説明してくれないか?」


 昨夜のドア越しの女。


 そして、明宝小百合と明宝桃子という双子姫。


 その事について俺は知らねばならない。


 母親の遺言が本当であるかどうかを確かめる意味でも。


「ここでは嫌。いつ消えてもおかしくない結界しかはられていないから」


 床に横になり続けている明宝桃子が大儀そうに眼を開いて、俺の事を見上げている。


 その瞳は言葉とは裏腹に期待の色が見え隠れしているように俺には思えた。


「モモの言う通りですね。ここでは私達の命の灯火がいつ消えてもおかしくはありませんからね。あの館で説明してもらうのが一番ですね」


 背筋をピンと伸ばして立ち続けている明宝小百合がにっこりと微笑んだ。


「説明不足だって。説明責任を果たしてくれ」


 俺の言葉に促されたのか、桃子がゆっくりと立ち上がり、無表情になってリビングルームのドアを指さす。


「あなたの分も駕籠が用意されている。あの館に行けば、祭将さいしょう様が説明してくれるはずよ」


 俺の返事もきかないまま、桃子が部屋から出ようとドアの方へと歩き始める。


 それに倣うようにではなく、導くようにして小百合が桃子の先を行く。


 小百合がリビングルームのドアを開けると、桃子が当然といった表情で小百合よりも先に桃子が部屋の外へと出た。


「……祭将? 誰なんだ?」


 俺の呟きなど聞こえていないかのように小百合も部屋の外へと出る。


 その際、俺に一礼したのは律儀だからなのだろうか。


 それとも、メイドのたしなみなのだろうか。


「ええい、ままよ」


 俺は二人の後を追うようにリビングを出る。


 そして、二人を追い抜いて玄関のドアを開けると、玄関の前に三挺の駕籠が待っていた。


 もちろん担ぎ手は、あの時見たように黒い靄のようなものであった。


「付喪神……祭将……双子姫……か。話を聞けば分かるというのならば、聞かねばならんな」


 俺は駕籠の一挺に乗り込み、運命に湯を委ねるようにして瞑目した。




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