中編

「ぬるいのでよければ、それ飲んでもいいですよ。気分が、落ち着きますから」

「ありがとう。そのぐらいでちょうどいいわ。熱い飲み物って、飲み慣れてないし」


 イエイヌは、私をあっさりと受け入れてくれた。正直な話、つまみ出される覚悟をしていたので半は拍子抜けではある。


「……まったく。落ち込む暇くらい下さいよ」

「ごめん」


 私たちアニマルガールは、余程ひどい怪我でなければジャパリまんを食べれば回復する。なので、手当なんて必要ない。そんなことは分かっている。ただ、キュルルから離れる口実が欲しかっただけだ。


「てっきりあのまま立ち去るとばかり思っていたのに、どういった風の吹き回しですか?」

「怖くなったのよ。キュルルが」


 あんな薄情な子だと思ってなかった。ううん、違う。気づいてなかった、が正しいのよね。あいつと一緒に旅をしてきた以上、私は気づいているはずだし。


 もし、竹林でレッサーパンダが嘘をつかずに絵の場所を知らないと言っていたら、キュルルは遊具を組み立てようとしただろうか。


 もし、海の上でイルカとアシカが土のあるところに船を帰すためにごほうびを要求しなかったら、キュルルはあの子たちに新しい遊びを提案しただろうか。


 そんなことは、ありえないだろう。きっとあいつは、スケッチブックを見ながら新しい場所に向かうだけだ。そのいい例が、かばんじゃない。彼女は、キュルルの前で何の問題も起こさなかった。


 その結果、キュルルはかばんに無関心だったじゃないの。同族のはずなのにヒトの手掛かりを聞くこともなかったし、絵を描くどころかスケッチブックすら彼女に見せていない。


「怖い……ですか?キュルルさんは後先を考えないだけで、善意で動いていると思うのですが」


「そうね。でも、もし私がキュルルの前でぼろぼろになって……あんたみたいに「おうちにお帰り」って言うことを求めたら、あいつは何のためらいもなくそうするのかも知れないじゃない」


「私とカラカルさんじゃ、付き合いの長さが違うじゃないですか。キュルルさんにとって私は、寝て起きたら忘れる程度の関係でしかありません。でも、あなたは違うでしょう。――ね、キュルルさん」


 そう言って、イエイヌは扉を開けた。いや、開けようとした。目の前に、キュルルが立っていたのだろう。何かがぶつかる音とキュルルの「いてっ」と言う声がした。


 どうやら、キュルルとサーバルが私を追いかけて来てくれたようだった。

「カラカル。僕、何か悪いことした?」

「したというか、言ったというか……」


 イエイヌの方を見ると、何か小さな扉を開いてそこから紙の束を取り出し、椅子に座ってそれらを見始めていた。きっと、自分で話せということなんだろう。


「――あんたは、イエイヌと楽しそうに遊んでたじゃない。一緒に笑い合ってたじゃない。なのに、イエイヌがビーストに勝てないと分かったら、あんたはあっさりとこの子に見切りをつけた」


 とりあえず、私は自分の中にある思いをキュルルにぶつけることにした。後で知ることだけど、これは不信感というそうだ。


「イエイヌは、あんたを無傷で守ったのに。でも、私はビーストにあっさりといなされて……。キュルルに役立たずだって思われたら、私も見捨てられちゃうのかなって」


「カラカル……。カラカルが何を言ってるのか、分からないよ。それじゃ、まるでイエイヌさんが役に立たないからここに置き去りにしたみたいじゃないか!」


「「「違うの(ですか)!?」」」


 私とサーバルとイエイヌの声が、一つになった。サーバルもそう判断していたことにほっとしたけど、キュルルの表情にあるのは不満だ。


「違うよ!!僕は、イエイヌさんがおうちにお帰りって言ってくださいって言うからそう返しただけで、イエイヌさんが役立たずだとか思ってないよ」


 それを聞いて、イエイヌは声を上げてあははと笑った。涙を指でぬぐってるけど、どんな意味で流れたそれなのかは私には分からない。


「だから、言ったじゃないですか。キュルルさんは、後先を考えてないだけで良い子だって」

まったく、ぐうの音も出ないわね。


「見ますか?素敵な絵が、ありましたよ」

え?絵?イエイヌから渡された紙には、確かに絵が描いてあった。そこに描かれていたのは、サーバルたちだ。


 真ん中にはキュルルがいて、左隣にいるかばんと手をつないでいる。右隣にはカラカルのフレンズがいて、さらに右にはヒトだろうか。デッキブラシを持ったヒトが見える。その彼女の足にしがみつくようにしながらイエイヌがキュルルを見ていた。


 そして反対側の端には眼鏡をかけたヒトがいて、一番奥にいるのはサーバルだ。


「何、これ?」

少なくとも、このカラカルのフレンズは私じゃない。描かれている場所には見覚えがないし、何よりこんなにヒトがいたことも知らないもの。


 サーバルにも見てもらったが、彼女も記憶にないそうだ。「別の個体じゃないかな?」という彼女の言葉に頷くしかない。


「サーバルさんが知らないのは、無理ありませんよ。あのとき、サーバルキャットのフレンズはキュルルさんを助けるためにビースト化して元の動物に戻ってましたから」


 それはどういうことかを聞こうとしたとき、ビーストの咆哮と助けを求める声がした。窓から様子を見ると、キュルルを無理やりさらってきた探偵コンビのオオアルマジロとオオセンザンコウの二人のフレンズが彼女に襲われているところだった。


 オオアルマジロは丸まれないはずだが二人して丸まり、ビーストに転がされながら悲鳴を上げている。はっきり言って、報いね。


「た、助けなきゃ……」

「待ちなさい!!あんたに、何ができるの!?」

「でも、ほっとけないよ!!」


 そう言って、キュルルは家の外に出ていった。そうだ、キュルルはこういうやつだった。


「カラカル。どうするの?」

わかってるくせに。サーバルは、ごくまれに意地悪になる。


「まったく、しょうがないわね。イエイヌ、この絵を借りていっていい?あいつにも見せたいし」

「ええ。でも、返しに来てくださいね。これっきりでお別れなのは、さすがに寂しいですから」

「当然でしょ。また会いましょうね、イエイヌ」


 私とサーバルはイエイヌに一旦別れを告げると、キュルルを追いかけたのだった。


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