おうちにお帰り

珈琲月

前編

 サーバルがビーストを退散させたのを確認すると、私はイエイヌに声をかけた。


「起きられる?」

「はい。助けて頂いて、ありがとうございました。あの、やっぱり私は……」


 イエイヌは立ち上がろうとして、ふと体勢を崩した。無理もない。ビーストとの戦いで、彼女の体は見るからにボロボロなんだ。


「私は、やっぱり一人で戻ります。」

「えっ……!?」

「キュルルさんを引き離すような真似をして、すいません。仲間を失う気持ちは、よく知っていたはずなのに」


 イエイヌの視界の先には、サーバルを誉めるキュルルの姿があった。こちらの様子を心配する様子すらない。


「あ、キュルルさん」

「ん?」

え?今、気づいたの?


「会えて嬉しかった!キュルルさんは、旅を続けてやはりご自分のおうちを見つけるべきです!私も、あのうちにいた人たちが戻ってくるまでお留守番を続けます!それが、私に課せられた使命ですから!」


 キュルルは困惑した表情を見せているけど、イエイヌのそれは私のいる方向からは分からない。ただ、明るい声は聞こえるので決して暗い顔を見せてはいないのだろう。


「イエイヌさん……」

「そうだ!最後に、言ってもらえませんか?おうちにおかえり、って!」

「おうちにお帰り」


 キュルルはためらうどころか、満面の笑みでそう言った。「ああ。そう言えばいいのか」と言わんばかりの単純な考えが透けて見えるようだ。


 怖い。キュルルが、怖い。自分のために頑張ってくれた子を、あんなにも簡単に切り捨てられるの?この子は。一緒に行こう、とかせめて傷の手当てを、とかそんなことすら考えられないの?


 イエイヌは、そんなキュルルを前にありがとうと言って去っていった。その背中を見るキュルルの目に浮かんでいたのは、安どだ。まるで重い荷物を下ろしたような、ホッとした表情。


「カラカル?どうしたの」

「――あ。あんたのスケッチブック、なくしちゃったのよ」

「え?」

「ひょっとして、さっきの物音……」


 そう。私が持っていたキュルルのバッグは、私の手元にはない。キュルルがイエイヌに「おうちにお帰り」と言ったとき、勝手に私の手があいつのバッグをどこかに放り投げたんだ。


「私、イエイヌのけがの手当てをしてくるわ。ひょっとしたら、何か知ってるかも」

思ったより頼りない?そんなんじゃ、キュルルを任せるわけにはいかない?イエイヌに言った自分の言葉が、私に重くのしかかってくる。


 頼りないのは、私じゃないか。イエイヌは、傷だらけになりながらもキュルルを無傷で守ったのに、私はビーストにあっさりといなされた。こんなの、ただのお笑い草だ。


 かばんと名乗ったヒトのフレンズに「あの子をよろしくね」と言われて、いい気にでもなっていたんだろうか。


 私はイエイヌがいるだろう建物の前でつばを飲み込むと、爪を研ぎたい気持ちを抑えて扉を開いた。

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