第12話

往古は憤慨していた。

殺人事件の捜査が歪められていると心の底から怒りが沸いて来た。

北陸のやくざが殺された事件は、どう考えても身代わりだとしか考えられない、まだ二十歳になったばかりの半端な男だった。

本人は殺害は自供したものの、殺しにいたる詳細はだんまりを決め込んだ。

身代わり出頭した奴がよく使う手口だ。

ことの詳細を語ればボロが出る、そうなると真犯人を探せということになり、身代わりの意味が無くなる。

殺人罪で、刑はだいたい十年から二十年が相場だ。そいつは出所したら、組の正式な構成員として幹部の道が開けている。

やくざは刑務所に入るのが仕事のうちなのである。そのことを何とも思ってない。

身代わりだということを、警察も検察も分かっていて、それを黙認している。

いや、むしろそれをありがたがっている。

捜査の手間が省けるからだ。

「どうせ極道のひとりやふたりが死んだところで、世間はそんなこと無関心だ。むしろ害虫駆除のような気持ちで見ている。だからこれでいいんだよ」

上津が昨晩捜査本部の打ち上げで往古に言った言葉だった。

それが往古には許せなかった。

打ち上げには、かつて生活安全課で同僚だった、岡崎の顔があった。

岡崎は半年前までマル暴にいて、今は岐阜県に隣接する署の刑事課の刑事だった。岡崎も往古に負けず、正義新の強い男だった。

彼なら自分の気持ちを理解してくれるかも知れないと、帰り道、居酒屋に誘った。

「俺もそう思う。いくらやくざだからといって、殺人事件の捜査が歪められているのは良くない。警察が警察じゃなくなる。だが、本部の意向に逆らってみるという勇気は俺にはないな」

「そうじゃない、組織の人間として俺もそう思う。何も事件をひっくり返して、真犯人を逮捕しようなんて思ってない。今回のヤマは、身代わりで済ますほどの単純なヤマかということだ。もっと別なものを含んでいるような気がする」

「確かにそうだな。現状では北陸のやくざの組同士の仲たがいで殺したということになっているが、関西の組がこれから派手な出入りがあるという時期に、内部抗争している場合ではないとは思う」

「お前は確か関西の組に顔が広かったよな」

「俺の先輩が府警のマル暴でベテランだからな。こっちの組も系列があったから顔を繋いでもらったりしたんだ」

「その筋で今回のヤマの裏側を探ってみてくれないか」

「今は関係の無い部署だから、本格的には動けないが、情報を取るくらいなことはしてやってもいいぞ。だが、ひとこと言っとくけど、日本を代表するやくざ同士の喧嘩だ。お前ひとりの命なんて砂のつぶみたいなもんだぞ。」

「分かってる」

「気をつけろよ」

「ありがとう」

岡崎は本当に良い奴だと往古は感謝した。

マル暴という警察のなかでも特殊な部署にいる連中は、完全にやくざに飲み込まれていると感じていた。そこに正義のかけらもない。

上津が良い例だ。本腰でやくざを駆逐しようなんて思ってもいない。

ただ、情報が取りにくい相手だから、相手の懐にもぐりこみ、探りを入れながら、大事の犯罪行為、つまり抗争が起きて市民の犠牲が出ないように目を光らせるだけの組織となっている。

それだけでいいのか、いや、いいはずが無いと往古は固く決意したのだ。




⑬に続く。




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