第10話

往古たちが署に帰ったころには、殺されたやくざの詳細が判明していた。

名前は、板坂光男48歳。

北陸地方のある組に所属していたが、元来は関西の出身で、これまでに二回、殺人罪で起訴され刑務所に計20年以上も服役したことのある男だった。

北陸の組は、愛知県に本部のある組と対立する関西の組の傘下であることも分かっていた。そこで上津は不審に思ったことがあった。

「発見されたチャカの部品は関西系が多く使うヨーロッパ製のものとは違う。北陸の組には関西から武器が回されているので、なぜ南米系のものを所持していたのか」ということだった。

たまたま手に入ったのか、もしくは内輪もめを演出するためにわざとそうしたのか、それは今後の捜査を待つことになる。

犯人に繋がる物は何も発見されなかった。

Nシステムや防犯カメラからは殺された男は運転者であることは確認されていた。助手席に乗っていた男は、キャップを深く被り、サングラスをかけていたので顔が判別できなかった。

「殺された奴は殺し屋を運ぶ役目だったということは考えられませんか」

往古は思いつくまま上津に言った。

「それも考えられるな。だが、それならどうしてガイシャを殺す必要があるんだ。どっかでヤマを踏んできたきたというなら、ささいなことで興奮して思わず刺したこともあるだろうが、これからというとき仲たがいはしないだろう」

「それに我々から逃げている途中ですものね。仲たがいするどころじゃなかったでしょう」

「そうだよ、どうやったらその場から脱出して任務を実行するかで頭は一杯だったはずだし」

謎が謎を呼ぶとはこのことだった。

往古たちに追跡され、車を捨てて逃げた。そしてあらかじめ用意されていた隠れ家に潜伏した。そこで一緒に逃げた男を殺害する。それが何を意味しているか、まったく理解できなかった。

「そもそも殺したのは一緒に逃げた奴だったのでしょうか」

「確かにそれも分からない。もうひとり隠れ家にいて、そいつが星という可能性もある」

「もちろんナイフには指紋は残っていなかったんでしょうね」

「そうだ。残っていれば簡単だったのにな」

殺しがあった現場のアパートを借りていたのは、ごく普通の一般人だった。

だが、その男の所在は不明だった。

部屋の契約書にあった勤務先には該当する男は存在せず、保証人は保証協会だった。

男を追う手がかりはなかった。

身分を偽って契約したのだから、明らかにやくざが何らかの犯罪に使うためだったということは分かった。

現場周辺の防犯カメラからも不審人物は浮かび上がってこなかった。

「現場から星を運んだ共犯者がいたんじゃないでしょうか」

「つまり、アパートから星を車に載せて、防犯カメラに映らないようにして運んだというわけか」

捜査会議もさまざまな意見が出されたが、どれも推測であった。

この殺しが解決するには、組からの内部情報が流れない限り「お蔵入り」になる可能性が高かった。

「何しろ、ヤマを踏む前の内輪もめか、口封じだった可能性が高いな。そうなると、組がいつもやるように身代わりの星を差し出すということもない」


上津は困惑した表情で呟いていた。




⑪に続く。




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