第9話

組の若頭と会った後、署に帰る途中に上津のスマホが鳴った。

それは、往古たちが逃した者らしいやくざの死体が、逃走車が捨て置かれた廃工場の近くのアパートで発見されたという知らせだった。

「ひとりだけですか」

「そうらしい、確かあんたが確認したのは二人だったよな」

「そうですけど」

「もうひとりの奴と仲たがいでもしたのか」

「死因は何ですか」

「いや、まだ鑑識中だ」

ふたりは現場に向かった。

死体が発見されたのは、廃工場から200メートルくらいの距離だった。

まだ新築から日がたってないくらいきれいなアパートだった。

その二階が現場だった。

鑑識の車が数台止まっている。

ふたりが着いたときはちょうど鑑識作業が終わったところだった。

上津は鑑識のキャップを見つけると近づいた。

「死因は分かりましたか」

「刺殺です。凶器はナイフで、遺体の傍らに落ちていました」

上津は往古の顔を見た。

「銃じゃないんですね」

「そうだろ、もし抗争のために用意されたチャカを使ったら組に迷惑をかけるからな」

「ところでガイシャの氏名は判明したんですか」

「いや、まだです。顔写真を本部に送ったので組関係ならすぐに分かるでしょう」

「まだ鑑識さんは残っていますか、遺体を確認したいのですが」

「大丈夫です。まだ指紋採取中ですから物に触れないでください」

「分かってます。ご苦労さまです」

ふたりは現場に入った。ガイシャは苦しんだあげく死亡したようで、凄い形相をしていた。

「上津さん、見覚えはありますか」

「んー、ないようだ」

「組のものではないのでしょうか」

「少なくとも名古屋の者ではなさそうだな」

死体は50歳がらみの細身の男だった。

この歳でやくざなら上津のような専門家が分からないことはない。

「ヒットマンでしょうか」

「関西の組関係で上のものならだいたい顔は分かるけどな。違う地方の極道なら知らない顔かも知れないが」

「それでもこの歳なら組の上層部でしょ。そんな奴が刺客になりますか」

「それはありえないな。やはりそうなると殺し屋か。さもなければ殺し屋に付き添ってきた奴とかの可能性もある」

ふたりは現場を離れ、署に戻った。

マル暴の刑事部屋には課長しか残っていなかった。

ほとんどの刑事は名古屋市内の組関係の事務所や幹部連中の自宅に向かっていた。これを契機に大抗争が勃発するかも知れない。

マル暴の刑事たちは当分本部に寝泊りして24時間勤務を強いられる。

デスクに座った上津は愚痴をこぼした。

「明日は息子の授業参観なんだ」

「残念ですね」

「六年生だから最後だったのにな」

上津は天井を見上げていた。




⑩へ続く。





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