第3話
12月8日午後零時5分
職務質問で停めようとしたレクサスは、停める様子は無く、そのままのスピードで走っていた。
「前のクルマ、停まりなさい」
往古はスポーカーで呼びかけた。
「ャロー、停まりません」
川戸の声が昂ぶっていた。
スモークガラスでよく分からないが、明らかに男で、頭の感じが丸いので坊主頭だろうということは何となくした。
助手席にはもうひとりいるようだった。
「すぐに脇に寄せて停まりなさい」
再度往古が呼びかけた。
次の信号は比較的大きな交差点になるので、逃げるならそこで左折してスピードを上げるのではないかと往古は予想した。
すると、その手前の一方通行の道を急に左折した。
ウインカーも出していない。
往古はとっさにサイレンのスイッチを入れた。
逃げるクルマがスピードを上げると、歩行者が巻き込まれる事故に繋がるので、注意喚起するためでもある。
「停まれ!」
往古は大きな音量で怒鳴った。
レクサスは急にスピードを上げた。
往古の予想どうりだった。
「逃げるか、このヤロー」
川戸もアクセルを踏み込んだ。
歩行者や自転車などに乗っている市民に注意させるために往古は叫び続けた。
「警ら3号から応援要請頼みます。不審車両逃走中、現位置は柴田町3丁目付近、至急応援頼む」
「本部了解」
レクサスのナンバーを告げ、無線を切った。
一方通行の先はT地路になっている。
右折したら国道方向、左折したら駅方面の道だ。
幸い、前方に歩行者はいなかった。
クルマもいない。
レクサスはクルマ一台がやっと通れるくらい細い道を70キロくらいのスピードで逃げている。
前方にT地路が見えてきた。
「ヤロー、どっちに曲がるんだよ」
川戸はかなりいらだっていた。
「落ち着け」
往古は川戸の緊張した表情に不安を覚えた。
「了解」
レクサスは、右折した。
タイヤのきしむ音がする。
川戸も同じスピードで付いていた。
レクサと距離を詰める。
二車線の道路になったので、前方にクルマがいないことを確かめ、レクサスと並ぶように反対車線に出た。
危険なので、運転席の男の顔を確認するだけにしてすぐに元の車線に戻る。
そのとき、レクサスは急に左折した。
往古たちのパトカーが追突しそうになった。
川戸は急ブレーキを踏んだ。
てっきりこのまま国道を突っ切るだろうと予測していた川戸は慌てた。
レクサスの運転者は、かなりの運転テクニックを持っている。
「ちくしょう」
「油断するな」
レスサスは、また細い路地を猛スピードで逃げていった。
十メートルは離された。
川戸もスピードを上げ、追尾した。
前方のレクサスは、三本目の道を左折したようだった。
まわりは工場が立ち並ぶ地域になっていた。
往古たちのパトカーが左折すると前方にレクサスの車体が消えていた。
「どうしたんだ」
往古はうめいた。
「あそこに入ったんじゃないですか」
道の反対側の工場の門が開いている。
その前に着くと、門を入ったところにレクサスが停まっていた。
一センチもないくらいぴったりと付ける。
レクサスのドアは開け放されていた。
そこにはもう誰も乗っていなかった。
③に続く。
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