第2話

12月8日 午前11時零分



往古巡査長は、相棒の川戸の運転で国道を中心としたその日の受け持ち地区のパトロールに出発した。

年の暮れで車の量が多い。

国道に出ると県道と交差する交差点に向かうまで渋滞していた。

「山岸組の抗争は年内で一区切りになりますか」

ハンドルを握りながら川戸は往古に意見を求めた。

「さぁ、県警本部はそうしてもらいたいだろうな。さもないと、正月もおちおち休んでられないからな。その余波はうちにも来るぞ」

「あー、嫌だ。よりによってこんな時期に殺し合いをしやがって」

「こっちの都合で動いてくれないのがマル暴だよ」

「本当にそうですよね、まあ警察官になった以上、盆も正月もあったもんじゃないってことは承知してますけどね」

「愚痴を吐くのは俺だけにしとけよ。他の奴にちくられるとまたポリ箱になるぞ」


ポリ箱とは派出所のことだ。

警察では一番下の勤務だとされている。

川戸は渋滞にはまってゆるゆるとしか動かない車内でうずうずしていた。

180センチ以上もあり、柔道で鍛えられた下半身は狭い運転席の下ではち切れそうそうになっていた。

「大捕り物がしてー」

「まあ、そのうち全身が痺れるようなヤマが起きるかもしれねえぞ」


往古は血気盛んな後輩を、自分の若いときにダブらせて、口元が緩んだ。

そのとき、警察無線から声が飛び出した。


「警ら各局、下梅原三丁目から通報あり、至近のものは現場に向かってください」

「自ら三号、現場に向かいますので住所願います」


往古は自分らの位置が現場に近いと判断してすぐに反応した。

通報の内容は、下着泥棒だった。

アパートに暮らす女子大生がベランダに干してあった下着を盗られているとのことだった。


「大捕り物だぞ」

「冗談は止めて下さいよ。下着泥棒じゃないですか」

「腐るな、しょーもないことでもそれから大きな事件になることもあるし」

通報者の住所は、国道から二本の路地を西に入った住宅街だった。アパートはまだ築浅のきれいな建物だった。

通報者は21歳の女子大生。部屋をノックすると、ジャージ姿でドアを開けた。

「朝、洗濯物を取り込もうと思ってベランダに出ると、全部無くなってました」

「昨日取り込み忘れたんですか」

「昨日はバイトで遅くなったから、干して朝に取り込んであとは室内で干そうとおもったんです。それにこれは三度目なんです」

「じゃあ、これまでは警察には知らせなかったんですね」

「そうです、大事にするのも嫌だったから」

「ダメですよ、すぐに通報してもらわなくては。警察が来たということで犯人に抑止効果を与えることもありますから」

「はい、すいません」

「では盗まれたもののリストを書いてください。盗難届けという形で受付ます。今後、このあたりで不審な人物を見たり、後をつけられたり、とにかく不安に思うことがあればすぐに110番してください」


下着泥棒だけでは本署の窃盗犯専門の部署は動かない。

同じ地区で頻発するようなら本部でも担当捜査員を配置して本格的な捜査が動き出す。

そのことを通報者に言って、さらに通報を心がけるように諭して往古たちは現場を離れた。


警ら隊に事情を報告して、パトロールを続行した。


国道に戻ると、いつのまにか渋滞は解消し、車の流れはスムーズだった。

往古たちの二台前の車が往古の目に留まった。

黒い色のセダンだ。

中が見えないくらいのスモークシートがウインドガラスに張り、ひと目で怪しい筋の車と分かる。

半グレかも知れないが一応止めてみる。

往古は赤色灯を入れ、マイクを握った。

「二台前に車を止めるぞ」

「了解」

川戸は反対車線前方に車がいないことを確かめ、前の車を反対車線から追い抜き、二台前の車の後尾に付けた。

「前のレクサス脇に寄せて停まりなさい」

セダンは反応しない。

「脇に寄せて停まりなさい」

往古は再度警告した。

しかし、セダンのレクサス はスピードを緩めなかった。

「ャロー、停まれよ」

川戸が唸り声を上げた。


セダンは急に猛スピードで逃げようとしていた。



③に続く。






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