俺の愛するロクデナシの駄目悪女を勝手にイイコチャンに仕立てあげないで頂きたい

マキナ

悪魔め!俺だけの悪女を返せ!

「なあ、もう十分金持ちの生活は堪能しただろ?ああ、それともあれか?男侍らせていい気になりたかっただけか?まあ、どっちでもいいが。――いい加減、俺だけの悪女を返せって言ってんだ、気持ち悪い悪魔め」


 その身体から出ていけ!

 吐き捨てるように言葉を投げて詰め寄れば、直接ぶん殴るよりもでかい衝撃が、俺の目の前の幼馴染……いいや、幼馴染の見た目を借りただけのどうしようもないゲス女を襲っているのが分かる。目を見開いて、陸に打ち上げられた魚のようにはくはくと口を開いては閉じる様を見て、ようやく俺は言ってやれる。してやったり、ざまぁみやがれ、と。心の底からの憎しみを込めて。


「なんで、どうして、私、いいこになったじゃない。いいこで、いたじゃない、」

「俺の知ってるクソボケ主人は、どんなに心がイカれても絶対にイイコチャンなんぞにはならねえってことを知ってるからだ」


 とっととその身体を借りたつけを返せ、

 俺だけの馬鹿女を返せ、

 屑でゲスでやることなすことゴミみてーな女で何やっても駄目で取り柄が顔くらいしかねえ本当にどうしようもねえ最低の悪女でも、愛する人間はここにいるんだよ!


「出ていけ!そんで、お前も目を覚ませ!エリザ!!贅沢しまくって嫌な奴はいじめ倒して好きなことだけやって生きたいんだろお前は!!」


 ――その人生の全部を、気味の悪ぃ存在に奪われていいってのか!


 言い尽くした。言ってやった。今の姿はお前じゃないと、その身体にとりつく何かの全てを拒絶して。ただ、その意識の下で眠っているだろうあいつを叩き起こす為に、ありったけの思いを込めて。


「い、いや、あ、っ――――!せっかく、せっかく、この、からだで、やりなおせると、おもったの、に、ーーーー!!!!」


 幼馴染のかたちを取っていた悪魔が、急激に苦しむ。まるで、抜け出ていきそうな魂を必死におさえるかのように、自らで両肩を抱いて。

 断末魔、一際苦しげな声を上げたその身体は。数秒後、ぐ、と息を止めて床に落ちていく。

 エリザ、と名を叫んだ。

 エリザ、エリザ、エリザ、ぐったりとした身体を急いで抱き留めれば、死人の冷たさに近付く最中のような体温を感じる。死ぬんじゃねえ、生きろ。訳のわからない気持ち悪い悪魔に精神乗っ取られて、元の自分取り戻す前にこんなところで死んでいいわけが無いだろう!

 医者の手配を!金なら幾らでも積め!エリザの身体を抱き締め、ベッドに誘った直後に俺は叫んだ。いらない。こいつ以外の命なんて、俺はいらない。それだけの為なら、この時だけ恥を捨てて神に祈ってやってもいい。


「………………う、るさい、わよ、…………もう一回、わたしを、葬り去る気、?」


 たかが使用人の分際で、


 青白い顔をしたまま、一丁前に減らず口をたたくその掠れた声が。いつもいつも、俺を罵る為の語尾をつけていた。

 実に、数ヵ月ぶりに、「本物のエリザ」が戻ってきたことを教える出来事であった。


 ◆


 エリザ・アムールと言う俺の幼馴染は、昔から俺の家系が仕えている貴族の令嬢だった。代々アムール家に仕えるのは、大昔に深交を結んでからと言うもの、俺が産まれたリベラ家だけと決まっていて。そこからは将来なんて一本道だ、アムールに仕える使用人として一生を終える為の努力が始まる。

 例に漏れず、俺も幼い頃に同年で産まれたエリザと引き合わされ、「エリザ様はお前が命を賭けて守るべき御主人様になるんだよ」と紹介を受けた。そうして十数年経った今、俺、ジアド・リベラはエリザ専用の執事としてアムール邸で働きながら日々エリザの世話を焼いている、のだが。


 この幼馴染、クソ程性格が悪く、いつまで経っても子供のような自由奔放さを持つ相当面倒な人間だった。


 アムールの四姉妹の末っ子、それがエリザのポジションであったが……上のおしとやかで優秀な三人と違い、エリザはどうしようも無いくらいに圧倒的なトラブルメーカーで。

 あまりの自分勝手ぶりに、エリザについた使用人はすぐ堪忍袋を爆発させてどこかへ行ってしまう程だ。普通、同年代の未熟な執事が常に主人に付き添うなど極めて稀だと思うのだが、エリザに何でも言えてついていけるのが俺以外に存在しなかったからこそ、エリザの横にいるのはいつの間にか俺だけになっていた。


 伯爵令嬢という自覚が全く無く、我儘をいつでも貫き通しては他人に迷惑をかけ。しかもそれを反省すらしない、浪費癖は激しいわ気に入らない人間がいれば権力を使っていびり倒していじめ、口から出るのは自画自賛の言葉だけ。あまりの行動に、アムールの親が平謝りしたり姉が平謝りしたり、他人に責任を取らせることが常となっていたエリザはそれでもなお愚か故に反省もしなかった。


 皆が皆、思っていることだろう。いつかこいつに天罰下れ、と。俺だっていつでも「いつか自分に跳ね返ってくるぞ」とエリザの頭をはたきながら言ったこともある。それでも彼女は、自分勝手に生きることをやめようとはしなかった。


 エリザは、愚かしい女だと思う。顔の良さが辛うじて唯一の取り柄だと言うのに、それ以外のクソな要素が顔の良ささえも覆い隠して捨てているレベルで彼女の性格は悪かった。彼女の通う学園でも、「悪女」と呼ばれてドン引かれる程度には。放っておけば孤独になるのがひどく上手な天才だ、敵を作る秀才でもある。


 そんなどうしようもない女だったからこそ、俺はエリザに惚れてしまった。


 執事と主人の垣根を越える感情に全く罪悪感無く、いつかこの馬鹿悪女を俺だけのものにしてやれたらどれほどいいかとまで考えるくらいに。多分、本質的に俺とエリザが似ていることを感じ取った故の本能だったのだと思う。この女を俺が放置しておいたら、一般常識も知らぬまま一人で野垂れ死ぬことも目に見えて理解出来たからこそ、「こいつは俺がいないと」という御多分にも漏れず自惚れた兆しこそが、全てのきっかけだった。

 クズはクズとしか結ばれない、というやつだろう。事実、俺はエリザの行動を諌めはしたものの止めることなど一切しなかった。平民上がりが私に生意気を言ったから舞踏会用のドレスをびりびりにしてやったわ!とふんぞり返り自慢げに語るエリザを前にしても「はいはいよかったな」としか言わない執事失格の男である。まあ、ぶっちゃけた話エリザは自分の行動を全て肯定するだけでもわかりやすいくらいに喜ぶからというのもある。勿論ほぼエリザの自業自得なのだが、他人に否定されながら生きているせいでちょっとでも受け入れて貰うと更に調子に乗る特性があって。

 エリザは、俺のようなイエスマンがたった一人隣にいたことで、誰からも嫌われているような性質だと言うのに悪いところを改善することも無く自己を保ち続けていた。この救いようの無い手遅れ令嬢に仕え続けるのは俺くらい図太くないと無理だろう、どうせ誰もエリザに見向きもしないのだから。


 執事として、惚れてしまった男として、どんなことをやったとしてもエリザを受け入れる。エリザのただひとつの居場所になれるように。……そんな覚悟でもって働くなんて、誰にも出来やしない。だからきっとこの先も、それがずっと続くのだと思っていた。洒落にならないことをしでかしたとしても、一緒に逃げてやる覚悟だってとうに出来ていたから。

 エリザの隣にいるのは、いつだって俺だけだと、そうして自惚れていた。


 そんなエリザにも、俺にも、天罰がまとめて下ったのだろうか。


 政略結婚の為だけにエリザと婚姻関係を結んでいた男から、婚約破棄を叩きつけられたのだ。ここまでは予想の範囲なので全くいい、そもそもいいとこのお坊っちゃんがこのセルフ災害女と付き合えるだけの根性も何も無いのは分かっていたし、よしんば奇跡的に付き合えたとしても将来的には俺がエリザを奪うから大丈夫だと思っていた。

 ただ少しばかりまずかったのが、そいつがエリザの悪行をここぞとばかりにばらまいて、平然と別の女を速攻で婚約者にしたことだ。勿論アムール家とそこの家は両者大慌て、既にばらまかれた悪行に関してはまあ実際やったことだし嘘でも無いから別にいいですと、こちらの責任だとアムールがすんなり受け入れて謝罪を向こうに送った。火種が更に燃え上がったのは、意外や意外、元婚約者の家の方で。

 勝手に婚約破棄した上に貴族界の常識も全く知らない平民上がりの学園の生徒を嫁にすると言い始めたその男に、お前はこの家の未来を潰しかけたのがまだ分かってないのかと両親が大激怒状態。アムールは金と優しさと顔の良さだけなら腐る程ある家、婚約により関係を濃密にすればどれくらいの得があるのか、貴族界隈では有名で。

 自らアホを犯した元婚約者の空いた席を、通常なら誰もが欲しがり椅子取り合戦になる、のだが。悪行三昧の暴露により、幾らアムールの末娘でもこれだけひどいのはちょっと……と、婚約に拘る元婚約者の親族とはまた違った意見ばかり出て面白かった。俺としては本当に、エリザの婚約者枠がいなくなることを万々歳で喜んだ。騒動は結構広がった為、このまま一緒にお家追放されようと画策していた最中に、とある事件は起こる。


 ――突如、エリザの性格が急変したのだ。それこそ、何かに憑りつかれたかのような不気味さで。


 使えない筈だった敬語しか使えなくなり、長い時間かけてセットしていた複雑な髪型もストレートだけにされることが多くなり、髪を染めることもしなくなった。花壇に花あれば躊躇無く折り、あらこれ可愛いわねと言った後そのへんにポイ捨てしたりしなくなったし、蟻の巣の上でひたすら水を流したりするヤバイ遊びもしなくなった。

 それどころか花壇に水をやるようになるわ、飯の際もきちんとフォークもナイフも使うようになるわ、何より真面目に勉強しはじめて即学園一位になるわ。暴虐で自分以外は無知女と罵られていたエリザが、白百合の姫だなんてゲロを吐きそうなほど似合わないあだ名をつけられるまで時間がかからなかった。


 皆が皆、最初はパフォーマンスだと思った。しかし継続するその姿を、皆して受け入れていったのだ。

 エリザもようやくまともになった、反省した、心を改められることは良いことだと口を揃えて言う中で。ただ一人、俺だけが。エリザの気が狂い続けていると思ったのだ。


『わたしはわたしよ!誰の思い通りにもならないわ!誰かにあわせるなんて面倒だし嫌よ、皆がわたしにあわせてくれればそれでいいのに、皆バカだからしてくれないのよね』


 ……なんて、誇らしそうにほざいていた知能無し馬鹿ヌケミソ悪女が、こんな高等なパフォーマンス出来るわけが無い。

 信じられないことに、エリザの揺らぐことない愚かさだけを強烈に信じていた俺だけが、後に真実に気付くことが出来たのだ。


 悪魔憑き、


 民間の伝承と言われればそれでしまいだが、それでもどう考えてもそうとしか考えられなかった。あまりにも、エリザの様子が急に狂い始めたから。

 あれは、あの女は、エリザでは無い。性格が穏和になったことでか、彼女を避けていた男が一斉にわらわらと寄る中。ただ一人俺だけが、本物のエリザの為だけに動いていた。接触の頻度はそのままに、気持ち悪くなったエリザに貼り付いたまま証拠を集める生活がそれから始まって。


 数か月、ちまちまと集めた証拠はようやく今日。悪魔を追い出す証明となったのだ。


 出るわ出るわ、傍遣え執事特権としてエリザの部屋を掃除した際に証拠が取れて。吐き気を催しそうではあったが、様変わりした様子のエリザにもめげずにいい顔を振りまいておけば簡単に信用されたからこそ出来た芸当だと俺は思う。…本当のエリザは、俺が無理矢理掃除しようとすると「やめろー!やめなさいよー!」と、いつも汚くしてしまう部屋を恥じる心はかろうじてあるらしく…強引に掃除を始める俺の足元にくっついて引きずられながら自らもモップ代わりになっていたと言うのに。こんなにも簡単に部屋の掃除を許すものだから、あまりに別物になってしまったと理解させるには十分すぎた。


 まず、見たことも無い文字が書かれた真新しい日記帳が、エリザの机から出てきた。この部屋に出入りするのは俺とエリザだけ、掃除もマメにこなしている為新しいこの日記帳はエリザの気が狂ってからの物だと確信した。当然筆跡も違うし、見たことも無い異国語の為見ても意味が分からん。ただ、見たままの文字をここに写すとしたら「馬鹿な悪役令嬢に乗り移れたので、この日記を依り代にしておく。攻略対象との接触が楽しみだ」などと書かれていた文面に寒気が走ったのを覚えている。しきりに「乙女ゲームみたいだ」などと意味の分からないことを呟いている姿も見られ、何の罪悪感も無く俺のエリザの身体を乗っ取りしておいて反省の様子も無い様に静かに怒りを燃やしていたのは当然。

 その後は調査探偵を雇ったり、身近でもエリザが捨てる筈もない物を廃棄していたのを集めたり、エリザと過去の発言と矛盾する発言を逃さないよう盗聴したりすれば違和感しか無くて。そして、極めつけには悪魔祓いとして有名な神父に依頼して山ほど集まった証拠を見てもらえば「間違いなく何かに憑りつかれています」と判断を貰ったことだった。

 この日記を依り代にして書き続けていることで、彼女の身体に留まり続けているのでしょうと。エリザの中にいる得体のしれない物に対して、神父は俺が思った通りの結論を出してくれて。


 そうして、長きにわたり続いた俺だけの奮闘は、ようやっと終わりを告げたのだ。


「エリザお嬢さんよぉ、復帰してから最速で汚部屋にすんじゃねえ!!掃除すんぞ!!」

「いやーー!何でいつもわたしが過ごしやすい部屋にした途端来るのよ!拷問よ拷問!このクソ執事!!」


 ……久方振りに、この部屋が汚くなりまくっているのを見た気がする。本当にエリザは駄目な方向に才能がありすぎて、笑うしかない。

 神父から教わった通り、あの悪魔の日記帳を盗み、燃やしてから真実を突き付ければあれはエリザの身体に留まることも出来なくなって。おぞましい存在がエリザの身体から根刮ぎ消えて、ようやく戻ってきたエリザを助け出してから早数日。ベッド上でぐうたらしまくるエリザの周囲が、かつて見慣れた懐かしいぐちゃぐちゃ具合になっているのを見て呆れると同時に、ようやくこの大変な令嬢が戻ってきたのだと実感した。

 今は大事をとって俺がこの部屋にエリザを軟禁している状態なのだが、強制しているわけでは無い。本人が悪魔にとりつかれていた間のなんやかや生まれた誤解を一々取り繕うのが面倒だから、という理由で「しばらく部屋から出るなよ」という俺の言葉に「面倒な対応全部任せたわよジアド」と放って。それから自室で菓子を食べたり寝ながら本を読んだりいつの間に入れたのか猫や犬と遊んだり、教科書の端っこを使ってぱらぱらと動く絵に挑戦してみたりとまあ俺の苦労も知ってか知らいでか、本当に堂々と本物らしさを謳歌していた。


 エリザが倒れたという噂を聞きつけ、悪魔に身体を乗っ取られてからのエリザを好きになったクソ男共がこぞってポイント稼ぎに来もしたが、そこで待ってたのはもう笑劇と言わんばかりの展開である。

 汚部屋の主として中心に居座り、敬語も一切使わず穏和どころかキツい口調で生意気な悪女に戻っていたエリザを見て、男達は全員絶句していたのを覚えている。何が面白いかって、かつてエリザを振って別の女をめとったあの元婚約者さえも見舞い面子に来ていたことだ。世間一般でいう「素敵な令嬢」になった姿からの元のエリザ、というのは落差が凄すぎて心が死ぬだろうなとは思ってた。俺はそんな様子を見て爆笑していたが。

 エリザがイイコチャンになった途端、婚約をー!婚約をー!なんて言い始めた馬鹿男共が現実の厳しさにようやく目を向けて、婚約申請を破棄する流れはあまりに素晴らしい様式美。エリザが元に戻った、と言うことが周囲にばれてからはそいつら全員「あのエリザに婚約を申し出た性癖がヤベー奴」扱いされて過ごすに違いないと思う。笑う。


「ジアド、何か面白いこと今日はやって無いの?無いならあいつ連れてきてまたわたしの目の前でぶん殴ってくれない?あれ程爆笑したの久しぶりだから癖になりそうなのよね」

「多分あいつが逃げ回ってるから捕まらんぞ」

「ちぇー、何よ。わたしみたいな女神と婚約破棄した癖に、おぞましい悪魔にとりつかれた途端「よりを戻そほほほほ~ん」なんて鼻の下伸ばしながらエロい目で見てきたくせに、ジアドのサンドバッグになる覚悟も無いのね」


 あいつ、とは勿論エリザを捨てた元婚約者の男のことである。あれも他の愚かな男と同様で、見せかけの優しさに簡単に騙され、悪魔が憑いたエリザに惚れ直したなどとほざきながら口説いていたのを見たことがある。悪魔も満更では無さそうだったのが本当に吐き気がした。

 あれも本当に単純な男で、元に戻ったエリザを見舞いに来た時呆然としながら「僕を騙していたんだな!信じた僕が馬鹿だった、やはり婚約を破棄しておいて正解だった!」などと言うものだから、エリザが言葉を出す前に暴力的制裁を持ってこいつの口を今すぐ黙らせてしまおうと思い立ったが一秒。俺のエリザを否定する言葉に苛ついた為、思いきりその横面を、わざと数個指輪をはめた手でぶん殴ってやったのだ。

 

 正直、ぶん殴って追い返したのは元婚約者だけではない。ほとんどの男を鉄拳制裁した。

 悪女がイイコチャンになったからと言ってすぐに「実は惚れていた」だの「君を見直した」だの手の平返したように言い始める男は皆生きる価値も無いクソゴミだ。駄目な奴がイイコチャンになったからと言って過剰に褒めて持ち上げるなんてことをする人間は何もかもわかっていない、イイコチャンになるのは「極めて普通」のことなのだ。誰もがそうあれるよう努力をしていると言うのに。世間はやたらと、悪者から善人になった者だけを称え、普段から善人でいることを怠らない人間を無視することが多い。逆に言えば、そのイイコチャンになれもしないしなる気も無いエリザは嫌われることも多いのが当然だが、振り切れまくった個性のひとつである。

 ……悪魔に憑かれてからというもの、その心までは完全に乗っ取られていなかったらしいエリザは悪魔の思惑を覗き見れたとも言っていた。何でも、あの悪魔は異界で既に死んだ魂であり、そこの神にまだ生きていたいと懇願した結果、願いを叶えて貰ったのだとか。……こちらの世界のエリザの身体に、憑依し転生する形で。死ぬなら潔く死んでおけばいいと言うのに、全くいい迷惑だ。そっちの神もそっちの神であまりに頭が悪すぎるだろう、既に自分の人生を生きているエリザを、「まあ、こいつ悪女だしな、人生奪ってもいいだろ」なんてほざくのであればその神の横っ面も念入りに叩いて腫れさせてやるぞ、俺は。


 悪魔は、エリザのことを「悪役令嬢」という言葉で認識し、最初からドン底の悪女なら周りの男はちょっといい面を見せるだけで勝手に持ち上げてくれるだろうという傲慢さも持っていたらしく。結果本当にその通りことが運んだのだから、作戦としては間違っていない。ただ、俺に追い出されるまでは、俺のことを一番愛している枠にいれていたのだとか。それを聞かされた時の感情は、本当にただの地獄であったことを記しておこう。


「ジアド!髪結んで!!こことこことここ、三つ編みにして、ここで止めてこう!こう、可愛くなるやつ!」

「はいはい、わかりましたよ。時間クソかかる奴ですからあんま頭動かさないでくださいよ、お嬢」


 ジアドいると髪結い師も雇わなくて済むから楽チンねー、なんて鼻唄しながら本を読み始めるエリザに。そりゃあ、どんな男も近寄れないよう、俺一人だけでエリザの全ての面倒が見れるように鬼のような努力をしているからとは言ってやらない。


 クズな悪女には、クズな従者。イイコチャンや王子様なんて存在は、全く必要無いのだ。それを死ぬまでに俺がこの全身全霊でもって簡単に証明してみせると誓おう。



「あ、そういやお嬢。来週からしばらく俺達二人だけでリーゼン区の別荘で暮らすことになりましたからね。とっとと荷物まとめる準備もしといてくださいよ、手伝いますから」

「……!!?ハ!?何よそれ!!?なんで!!何でよりにもよってあんなクソド田舎地方の別荘に!?」

「ったりまえでしょうが。連続婚約破棄記録更新しすぎたせいでお嬢のお父様が泡ふいて倒れたんですよ。それに加えてまーたあんたの評判クソ悪くなってるんで、ほとぼりが冷めるまで二人で逃げておきますつってアムールの皆さんにはもう承諾得てるんですよ。アムールおんだされても少しは生きていけるように一緒に経験積んでいきましょうや、あんた、俺以外にとっては毒薬が過ぎるんです」


 まあ、何があっても俺だけは絶対に離れないんで、と。驚愕しているエリザの髪を弄りながら平然と呟いた。

 意味わかんない、と愚痴をこぼすエリザが。でも、ジアドなら何でもしてくれるしいいか、と簡単に受け入れてくれたのを見て。今日のおやつは少し豪勢にして作ろうと思った。




 自分勝手な令嬢は、これから先も自分勝手にしか生きないだろう。それにぴったりついていけるのは、やはり同じように自分勝手過ぎる俺だけだと、今日も感じる。

 これから将来何が起きようが、事件になろうが、俺はエリザの生き方の全てを無条件で受け入れて肯定していくだろう。そんな愛の在り方も、悪くは無いに決まっているのだ。


 ジアド気味悪いわよ、と。珍しく笑みを見せ続けている俺にエリザは言う。うるさいですよ、とあしらいながらも、髪を結う手は何を触るよりも優しい手つきになっていたのだった。




===


エリザ・アムール


自己中、自分勝手、自画自讃、駄目、クズ、ゲス、馬鹿、非常識でどうしようもない要素ばかり持っている悪女。いいのはハッキリ物を言いすぎる性格と顔くらいのもの。

異世界から来た転生者にしばらく魂を乗っ取られてイイコチャンにさせられていた。なんておぞましいの!

身近なエキサイトファイティングヤンデレバトラーの元気に歪んだ愛情表現と性癖にいつかは気付く筈。



ジアド・リベラ


パワフルなヤンデレ眼鏡男。パワフルすぎて最早ヤンデレと言う枠には当てはまらないニュータイプヤンデレ暴言執事。

悪女の性格が変わった程度ですぐ言い寄ってくる脳味噌お砂糖野郎が本当に嫌い。

エリザは俺だけのもの、という妄信的な愛情を抱えている。そりゃエリザにとりついた転生者も負ける。



悪魔


異世界からの転生者。頭の軽い神にエリザの身体を与えられ、憑依させてもらった。

エリザの記憶を辿り、彼女が所謂悪役令嬢のポジションにいると知ってからは生き延びる為にイイコチャンを演じて皆から持ち上げられ、地盤を固めていた。

まあ、傍遣えの性癖がヤベー執事に魂殺されて強制成仏させられた。憑依という神からの提案を受け入れた方も悪いから仕方ないですね。

ちなみに来世はプランクトンらしい。



元婚約者


これ誰?




勢いと思い付きのメタフィクション的短編でございました。ここまで読んで頂きまことにありがとうございます。

よろしければ、悪役令嬢物の連載作品も書いておりますのでご興味を持っていただけたのなら幸いです。

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俺の愛するロクデナシの駄目悪女を勝手にイイコチャンに仕立てあげないで頂きたい マキナ @ozozrrr

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