Vampire night(7)

 クソオヤジが久々に帰ってきた。何の連絡もなしに急に帰ってきたものだから、玄関を開けて硬直してしまった。


 黒髪黒目。日本人の平均的な顔立ち。中肉中背。そしてめちゃくちゃなハーレム野郎。早く刺されろ。


「よぉ、お帰り。身長伸びたな〜!で、彼女の1人でも出来たか?ん?」


「うるっさいわ!なんで急に––––––」


 言いかけてクソオヤジの後ろに隠れている女の子を見つけた。


 シャツの裾を握って不安な眼差しで見つめてくる深紅の瞳。白銀の髪と雪のように真っ白な肌。


「おいおい、久々に会った父親ほったらかして見惚れてんじゃねぇよ。スッケベ〜」


 眉間を人差し指でくいっと押される。


「ち、ちげーよ。そんなんじゃねぇし」


 否定はするものの、完全に僕の視線は目の前の少女に吸い込まれていた。


「ほら」とクソオヤジに促されると、彼女はおずおずと前に出る。


「魅、夜、いい、ます。よろ、しく、お願い、です」


 不器用な日本語。頬を赤らめて服の裾をぎゅっと握って緊張していた。


 1年前、お前の妹だと言われた。クソオヤジが連れてきた女の子。


 クソオヤジと散々口論を繰り返すがどこ吹く風。翌朝にはもういなくなっていた。僕と魅夜は家に取り残され一緒に暮らすことが決まった。


 思えばこの少女も被害者だ。急に日本に連れてこられて慣れない環境で不安に違いなかった。


「えーっと......よろしく。僕のことはなんとでも呼んでいいから」


「はい。......おにい、ちゃん。呼ぶ、です!」


 そう言ってニコッと笑う。


 初めての呼ばれ方にドキリ、と胸が高鳴った。


 それから魅夜は中学に通いながら家事全般をやってくれた。作った料理を褒めると喜んで、頭を撫でるとくすぐったそうに笑った。


 それから1年。


 気づいたら僕たちは家族になっていた。



 ※※※



 ––––––夢を見た。


 懐かしい夢だった。


 目を開くと、真っ暗の空に小さな星がキラキラと瞬いている。


 視界の端で電灯がチカチカと地面を照らし、小さな虫がその周りを飛び交っている。


 ぼーっとした頭で体を起こそうとするが動けない。


「ん?あれっ......」


 鎖が体にグルグル巻き付けられている。


 首だけ動かすと、ベンチの上。さっき横切った公園だろう。


「ん。起きた。おはよー」


 後頭部の方から抑揚のない声。


 背筋にぐっと力を入れて体を反らせると、黒みがかった臙脂色の髪で右目を隠したショートカットの女の子がこちらを見つめていた。


 頭をぶつけたのか頻りにさすっている。


「えー......っと、解いてはもらえないかな?」


「ん。だめ」


 短く答えると、金属の擦れる音とともに鎖が締まる。


「ぎっ......?!?!」


「自己紹介。わたしはくすのき メアリ」


 自己紹介より先に鎖をほどけ!と言うより先に土手っ腹にドスン、と衝撃。


「ぐえっ」


「アタシはくすのき アメリ。さっきはよくもやってくれたなクソ野郎」


 僕の腹にどっしり腰を据え、蔑んだ視線を向けてくるセミロングの–––楠 アメリ。


「......おっぱいはダメで尻はいいのかよ」


 精一杯の軽口で抵抗。


「......っ!」


 僕の顔と腰掛けた位置を数回見比べて。バッと立ち上がる。


「あ、あああああアンタ!この場に及んでばっかじゃないの?!変態!痴漢!女の敵!!!」


 数歩後ずさって胸と臀部を手で隠している。怒りと羞恥で顔が真っ赤だ。

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