STAND BY ME(5)

 朝。


 昨日のことを振り返りながら電車に揺られている。サラリーマン、OL、おばあちゃん、おじいちゃん、キャアキャアと談笑する女学生、本を読むメガネを掛けた男子学生。


 通学、通勤ラッシュで電車は混み合っている。駅に止まる度に人は何度も入れ替わる。

 沢山の人、人、人。


 思い浮かべるのはエルフさん。


 最初、転校してきたと聞いたときはテンション上がって浮き足立っていた。


 流星の如く現れた新進気鋭の女優。ドラマの終了と同時に引退を発表した謎の金髪碧眼の美少女。


 今も勿論、美人だし可愛いとも思うけれど基本冷たいし、いじられるとそれは良いリアクションをとってくれる。


 彼女の色々な表情を見れるのも、僕が秘密を知っていて、尚且つ、同じ部活だということがあるだろう。


(いつのまにか当たり前になってたんだなあ......)


 贅沢な話だ、と思う。そして、文芸部での日常がとても大事なものになっているのだと気付かされる。


(僕はどうしたいんだろうか......)


 そんなことが頭の中をぐるぐる回って、あーでもない、こーでもないと考えているうちに学園に着いてしまった。



 ※※※



 この日、エルフさんは文芸部に姿を現さなかった。部室には僕と色香さんの2人だけ。ペラペラと紙をめくる音だけ反響している。


「......どうかしたのかしら?」


 不意に話しかけられて肩がびくっと反応する。


 色香さんは顔にかかった黒髪を耳にかけて微笑む。


「え、まさか色香さんは人の心を読めたりするの...?」


「読めなくてもわかりますわ。そんな浮かない顔をして、らしくないですわよ」


 パタン、と文庫本を閉じて立ち上がるとお茶の準備をしてくれている。


「僕、そんなわかりやすいかな?」


「分かり易すぎですわ。いつもなら本を読みながらチラチラとわたくしの脚や胸を見てくるじゃないですか」


 ぶっふぉあっ


 バレていた。バレていた。バレていた。


 思春期男子にこの宣言はダメージ半端ない。


 普通はそこに嫌悪感を抱きそうなものだが、色香さんは絶望の表情を浮かべてる僕を見てころころと笑っている。


「それで、どうかしたのかしら?ハセガワくんがそんな感じだとわたくしも気になって夜も眠れませんわ」


 2度目の問い。


 いつもの調子の色香さんに少しだけ安心する。


 目の前に淹れてくれたばかりのお茶が置かれ、色香さんも隣に腰掛けた。


 優しい笑みを浮かべながら覗き込んでくる。有無を言わせないといったところだろうか。僕はこの笑みから逃げられた覚えはない。


「実は––––––」


 ゲロってしまった。


【エルフ】の話は除いて、エルフさんの置かれた状況や僕のとった行動。僕はどうしたらいいのか、何もしなくていいのか、ぶっちゃけ迷走していること。


 特にストーカーしてしまった件についてはとてもとても厳しい目を向けられたが最後まで黙って話を聞いてくれた。


「はぁ......」と一つ溜息をつく色香さん。


「結論から言ってしまえば、ハセガワくんは何もしなくていいと思いますわ。貴方には何も出来ない」


 何も出来ない。


 そう告げられて、頭の中が真っ白になる。


 どこかで期待していたのだ。色香さんはきっと優しい言葉をかけてくれる。味方になってくれるなんて、そんな都合の良いことを考えていたのだ。


 きっと僕は間抜けな顔をしているだろう。わざわざ鏡を見なくてもわかる。


「あ...えっと...ぅぁ...」


 何かを言わなきゃいけない。口に出そうとすれば言葉にならずに泡のように消えていく。


「ハセガワくんはきっとヒーロー願望のようなものがあるのね。


 エルフちゃんは弱くなんてないわ。助けたいなんて考えてるんだろうけど、


 もしわたくしが助けたいなんて考えてる輩に助けられたら、恥ずかしくて死んでしまいそう」


 声は氷点下と言えるほど冷たいのに、顔は笑っている。言い知れぬ怖さがこの人にはあるのだと思い知らされた。




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