秘密のエルフさん(終)

 それから期末考査を明けて久々の部活。


 お馴染みの文芸部室には終始ほくほく顔の色香さん、顔を真っ赤にしたエルフさんと額に汗を浮かべる僕でなんともいえない空気が流れていた。


「これはどういうことですか色香さんっ?!」


 荒ぶるエルフさんが勢いよく立ち上がる。


 頬に手を当てて笑顔を崩さない色香さん。


「さて、それでは原稿用紙を読み上げていただきましょうか?」


 顔を真っ赤にしたエルフさんなど知らないと言わんが如く何事もないように進行する色香さん。


 ハート強っ!エルフさん中々の剣幕よ?


「読みあげっ?!?!」


 顔が沸騰しそうなんだけど、大丈夫なんだろうか......


「では、さっそくエルフちゃんからお願いしますわっ。その可愛いお口からどうぞどんな本を読んだか教えてくださいませ」


「こ、こ、こ、こんなもの読めるかぁああああ!?ぅゎぁあああああああああんっ!?」


 煽るなあ色香さん。


 持ってきていた原稿用紙を放り投げ、文芸部からエルフさんは去っていった。


 落ちた原稿用紙を拾い上げると律儀に最後の行まで感想が敷き詰められていた。


 どうやら彼女が読んだのは官能小説だったらしい。官能小説の内容に僅かに触れながらもほとんどは色香さんへの意見、というか怒りであった。


 エルフさんが官能小説を最後まで読んだのかと思うと、あれだね、うん、とっても興奮します。


「しかしあれだね、色香さんはだいぶエルフさんと馴染んできたよね」


 エルフさんが転校してきて数ヶ月。彼女の噂は良いものもあるが悪いものも少なくない。


 『冷血』だの、『人嫌い』だの、『女王様』だの。


 こういう光景を見るとそんなものとは程遠く感じるが、たまに僕といるときに感じる氷河期的な雰囲気が彼女のベースなのだろうな、と噂と比較してみたりする。


 でも、それは噂通りということではなく単に人との距離感を測るのが苦手で少し不器用なんだと僕は思う。


 だってエルフさんは冷たいことは言ったとしても、決して人を陥れるようなことは言わないのだから。


「ふふふっそうね。エルフちゃんたら恥ずかしがってる表情かおがとっても可愛いの。わたくし、好きな人にはいじわるしたくなっちゃうの」


 ちょっと。そんなふうにニヤニヤしてこっち見ないで。勘違いしちゃうから。


「えーっと、それじゃあ回し読みはエルフさんも居ないし、今回はここまでってことで」


「あら、それならわたくしの本を貸しますわよ?」


 怪しい笑みを浮かべてこちらを覗き込んでくる。


 これはご褒美と捉えるべきか。しかし、この人のことだ。容赦なしにセクハラ文章をエルフさん、色香さんの前で読み上げることを強制するだろう。


 社会的に死ねる。最近、どんどんハードになってきてるから録音されて弱み握られるまである。


「あっ!今日は魅夜みやと待ち合わせしてるんだった!夕飯の買い出しに行かないと!それじゃっ」


「あぁんっ!ちょっとぉっ!」


 色香さんの静止も聞かずに駆け抜ける。


 逃げるが勝ち。素晴らしい名言だ。偉大な先人もいたものだね。

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