転校生と文芸部(3)
人気恋愛ドラマに抜擢された新人の女優。
森野エルフはその一作を最初で最後の作品として芸能界を引退した。
鮮烈なデビューと突如の引退は彼女の存在をより印象付けた。
『森野エルフが転校してくるんだよ!!3年のクラスに今日!これから!』
コバヤシのその発言から早くも1ヶ月が経っていた。
......1ヶ月も経っていた。
急遽自習になってクラスメイトは自主学習を始めるが、雑談の声もチラホラ。
プリントを終えたコバヤシがこちらに振り返る。
「それで?はせやんは何もしなくてもいいワケ?」
ジト目のコバヤシに何も言い返せないまま視線をそらす。
「な、何もって...何をすればいいっていうのさ」
主語がなくても察しぐらいついた。
この1ヶ月の間に僕は何もしていない。話しかけることも、会いに行くことさえしていない。
転校直後から彼女の周りに人が尽きることはない。
......そりゃそうだ。あの森野エルフが転校してきたので騒ぎにならないほうがどうかしている。
僕だってファンだもの。会いに行きたいお喋りしたいに決まっている。
でも僕のチキンハートが君には早いよ?と告げてくるのだ。要は恥ずかしいのだ。
「子供じゃねぇんだから、軽く挨拶ぐらいしてくりゃいいじゃん。あと顔赤くしてもキモいぞ高2男子」
ち、ちくせう。
何も言い返せない。
別に恋人になってお互い社会人になったら結婚したいとか、子供は2人ほしいとか、おじいさんとおばあさんになっても手を繋いで歩きたいとか考えてない。......考えてないぞ。
「ぼ、僕は軽くとかは無理なんだよ。話しかけちゃって好きになっちゃったらどうするの?思い余ってこ、こ、告白とかしちゃったら僕は...ぅゎわわわ」
「いや、別にすればいいんじゃね?告白」
この男、軽く言ってくれる。コバヤシは僕の家庭の事情をというか、クソオヤジの事情を知っているくせにこういうことを言ってくる。
クソオヤジはハーレムを作れと言ってくるが、僕はそれに反発している。
生涯愛する人は1人だけと決めているのだ。初恋=結婚の方程式だ。
つまり、好きになったら僕はその人に全て捧ぐ覚悟である。
可能性の低い恋に身を投じてしまう余裕が僕にはないのだ。
「しないよ、絶対。好きにも...ならない」
好きになるとかならないとか以前ならそんな会話はこれまで発生しようもなかった。それはこれまでテレビの向こうの存在だったからなわけだけど。
実際、森野エルフは告白されまくっている。それだけ身近な存在になっている。なってしまっている。たちが悪い。
「はぁ...」とコバヤシはため息をつくと教室からグラウンドへと視線を移す。
視線の先にはグラウンドを走る森野エルフ。
「まあ、事情は知ってるけどさ。もうちょっと気楽にっつうか。大袈裟っつうか。思いが重いよなお前」
「うぅ......言わないでくれ」
ほんとに極端だな、と自分でも思う。
コバヤシに倣って視線をグラウンドに移すと森野エルフ。
なめらかな脚線美に果実のような臀部。きゅっとくびれた腰。儚げな両肩の間からは細い首、その上にちょこんと乗った小さな顔。
走るたびに風に靡く輝く薄金色の髪。肌は白磁のように白い。そして、意志のこもったつり目がちな蒼い瞳は海の色のように深い。
汗で髪が張り付いて、なんだかエロい。
現実感がない。視線の先にちゃんといるはずなのに。
彼女を見ているとまるで自分もまるで物語の中に入ってしまったかのようだ。
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