転校生と文芸部(1)
春の匂い。
新たに芽吹いた花や草木の匂いが柔らかな風に乗って鼻腔をくすぐり自然と頬が緩むのを感じる。
1年通い続けた通学路。去年は新入生として期待や不安で胸がいっぱいになりながらこの道を歩いていた。
僕の通う学園は県内で最も生徒数が多く、学力優秀な生徒が集まる名門校だ。
以前は自宅に近い取り立ててなんの取り柄もない公立中学に通っていた。
中学では僕の悪評というか噂というか偏見というか。そんなものに塗れていた為に満足する生活は出来なかった。
だから、電車やバスを乗り継ぎ片道2時間かけて僕を誰もしらない学園へと進学を決めたのだ。決めたはずなのだが......
「よっ!はせや〜ん!」
僕をはせやんと呼んで肩を組むこの男はコバヤシという。
髪を暗めのブラウンに染めて、片目が隠れるくらいの長髪。襟足は短く、所謂、前下がりの髪型。切れ長の目が特徴で、大半の女子が彼をイケメンと評するだろう。
羨ましくなんてないぞぅ......
「おはよう、コバヤシ。ところで例のアレ持ってきてくれた?」
「おう、勿論だぜ。」
そう言ってコバヤシが取り出したのは一冊の写真集。表紙で金髪碧眼の美少女がこちらを見てはにかんでいる。
––––––森野エルフ
1年前、人気恋愛小説がドラマ化された。
放映前から多くの期待が寄せられていた作品で、そのヒロインを演じた女の子。
原作ヒロインがハーフ尚且つ美少女設定でその設定を活かした描写に定評があった為にヒロインに誰が選ばれるのかネット上でも話題になった。
あれやこれやと予想が飛び交う中、そのヒロインの座を射止めたのが、まさかのド新人の森野エルフその人だった。
放映開始からしばらくはネット上では森野エルフ一色になった。
類まれな容姿に加え、心配されていた演技力も見るものを魅了し、最終回なんて涙を流さずには見られなかった。
そんな彼女の最初で最後の写真集。書店では売り切れが続出し、いずれは増版されるだろうが充実するまでは少し時間がかかるだろう。
僕も買おうと書店に赴いたが、買えずに咽び泣いたファンの1人だ。その点、コバヤシは凄まじい競争を勝ち抜いた勇者であった。
「うわあ!ありがとう!ありがとう!ありがとうコバヤシ!森野エルフやっぱり可愛いなあ」
ふにゃりと顔が緩むのを抑えられない。この世の人とは思えないくらいの美少女。きっと美しい容姿と同じくらい心も美しいのだろうと夢想する。
「はせやん......顔すげぇことになってんよ」
破顔する僕に乾いた笑いを向けるコバヤシ。
しょうがない。書店で品切れを聞いて絶望の底にいたのだ。それが目の前にあるというのだから嬉しくて仕方がない。
さっそく中を確認したいけれど、もう校門が目の前に迫っている。逸る気持ちを抑えてカバンにしまうと学園へと足を早めた。
早く放課後にならないかなあ!!
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