二章 少年は時をかける
第二章 少年は時をかける①
「うわっ!」
慌てて俺は飛び起きた。辺りを確認すると、そこには薄っすらと見慣れた勉強机や本棚があった。
どうやらそこは自分の部屋のようだった。薄暗い事から考えると、恐らく早朝か。
夢、だったのだろうか。俺はまだ
それとも、日司と会ったあの日から?
俺は頭を振る。日司は確かに不思議で少し現実感の無い女の子だが、あの日からずっと夢だったなんてのは到底信じられない。あるとして、美術館に行った事が夢だったという可能性だ。
かといって美術館の記憶も実感としてはある。だが、しかし、今ここにいる現実を踏まえると、あれは夢だったのだと考えざるおえないだろう。
そこまで考えてふと俺は思った。むしろ今のこの状態が夢なのではないのか、などと。
胡蝶の夢だったか。一体どっちが夢なのか……
「ああもう」
考えてもキリがない。兎に角、起きて色々確認すればいい。今がいつなのか。
いつもこれくらいはっきりとした意識で目を覚ませればいいのに。そんな事を思いながら俺は部屋の電気を付け、勉強机に置いてあった携帯へと手を伸ばす。
焦る気持ちでロック画面を解除し、画面の日付を確認する。
「はあ?」
思わず声を上げてしまった。そして一瞬だけ、これは夢に相違ないと俺は確信した。時、分、秒は問題ない。朝の時間帯ではあったが、美術館に行った事が夢だったとするなら納得も出来るからである。
しかし、日付と西暦はそうもいかなかった。
何故なら、携帯の液晶が表示していた日付と西暦は、約一年前を示していたからである。
携帯の故障か? 携帯の仕組みにてんで詳しくはないが、これは携帯がおかしくなってしまったのだろうか?
居ても立っても居られなくなった俺は、部屋を飛び出して慌てて階段を駆け下りた。一瞬、うっかり足を滑らせて火曜日の時間にでも戻ったりはすまいかと危惧したが、そんな事は起きなかった。
リビングへと俺は駆け込んだ。慌てて入ってきた俺に、親父とお袋は一斉に視線を注ぐ。
「真琴、どうしたのいきなり。まだ遅刻するような時間じゃないと思うけど」
お袋は壁の掛け時計を見ながら言った。時計の針は七時前を指している
「ごめん。それより父さん。新聞見せてくれないか」
「ああ。構わないが」
俺はテーブルの椅子に座っていた父から新聞を受け取る。よくネットでも広告を見かける経済新聞、その上部に印字されている日付に目を走らせる。
「親父。ちょっと変な事聞くけどいいか?」
「なんだ」
「この新聞って、今日の新聞だよな?」
俺がそう言うと、親父は本当に変な事を聞くものだとばかりに眉根を寄せた。
「そうだが。なんだ、昨日の新聞が見たいのか?」
「いや、なんでもない。ありがとう」
「ん? ああ」
首を傾げながら答える親父。
「なあ。ついでにもう一つ聞いていいか?」
「ああ、別に構わんが」
「俺は今高校生、じゃないよな」
「何言ってるの。あんたまだ中学生でしょ。寝ぼけた事言ってないで、顔洗ってらっしゃい」
キッチンにいたお袋が呆れたように言った。
「中学生?」
「高校生になった夢でも見てたの? 受験が近くなって不安なのは分かるけど、一足先に意識だけ高校生になっても、今の真琴が中学生である事には変わりはないのよ」
「あ、ああ。冗談冗談。本気にするなって」
俺は笑って誤魔化すが、親父に続けてお袋まで怪訝な顔をした。
「真琴、あんた大丈夫? 一日くらい休んでも、バチは当たらないわよ」
「気にしなくていいって。本当にやばそうだったらちゃんと相談するから」
「そう? ならいいけど」
顔洗ってくる、俺はそう言ってリビングを出た。
時間が逆戻りしている。最初は携帯の故障を疑ったが、そんな事はなかった。何故なら新聞の日付、そして親父とお袋の発言がそれを裏付けていたからだ。
恐らく原因は、日司の落としたあの鏡だと思われる。あれによって、俺は過去の時間へと跳んだのだ。
「中学校、か」
歯を磨き、顔を洗いながら俺は呟いた。まだ中学卒業から一年は経っていない筈なのに、最早懐かしさすら覚える。
俺はかつての制服に着替え、お袋の用意してくれた朝食をすませると家を出た。無論、中学生らしい俺の行先は高校ではない。かつて通っていた中学校だ。
○
中学校は家から歩いて十五分程度の所にあった。一学年四クラス程度の割と小ぢんまりとした、これといって特徴があるわけではない普通の公立中学校だ。別に大した思い入れがあるわけでもないのに、この校門の前に立った時、俺は妙な懐かしさを覚えてしまった。
さてと校内に入ろうとした時、俺は微妙な背徳感に襲われてしまった。気持ち的にはもう中学生ではないのに、当たり前に入ろうとするのはなんだか悪い事をしている気分になってしまうのだ。
そんな時、俺の背中を叩く者がいた。俺はその主を確かめるために振り返る。
「おはようさん。そんな所で突っ立ってどうした?」
それは岡辺であった。彼は不思議そうな目で俺を見ていた。
「よお。いや、別になんでもない。ちょっと懐かしい気分になっただけだ」
「懐かしい? どういう事だ」
「あーっと、いやなんでもない。そんな事より行こうぜ」
「ああ」
怪訝そうな岡辺。心なしか、少しだけ若く見えるのは、時が遡ってるのを意識しているからなのか。
「しかし、岡辺。お前いつも朝元気そうだよな。なんでなんだ?」
「それなりに規則正しい生活を送っているからじゃないか」
「嘘付けよ。こないだもゲームで二時まで起きてたとか言ってたじゃないか」
「ん、最近そんな事言ったか?」
「まさか覚えてーー」
言いかけて、俺は止めた。そうだ。これは高校の時の記憶だった。今の岡辺が言っているわけがない。またしても失言だ。これ以上、岡辺に余計な詮索をされたくない。そもそも、俺もまだ状況を良く把握出来ていないのだから。
しかし、俺の心配は全くの杞憂だった。何故なら、
「まさか、俺の部屋に監視カメラを」
などと、何を邪推し始めたのか岡辺は腕で体を守るようにしながらそんな事を言い始めたからだ。
「なわけないだろ。気持ち悪いからよせ、ってイタッ」
突然、俺の後頭部に反応するまでもない程に軽い痛みが走った。
俺はその忌々しい悪戯の犯人の顔を拝むべく静かに振り返り、そして目を見張った。
「おはよーさん、マコト!」
そうだ。これは中学校なのだ。いても当然じゃないか。
明るめの黒髪ショートで、パッチリした目がとても印象的な女の子。いつも朗らかで、見ているだけで自分まで自然と楽しくなってしまう、そんな人。
橘瑞葉。
高校入学前に世界から消えてしまった、俺の幼馴染だった。
「どうしたんよ? ノリが悪いぞ」
いつもと違う反応が返ってきたからか、瑞葉はキョトンとした表情で俺を見ていた。
仕方がないだろう。こっちは、お前と会えるなんて思っていなかったんだから。
「あ、ああ。おはよう」
あまりによそよそしい調子で返してしまった。瑞葉は俺への違和感を感じ取ったのか、ふふん、と鼻を鳴らして俺を見る。
「ははあ。さては遅い思春期だな。私を意識して上手く言葉が出てこないとみた」
「いや、だって」
「だって?」
「いや、そうだ、じゃなくて、からかうなよもう」
なんか今日真琴変だね。そんな事を瑞葉は岡辺に言った。
おかしくなるのは当然だ。だって、お前とこうしてまた会う事が出来たんだから。
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