第一章 転校生⑦

 丁度俺達が特別展を見終わった後に岡辺は常設展から出てきたようで、エントランスで彼とばったりと会う事になった。

「特別展は見ていかなくていいの?」

 二言三言くらい言葉を交わした後、日司は岡辺にそう尋ねた。すると、

「僕が駄々こねて常設展を見続けたんだから、今回は諦めるよ」

 などと岡辺は渋ったが、折角だからと二人して彼に特別展を見てもらう事にした。こんな所まで気を遣わせるのは申し訳ないし、そもそもチケット代も安くはないのだから彼にはしっかり鑑賞してもらって元を取ってもらうべきだと思うのだ。そういうわけなので、俺達は併設してあるカフェに入る事にした。

「よっしゃ窓際の席ゲット」

 日司はトレイをテーブルに置きながら、ポツリと、しかし力強く言った。

「ほら、早く早く」

「そう急かすな。珈琲をこぼしてしまう」

 俺はカップを揺らさないように気を付けながら日司の反対の席に座った。

「それにしてもお洒落っとんしゃあねえー、ここ」

「博多弁か、それ」

「あれ、使い方変だった?」

「まあ聞き慣れない感じだったな」

「ええ~、難しいなー」

「方言なんて練習して身に付くものでもないだろう」

「そりゃそうだけどさー。あれ、っていうかマコトってなんで訛ってへんの?」

「そんな事言われてもな。周りも基本標準語が多かったし、っていうか地方にいる人間が皆何かしら訛ってると思うなよ」

 ううむ確かに、と日司は唸る。そもそも日司、お前も長野から来たという割に全然訛ってないじゃないか。長野の方言はよく知らないが。

「ん、日司」

「何?」

「唐突に聞いてみるが、なんで長野なんだ?」

「んん? ほんとに唐突過ぎて文脈が見えない」

「済まん。だけど転校初日、お前は長野から来たって言ってただろ。でも、神様に出身地ってどういう事だって思ってな」

「ああー成程ね。まあ神様っていうとやっぱり長野かなって思って」

「じゃあ、出身地ってのは」

「秘密」

 微笑する日司。

「そういえばマコト。神様なのにSFっておかしい、的な事を前に言ってたよね」

「あー、そんな事も言ったっけか」

「確かにパッと見た感じだとそうなんだけど、ファンタジーとSFって実はかなり親和性が高いんだよ」

「そうなのか? 正反対って印象だけど」

 俺がそう言うと、日司は不敵に笑った。

「そんな君に、ちょっと面白い話をしてあげる。神様ってファンタジー的な世界観では太陽や月などの自然物を司ったりするアナログで超自然的なものってイメージだと思うの。だけどこれがSFの世界ではね、神様は遠い昔に空からやって来た宇宙人だったり先史文明の人間だった、って話もあるの。考えてみたら理に適ってないかな。だって、神様は古代人には考えられないようなミラクルを起こすけど、それって現代科学の遥か先を行くオーバーテクノロジーを使う人達なら起こせそうじゃない。例えば雷を起こしたりとか、水を酒に変えてみたりだとか、投げたら戻ってくる槍だとか。ほら、こういう言葉もあるじゃない。高度に発達した科学はうんたらかんたらってやつ。科学を知らない人間から見たら、科学技術による現象は魔法に見えるでしょうし、機械を知らない古代人は、それが神様の奇跡だと誤認するってわけ」

「じゃあ日司、お前は宇宙人や地底人だったりするのか?」

 俺のその問いに、しかし日司は首を振る。

「いいや、私に限って言うなら特にそんな事はないかな。さっきのはあくまでフィクションの中での話。でも、これはこれで面白い話だと思わない?」

「まあな」

 尚も日司の講釈は続く。日司はまるで今日あった出来事を嬉々として語る子供の如く、目を輝かせながら熱く持論を俺に語って聞かせた。

 俺は講釈の合間にふと珈琲を見る。猫舌な俺は熱くて冷ましていたのだが、カップから伝わる熱気に、まだまだこれは飲めなさそうだと軽く苦笑した。


       〇


「済まんな、恩に着る」

 美術館の入り口で再び俺達は合流した後、眉尻を下げながら岡辺は言った。既に日は傾きつつあり、空は橙色の世界へと変容していた。

「いいって。それで、どうだった?」

「どうだったと言われてもなあ、俺は美術には無教養だから気の利いた言葉なんか出てこんよ」

「意外だな。インテリなんだから小洒落たジョークを飛ばしながら感想を語れるもんだと思ってた」

「吉屋、お前は俺を一体なんだと思ってるんだ」

 言いながら岡辺は苦笑する。

「じゃあ行きましょうかねえ」

 日司は微笑しながら言った。

 三人してバス停まで歩き出したが、気が付けば自然と岡辺が先頭を行く形となり、俺と日司が二人平行して歩く形になっていた。

「そういや突然美術館に行こうって言い出したのはなんでだったんだ」

「ああ、それね。先週クラスの子と話してる時に美術の話が出たんだ。そしたら朝日奈さんが特別展の事を話してたから、へえ、面白そうだなって思って」

「俺達を誘ったってわけか」

「そーゆー事」

 朝日奈美希は眼鏡が印象的な同じクラスの女の子で俺と同じ美術部である。中学も同じで腐れ縁と言えば腐れ縁だが、クールな印象のため何処か近寄り難く、彼女とはあまり話した事はなかった。

「ねーねー、マコトはさ、彼女の事近寄り難いって思ってるでしょ」

「え、何故それを」

「彼女から聞いたんよ。なんかマコトから避けられてる気がするって」

「いやそんな事は」

「そうならさ、今度話しかけてみなよ。あの子と君、結構話合うと思うよ」

「ああ、うん」

「ひょっとして照れてんのか青少年」

 意地の悪そうな笑みを浮かべる日司。

「からかうんじゃない」

 あはは、などと笑いながら日司は前を軽快に歩き出した。

 ふと、その時、

 日司の上着のポケットから何かが落ちた。夕焼けの陽光を反射して発光しているそれは、手鏡のようだった。

「おい」

 俺はそれを拾おうと近付き、その場にしゃがみ込んで鏡を手に取ろうとした。

 ラベンダーの香りがした。恐らくその鏡の放つ匂いなのであろうと俺が悟ったその時には、鏡の発光は一層強くなっていた。それは明らかに反射された光だけではなく、鏡自身からも発されていたようであった。

 あっ、俺は思わず声を上げてしまった。しかし光は止む事などなく、瞬く間に俺は圧倒的な光量に包まれ、同時に意識が遠のいていった。

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