一章 転校生
第一章 転校生①
俺は案外夢見がちなのかもしれない。高校に入学した当初は青春ものにありがちな瑞々しい学生生活だとか、劇的なドラマだとかをぼんやりと期待していた。だが現実は意外に冷たい。入学してからこれまで起きた劇的な事と言えば、五月頃隣のクラスに大泉という転校生がやってきた位で、後は取り立ててあげる事もない平凡過ぎる出来事しかなかった。そして俺は気付いたのだ。高校に入学すれば何かがあるだろう、などというそんな浮ついた事を考えて待っているばかりでは何も起きないのだという事を。そういえば青春を
とはいえ、現実はやはり厳しい。目の前には処理すべき勉学があり、課外活動があり、その他諸々の雑事がある。メディアが見せるような華やかな青春を謳歌する余裕はあまり無いのが実際だった。
そんなこんなで気が付けば、季節は晩秋になっていた。文化祭の時に唯一の取り柄の絵を褒められた時はとても嬉しかったが、その他で取り立てて印象的な出来事など無かったような気もする。だがそれも多分、俺が受動的にイベント事を消化していたせいなのだろうとは薄々勘付いてはいた。
もういっその事、このままストイックに生きるのも悪くはないんじゃないか、そんな半ばやけくそな気持ちに支配されつつある頃だった。
日司ミトが、俺の前に現れたのだ。
〇
「よお、今日も朝からお盛んだな」
ぼちぼち朝練を終えた生徒達も教室に集まり始める時間、俺が席に着こうとすると後ろからそんな巫山戯た挨拶が聞こえてきた。
「よっ、なんでそんな事がお前に分かる」
俺は振り返って声の主である友人、岡辺にそう返答した。
「別に? なんとなくだ」
「ほお。じゃあお前はお盛んじゃなかったのかよ」
「決まってるとも。朝から絶好調だ」
岡辺は席に座りながら当然だとでもいうように言った。
「お前という奴は」
「まあいいじゃないか。それにしても毎日の朝な、お前にかける挨拶をどうするか大変なんだ、心中察してくれ」
「察したくないわ、そんなもん」
そう言いながら、俺はふと外を見た。
秋も終わりに入っていよいよ寒さが厳しくなってくる時期だ。少し前までは残暑なんて言葉が的外れな位の暑さだったのに、それが終われば過程をすっ飛ばして寒気がいきなり押し寄せてくるものだからたまったものではない。北海道だったか北陸だったか、早い所ではもう今年度初雪が観測されたとかいうニュースも聞く。もっとも、こちらの地域では真冬になっても雪など滅多に振る事が少なく、積雪などもっての他であったのだが。
「なあ岡辺」
「なんだ?」
「お前、雪だるま作った事あるか?」
「ああ、小さい頃に作った事があるが、唐突にどうした? まだ冬には早いぞ」
「いいや、只初雪が降ったニュースを思い出して聞いてみただけだ。そっか、お前小学校の頃にこっち引っ越してきたんだよな」
「そういう事だ。そういやこの辺りじゃ滅多に雪積もらないもんな、やっぱり珍しいか」
「そりゃあもうな。わけもなく外に出たくなる位は珍妙だ」
「なんだかんだで、まだ子供なんだな」
などと、岡辺は微笑しながら言った。
「それはそうと、今日は転校生が来る日だ」
「ああ、そういやそんな事言ってたな」
とはいえ、俺には大して関係の無い出来事であろう。女の子らしいその転校生は教室内に形成された何処かのグループに入っていって、いずれ風景の中に溶け込んでいくのだ。
間違っても、何かの始まりを期待してはいけない。
〇
それは朝のホームルームでの出来事だった。
俺の所属しているクラスではいつものように事務的な連絡事項の後、担任の田村が何処からか仕入れたネタを披露するのが定番になっているが、今回はそのネタが披露される事は無かった。
何故なら、転校生のお披露目があったからだ。
「長野から転校してきました、日司ミトと言います。まだこっちは右も左も分からないですが、よろしくお願いします」
そう言って少女、日司ミトはゆったりとした動作でお辞儀をした。教室内から起きる社交辞令的な拍手、だが、俺はそんな拍手をする事もなく只々彼女に目を奪われていた。とはいえそれも当然だろう。何故なら、彼女のぱっちりした瞳の上にある髪は異様な程に白色で、まるで北欧辺りにでもいそうな妖精そのものだったのだから。
俺はさりげなく辺りを見回してみる。しかし、日司ミトのこの異質さに誰も気付いている様子はなく、いやむしろ、誰も彼ももそれが当たり前だと思ってさえいるようだった。
日司ミトは俺の席の斜め後ろに座った。そういえば昨日帰り際、何故か窓際一番後ろに席が追加されていたが、これはそのためだったのかと、俺は今更合点がいった。
「よろしくね」
振り向いた俺に満面の笑みを浮かべる日司ミト。しかしそれに、
「あ、ああ。よろしく」
と素っ気なく返してしまった。
無愛想で済まないと心の中で意味もない謝罪をしながら、俺は彼女の方をちらと見た。
目が合った。
慌てて顔を逸らすも、俺の耳は、彼女の口にしたその言葉をしっかりと捉えていた。
「成程成程。君は過去に未練があるんだね」
その言葉に俺は
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