第12話 こどくな箱庭


小学校は「ロ」の字型で真ん中に大きな中庭があった。そこには池や岩や砂場があり、子供達に人気の遊び場であった。


ある時男の子たちの間で「放牧ごっこ」というものが流行ったことがあった。

放牧といっても放すのは牛や羊ではない。

外の校庭から捕まえて来た虫だ。

みんなこぞって虫を中庭に放していった。蟷螂、蚯蚓、瓢虫、蜥蜴……。

放たれた虫たちは、それぞれ睦み合い、殺し合い、食いあった。


一方その頃、クラスの女の子たちにも流行っていたことがあった。

ある一人の少女を本人にはわからないあだ名をつけて笑い合う遊び。

そう、遊びにすぎなかった。


いつも頭にリボンをつけているから「ちょうちょちゃん」


「私ちょうちょちゃんきらーい。」

「私もきらーい。」

「ぶりっ子だもん。」

「ねー!」

くすくすくす。それをこれ見よがしに本人の近くで話すのだ。別にそれだけ。他には何もしない。私たち蝶が嫌いなだけ。虫の話をしてただけ。

そう言って花のように笑うのだ。


それに本人が気づいていたかどうかはわからない。でもその空気は毒のようで、彼女を苦しめたには違いなかった。


夕刻。

図書委員会の仕事が遅くなりすっかりあたりが赤く染まってしまった頃、私はいそいそと帰ろうと正面玄関にいた。

正面玄関には中庭に面して大きなガラス扉があった。そこから、中庭にちょうちょちゃんがいるのが見えた。

中庭の真ん中に彼女は立っていた。

手に黒い何かをつまんで、それを口に持っていった。

ぱくり。


私は慌てて玄関を出た。

何か恐ろしいものを見てしまった気がして。

彼女が食べていたもの。

それはまるで虫のようだった。


◇◇◇◇


「その後ちょうちょちゃんはどうなったんですか?」

「いなくなっちゃったよ。引っ越しちゃった。」


窓の外を紋白蝶がふらふらと飛んでいる。あんなに無邪気に飛んでいては、すぐに蜘蛛の糸に捕まってしまうだろう。


「……学校はこどくだよ。」


ブラックコーヒーを啜った。どうか君が末永く飛んでいられることを願う。

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