余談 赤い傘

梅雨の終わり頃だっただろうか。

その日は朝から曇り空だった。


寝坊して急いでいたため、傘を持ってくるのをすっかり忘れていた。

帰るときに雨が降りませんように。

その願いが聞き入れられなかったと悟ったのは、大学の入り口で途方も無い大雨を降らす空を見上げた時であった。

大学からコンビニまではかなりの距離がある。そこまでびしょ濡れになって走っていかなければならないのか……。

そう憂鬱に思っていると、ふと傘立てに目がいった。赤い傘。そういえばあの傘はずっとあそこにあるような気がする。

少し借りて明日返せばいいか。そう思いその傘を手にとった。


赤い傘をさしていると、なんだか視界が真っ赤に染まるようで少し気分が悪い。血の色のようだと思いながら歩いていくと、ふと雨音に混じって何か聴こえるような気がした。


……え……い


「え?」

振り返る。ただ雨が激しくアスファルトを打っているだけだ。

変なことを考えたから、雨音まで変に聞こえたのかもしれない。

また歩き出す。雨脚はどんどん強まっている気がする。

バタバタバタ。

まるで傘を手のひらで叩かれているかのようだ。

バタバタバタ。

傘がどんどん重くなる。

激しい雨に押しつぶされそうだ。

傘を深く持つ。視界が真っ赤に染まる。傘を持ち上げることができなくて足元ばかりを見ている。

目の前に横断歩道が現れた。信号を確認しなくては。そう思って傘を持ち上げようとした時だった。


どん


後ろから突き飛ばされる。


「え。」


何が起こったか一瞬わからなかった。車道に投げ出される。地面に顔を打ち付けた瞬間慌てて歩道へ四つん這いのまま転がるように避けた。その瞬間目の前をトラックが通過していった。


呆然とその場にへたり込んでいた。あと少ししたら今頃トラックの下だった。

明らかな殺意を持って殺されかけたのだ。

なぜ?

誰が?

トラックが通過する一瞬、横断歩道の向こう側に赤い靴が見えた気がした。赤い靴を履いた、女が。


ふと気がつく。

散らばる荷物の中にあの赤い傘はどこにも無かった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る