第1話 雫を忘れてきた雨

うっかりなのは何も人間だけではない。空も、うっかりなことをしてしまう時がある。


ある日の深夜、ふと目覚めた。昨夜はいつもより少し早めに眠りについてしまったためか、すっかり目が冴えてしまった。

ザーザーと雨音が聞こえる。雨の音はなんとなく好きだ。腕に水が当たる感覚も好き。そう思うと、ふと外に出て雨にあたってみたくなった。

すぐにお風呂に入ってしまえば風邪はひかないだろうし。

私はパジャマのままで外へ飛び出した。

ところが、どうしたことか外に出ると雨はもう止んでしまっていた。

通り雨かな……?

そう思い辺りをキョロキョロと見回すとさらに不思議なことに気づいた。


アスファルトが濡れていないのだ。


直前まであれほど雨が降っていたのならアスファルトはもちろんあたりは水の気配に満ちているはずだが、周りはまったくからりと乾いていて雨なんてまるで降っていなかったような顔をしているのだ。


あれ?おかしいぞ……。


先ほどは確かに雨音が聞こえていたのだ。それもしっかりと。不思議に思い、空を見上げるとぽたりと鼻先に雫が落ちてきた。

それを皮切りに次から次へと雨粒が落ちてくる。あっという間に本格的な雨模様となった。


はっと気づく。

そうか、空は雫を忘れてしまって、先に音だけ降ってきたのではないだろうか。

なんてうっかりなんだろう。そう思いながら見上げた空はまるで自分の失敗を隠すかのようにせわしなく雨を降らせ続けていた。


◇◇◇◇


「先輩は雨に当たるのが好きなんですか?」

あきちゃんはアイスティーを無意味にかき混ぜながらそう言った。

「たまにならね。」

私はグラスに伝う結露で手のひらをわざと濡らしつつ答える。

「雨に濡れたら、失敗なんかも全部水に流せるなんて、そんな気がしない?」


窓の外では雨が降っている。今度は忘れなかったらしい、激しい音と共に雫が木馬を激しく打っていた。

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