第41話 怒れる氷河期

 二、三人叩きのめせば終わるだろう。

 そう思っていた時が私にもありました。

 一万人の軍勢がいても全員で俺を袋叩きにできるはずがない。

 たとえ一万人が一斉にかかってきても、一度に相手するのは数人だ。

 ……と、思うじゃん。

 殺さなかったのが悪かった。

 俺と戦ってもせいぜい骨を折られるだけ。

 超低リスクで挑めるのだ。

 そもそも俺の策略で討伐軍の計画は崩壊。

 当然、俺の討伐も失敗。

 遠征はなんの意味もなさなくなった。

 当然、略奪してないため報酬のあてはない。

 となると、せめて名誉だけは欲しいと思うのは仕方ない。

 要するに特定の主を持たない連中は俺と戦って度胸を見せて就職活動。

 就職してる連中はキャリアアップのために俺と戦うのである。

 というわけでジャギーボンバイエは騎士や戦士の個人利益追求の場になったわけである。

 思うにおっさんたち就職氷河期世代は就職活動のしんどさを一番よく知っている。

 パワハラ、セクハラ、学歴差別の黒い三連星。

 それらが圧迫面接の名の下やりたい放題だったのだ。

 だから俺も就職活動や転職活動には優しい。

 最後まで付き合ってやりたくなるのである。

 簡単に言うと人数多すぎつらい……。

 もう100人以上KOしてるのよ。

 でもまだまだ俺の握手会に集まったファンの列は続いていた。

 今ファンサービスを受けているのは二人。

 騎士と魔法使いのコンビだ。

 騎士が叫ぶ。


「ジャギーよ!

我が剣を喰らえ!」


 俺は走る。

 ちょっと……心臓が……そろそろやばい。

 でも頑張ってドロップキック!


「ギャーッ!」


 ゴロゴロと転がっていく。

 一人片付けた。

 だけど面倒なのがもう一人。

 魔法使いだ。


「喰らえ!

ファイアボール!」


 避けないで深呼吸!

 ボウッと俺を炎が包む。

 よし、この世界の魔法は爆発を集約して威力を高める発想はない!

 熱いけど焼けるそばから回復可能!

 はい休憩!

 一応廻し受けっぽいポーズを取っておく。


「な、なにい!

ファイアボールが効かぬだと!」


「無駄無駄無駄無駄ァッ!

我が肉体に魔法は効かぬわッ!」


 ※ただの休憩です。

 もうね、呼吸がしんどいのよ!

 と、思った瞬間それはやってきた。

 どくんッ!

 おっさん……日本での徹夜当たり前、ラーメン食べ放題、酒の飲み放題の生活がまずかった。

 黄色い看板のラーメン大好き。

 ステーキ大好き。

 ハンバーグ大好き。

 タバコ吸わないけど甘味大好き!

 はあ、はあ、カレーは飲み物。

 という生活である。

 カロリーがなければ精神が壊れていたのかもしれない。

 ストレスフルな社会らめ!

 この世界での食生活がよかったから糖尿は治った……嘘つきました。

 糖尿は普通治りませぬ。

 たぶんこの世界来たときに治った。

 でも心臓、いやその周りの心筋は限界を迎えていたのだ。

 どくんッ!

 二度目の音で心臓が止まる。

 まずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずい!

 自動回復つけてるけど回復より先に意識が飛んじゃう!


「心臓マッサージ!」


 ずぶり。

 俺は手刀を胸に突き刺し、心臓を握る。

 直接心臓マッサージである。

 良い子はまねしちゃだめよ。


「ふう……」


 ヤバかった……。

 今回ばかりはマジで死ぬかと思った。

 にぎにぎにぎにぎにぎにぎにぎにぎにぎにぎにぎにぎにぎにぎにぎにぎ。

 少年漫画だとすげえかっこいいのに、俺がやると絵面が地味である。


「じ、自分の胸に手刀を突き刺しただと……。

呪いの効果もなしか」


 魔法使いが声を出す。

 呪い?

 いや普通に動きすぎて心臓が止まったっぽいけど。

 冷静に考えたら……心臓止まったの闇の神の陰謀じゃね?

 ヒールかけてるのに死にそうになるっておかしいだろが!

 カサンドラに心臓えぐられたときだって痛いだけで平気だったのに。

 闇の神だったらやりかねん。

 闇の神って目的のためだったら手段を選ばんからな。

 ……なんか急にムカついてきたぞ。

 闇の神といい、人間といいさ。

 お前ら、なんで俺がここまで気を使ってるのにやりたい放題なん?


「呪いと言ったな?」


 俺はキレ気味に聞いた。


「卑怯とは言わせぬぞ!

我ら人間が貴様ら魔王に一矢報いるにはどんな手でも……」


 と魔法使いが言った瞬間、ゲージがたまった。

 うん、闇の神様、使えってことね。

 黒幕お前ね。


「では俺も呪いを使おう」


 俺の名を言ってみろー!

 目がビカーッ!


「じゃ、ジャギー様。

全員退避ーッ!

ゲストも避難させろ!」


 レミリアが叫ぶ。

 うん、偉い。

 パターンがわかってきたじゃないか。

 仲間とゲストが逃げると俺は残りのファンに囲まれる。


「王もいなくなった!

今なら一度にかかれば倒せるかもしれない!

やるぞ!

俺達の伝説の幕開けだ!」


 俺は完全にぶんむくれた。

 最後にレミリアと王の声が聞こえた。


「な、何が始まるのじゃ!」


「世界大戦です」


 さあ、うなれ俺の疾患よ!

 轟け、苦しみの宴よ!


「ヘルニアーッ!」


 俺の体から無数のカラスが飛び出す。

 椎間板ヘルニア。

 背骨の骨が変形する症状だ。

 超痛い。手がしびれる。麻痺する。

 心の底から洒落にならない。


「ぎゃあああああああああああああッ!」


「こ、腰があああああああああああッ!」


「あ、足が動かないいいいいいいいッ!」


 ざまぁッ!

 俺のファンたちが悲鳴を上げながらその場に倒れていく。

 この世界にはまだゲルクッションなどない。

 貴様らは一生苦しむのだ!


「成敗!」


 俺は花●院ポーズで締める。

 ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドッ!

 そして偉そうな顔をした騎士を捕まえる。


「公爵はどこだ?」


「公爵様は後方の砦で待機しておる。

ここにはおらぬ!」


 偉そうな騎士は苦虫を噛み潰したような顔をした。


「ちょっと待って、公爵はお前らを死にに向かわせてるのに来てないだって?」


 ぷっつん。

 俺の中で渡り歩いたブラック企業の思い出が走馬灯のように巡った。

 真夏の着ぐるみ。

 冷凍庫閉じ込め。

 安全度外視。事故多発。

 チンピラの対応に出てこない。

 新入社員にやらせる債権者集会。

 出てくる出てくる放漫経営の実態。

 吊るし上げられる俺。

 でも一番優しいのはなぜか吊し上げてる債権者たち。

 給料?

 潰れたから出ないよー。わかるだろー。あははははは!

 ざっけんな!

 来てないだって?

 それは許さない。

 誰が許そうが、この氷河期おっさんは絶対に許さない。


「私の勝ちでいいですね?

皆さんは救護所に行ってください」


「あいわかった。

だが……なにをするつもりだ」


「ぶっ殺しに行きます」


 俺は笑顔で答えた。

 シャイアを背に乗り俺は目指す。肉をばらまきながら。公爵の本陣へ。

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