第28話 魔王の呪い

 不死族の王、ヴァレンティーノは泣いていた。

 何十年もかけた王国があっさりと崩壊してしまったのだ。

 その悲しみはお父さんのガ●プラコレクションが捨てられてしまったのに相当する。

 俺なら立ち直れ……ガン●ラは立ち直れないな。

 もしくは鉄道模型を勝手にオークションに出された状態。

 ……うん、少し感情移入した。

 ただね、人になにかされたんじゃなくて、お前らのメンテナンスの仕方が悪かったんだけどな!

 あ、おじさん、なんかわかっちゃった。

 あれか……いじめっ子を学級会でつるし上げたら「お前らこそ俺をいじめたんだ!」ってブチ切れるやつ。

 理屈で追い込んでも納得するとは限らないやつな。

 そう結論づけると俺の勘は危険信号を発した。

 いじめっ子を追い詰めると……ヤバい!


「みんな逃げろ! 退避! 退避! 退避!」


 俺は叫んだ。

 ヤバい! たぶん、ヴァレンティーノの野郎は俺と同じなにかしらの呪いの能力を持っている……。

 次の瞬間、塔が爆発した。

 ボンッと音がして瓦礫がガラガラと落ちてくる。


「ブチ切れやがった……」


 俺はつぶやいた。

 塔の中から巨大な骨が出てくる。

 巨大ロボットのサイズだろうか。

 比較対象が近くにないので何メートルかはわからない。

 そいつは中途半端に皮膚と肉がついていた。

 かび臭く、乾燥した皮膚だった。

 数百年ものかもしれない。

 この状態でも生きてる不死族って凄えな。

 そいつがまず最初にやったのは、味方であるはずの不死族にビンタをかましたことだ。

 腰の入ってない女の子ビンタだ。

 ただサイズが桁違いだった。

 夏の蚊のように不死族がぷちゅんと潰れた。

 思っていたより三倍頭が悪かった!

 いや仕方がない。

 だって圧倒的な暴力のせいで根回しとかいらないもん。

 不幸なことに彼らは帝王学を学ぶ機会がないのだ。

 人間は弱い。

 弱いから兵法や戦略を考えるし、工夫をする。

 でもやつらはただ生きているだけなのだ。

 頭なんて使わないでも生きていけるのだ!

 部下たちは真っ先に逃げだした。

 だってこのサイズだと俺しか勝てないもん。

 お前ら偉い!

 わかってるじゃないか!

 俺のスペアはいくらでもあるけど、お前らの命は有限なのだ!

 だけど光の使徒であるレミリアだけは違った。

 責任感あふれる学級委員長だから。

 らめー!

 それだけは、らめー!

 鬱展開だけはらめー!


「呪いに気をつけてください!」


「いいから逃げろ!」


 俺は怒鳴った。

 ここは戦場だ。多少の荒さは許してもらおう。

 すると俺の意を汲んだのかレミリアも後退した。


「ロケットランチャー!」


 俺はビンタしてくる手をめがけてロケットランチャーを撃つ。


「うがああああああッ!」


 ヴァレンティーノが悲痛な声をあげた。

 でもそれだけだった。

 ノックバックが小さすぎる。

 足止めにしかならない。

 クソ、やっぱり重くてでかいってのはそれだけで強い。

 人間だったらあれだけでかけりゃ連続稼動時間に響いてくるが、不死族なら関係はないだろう。

 簡単に言うと俺は攻撃力が不足していた。

 火災旋風は自分も部下も巻き込む。

 どうしたものか……って、考えているうちにビンタが来た。

 俺は土壁を作って防御する。

 土壁は一撃で壊れるが、ロケットランチャーを撃つ時間が稼げる。

 とりあえず手を跳ね返す。

 どうする?

 新しい魔法か?

 考えろ、考えるんだ……と、俺は無意識下であくまでキレイな勝ちにこだわっていたのだ。

 それが判断を遅らせた。

 皮膚の貼り付いた頭蓋骨が雲の上から見えた。

 巨大化しやがった。

 次の瞬間、頭蓋骨の目が赤く光る。

 まずい!

 洋ゲーだったら即死攻撃だ!


「ブレス来るぞ!」


 口から色のついたガスが発射された。

 毒ガスだったらどんなによかっただろう。

 だってそいつは呪いだったのだ。

 俺の口から血が飛び出し、顔の肉がでろんと崩れた。

 ヒール! ヒール! ヒール!

 やっべえ、この呪いやっべえーッ!

 正直言って軽く死にかけた。

 即死レベルの呪いだ。


「こんの、ドバカ! ほんと、バカじゃねえの!」


 俺は叫んだ。

 ヴァレンティーノは敵味方関係なく呪いのブレスを吐き散らしたのだ。

 俺の目に映るのは、次々と倒れる味方の姿。

 それもレミリアにかけられた呪いと同じ症状を発症していた。

 もちろんカサンドラもレミリアまでも倒れていた。

 光の使徒ですら呪いにはあらがう術がないようだ。

 ……おかしい。俺だけ溶けた件。そうじゃない!

 今は仲間を救わねば!

 俺は決断を迫られた。

 カサンドラやレミリアだけを救うか、全員を助けようとして誰も助けられないか。

 選べるかボケ!

 だがちまちまヒールをかけていたら全員が死ぬのは明らかだった。

 それはダメだ。全員を救う。

 その瞬間、俺の頭の中で悪魔的考えが蛇のように鎌首をもたげた。

 やるか?

 痛いぞ。今までのとは別次元の痛さだぞ!

 絶対タンスの角に小指より痛いぞ!

 アバラを折るのよりも、鎖骨を折るのよりも。

 痔よりも、ヘルニアよりも、尿路結石よりも。

 糖尿で指がもげるのよりも、骨が癌になるのよりも。

 ……でも。


「やる!」


 次に転生するときは最低でもちゃんとした孫子の兵法は読んでおこう。

 痛い思いしないですむから。

 知識チートが一番強いのだ!

 俺は心に誓った。

 一人で包囲戦の一つもできなければ転移者失格なのだ。

 俺はまず自分にヒールをかける。

 ヒールの効果がしばらく続くやつだ。これ保険な。

 そして俺は自分でもバカだと思う行動に出た。

 電子レンジでチンだ。

 自分自身を。

 そう超グロ魔法バーニンファイアである。


「あはははははははは! ヴァレンティーノ!

これがジャギー・アミーバだ!

我が真の姿! 恐怖を刻みつけろ!」


 口からスラスラとテキトーな言葉が出てくる。

 次の瞬間、俺は爆ぜた。

 骨、肉、体液、それらが一瞬で気体になったのだ。

 一瞬、意識が飛ぶ。

 が、吹っ飛んだ脳みそが再生されるのと同時に意識が回復する。

 爆発直後から急激に冷やされた俺の血や様々な体液が、霧状になって周囲にまき散らされた。

 そう、俺はなんとなくわかっていた。

 俺は人魚と同じだ。

 人魚と言っても八百比丘尼の伝説の方だ。

 できれば人魚姫の方が良かった。ハッピーエンドの方。

 俺の肉は不老不死の妙薬……かはわからないが、死者を生き返らせるレベルの薬なのだ。

 まあ、きちゃない。

 でも我慢してもらおう。


 俺が再生する前とは違う存在で俺は毎回きっちり死んでいるんじゃね?

 再生後の俺って実はクローンで元とは違う存在なんじゃね?

 そもそも魂の存在すら嘘なんじゃね?

 とかの余計な事は考えない。

 だって怖いだろが!


 俺の自爆によって、部下たちにかけられた呪いが解除される。

 次々と血まみれの姿で起き上がる。

 俺はなぜかお気に入りの仮面に接している部分から再生されていく。

 真面目に死ぬかと思った。

 死に方は真面目じゃないのに。

 再生途中の脳がエラー起こしまくってありとあらゆる痛みの信号を出すのが、本気でしんどい。

 でも後悔はしてない。

 何度も言おう!

 俺は何度でもリスポーンするが、部下の命は一度きり。

 俺が守ってやるのが正しいことなのだ。

 パン頭のヒーローだって同じことしてるだろ?

 それが汚いおっさんのハードボイルドってやつよ!


「ニゲロ!」


 さすがに一からの再生のせいか、まだ舌が不完全だった。俺は片言。

 部下たちは、レミリアまでも今度こそ安全圏まで逃げる。

 ヴァレンティーノの動きが止まった。

 俺が部下を逃がしたからじゃない。

 俺のクレイジーな行動に呆れてやがったのだ。

 そして奴は言い放った。


「……お前は、狂っているのか?」


「うるしゃい」


 まだ舌が回らない。

 ディスり合戦なのにまだ単語が出てこない。


「いや頭おかしいだろ。部下の命を助けるために自爆するなんて!

なんなのだ貴様は!」


「ふふふふふ、それが私とあなたの違いです。王の器とはこういうものですよ!」


 俺はわざと指をさした。ただの嫌がらせだ。

 フリー●様みたいな口調で煽ってやる!

 相手には伝わった。

 だってヴァレンティーノの顔がゆでだこになったもの。ミイラなのに。

 ようやく体を修復した俺は仁王立ちした。

 身につけたのは兜だけ、そう、全裸で。

 セクシーさの欠片もない汚い裸体で。

 なぜ兜だけ毎回無事なのだろうか?


「どちらかが滅ぶまで存分に戦いましょう!」


 股間が揺れた。

 ぺしぺしぺしぺし。

 歩くたびに人間ドラムが鳴る。

 さあ、最後の戦いだ!

 プロレスするぞー!

 ……じゃなくて悪を成敗するぞ!

 ち、違うんだからね!

 願望を間違えて言ったわけじゃないんだからね!


 ヴァレンティーノ。

 俺もお前も不死。

 真の不死を決めるタイトルマッチをしようぜ!

 なあ? 先に滅びるのはどちらかな?

 わかってるんだろ?

 根性のある方が勝利を手にするって。

 なあ、ヴァレンティーノさんよ。

 ぐははははははははははー!


 俺の頭の中でカンッとゴングが鳴った。

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